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第42話 憧れ 先生side

 掴まれた手が未だに熱さを持っている。彼の手を自らの意思で振り払ったはずなのに、情けなく全身が震えている。  あの時、もっと丁寧に告白を断れば良かったのだろうか。きちんと駄目な理由を説明したら良かったのだろうか。  矢島の消え入りそうな顔が忘れられない。  洗面台の蛇口をひねる。  勢いよく飛び出す水を手ですくい、何度も顔に叩きつけた。  こんな邪な気持ち忘れるべきだ。今までもそうしてきたじゃないか。  排水口に吸い込まれる水をぼーっと見つめる。  全部流れてなくなってしまえばいいのに、そう思った。  シワ一つないスーツの胸元をぎゅっと握り、自らの手で汚していく。  目の前の鏡に映るのは、目を真っ赤に腫らしたみっともない自分だった。  私の両親は二人とも教師だった。  幼い頃からなんとなく自分は教師になるんだろう、そんな予感がしていた。  用意されたレールを何の疑問もなく歩き、期待された正解を出し続ける。両親は褒めてくれたし、私も不満はなかった。  いつか自分は誰かと結婚し、子供を作るのだろう。そして、孫達と一緒に幸せな老後を過ごす。私はこんな普通の将来を想像していた。そうなるだろうと信じていた。  だが、高校生の時、それは一瞬で壊された。  人生で初めて好きになった人は部活の先輩で、男だった。  その恋は望んだ結果にはならなかった。想いを伝えることさえ出来なかった。  残ったのは、虚無と自分への嫌悪感だった。  男が男を好きになる。こんなの普通ではない。  自分が心の底から気持ち悪かった。憎かった。両親に申し訳なかった。  普通ではない自分は幸せになってはいけない。なるべきではない。  今まで傍にあった『普通』に自分の手が届かない。  それからは、どんなに好きな人が出来ても、自分を押し殺した。  好きな人と一緒になる、これが自分には一番難しいことのように感じた。期待してはいけないと胸の中でずっと唱えていた。  でも、唱えれば唱えるほど、恋への憧れは強くなっていく。誰かに愛されたいと、悪魔みたいな欲が出てきてしまいそうになる。

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