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第39話 話があります

『よくやった』  たったそれだけの言葉なのに息が詰まりそうになる。  嬉しい。頑張りが報われたようだった。まだ俺を見てくれていた。  でも、どうして直接言ってくれない?  教卓で話す先生をじっと見つめる。  ようやく気付いた。  俺はずっと寂しかったんだ。先生に避けられていたことも、前みたいに話せなくなったことも。俺を見てくれないことも。  先生が俺の前からいなくなるみたいで怖かった。  先生にとって俺が、ただの生徒になるのが怖かった。  嫌だ。俺は先生の特別がいい。  先生の秘密も優しさも小言も全部俺だけのものにしたい。 「帰りのホームルームは省略する。日が沈むのが早くなっている。気をつけて帰りなさい」 「起立」  委員長の号令に合わせて礼をする。  今すぐこの気持ちを先生に伝えたかった。  先生は出席簿を持って教室を出ていく。  俺もそれを追いかけようと廊下に出る。でも、あいにく廊下は人でごった返しており、簡単には追いつけない。 「ごめんなさい。すいませーん」  声をかけて必死に人の間を縫う。  職員室の前、人が少なくなった時にやっと声をかけることができた。 「先生」  先生の背中に向かって大きな声を出す。  先生の肩がピクリと揺れた。 「先生。話があります」 「なんだ?」  先生は声をかけてもなお振り返ってはくれない。 「体育祭のときのこと、です」  ブレザーの裾をぎゅっと握る。  無視されたとしても、絶対に伝えないといけない。  先生はやっと振り返って俺を見た。その顔から表情を読むことはできない。 「場所を変えよう」  先生は俺の返事さえも待たずに歩き出す。  俺も遅れてその背中を追いかけた。  廊下には放課後補習や部活に向かう生徒たちの声が残っていた。けれど、先生はそれを気にする様子もなく、まっすぐ前を見て歩いていく。  先生の背中はいつもより遠く感じた。  伝えたいことも沢山あるはずなのに、声をかけられる距離なのに、どうしても声が出なかった。  段々、廊下を通る人が少なくなっていき、足音だけが響き渡る。  先生は一度も振り返らない。  俺はそれについていくので必死だった。  やがて、先生は生徒指導室の前で足を止める。

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