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第7話
晴彦さんの音を聞くのがつらい。
晴彦さんの音は怒鳴っているような、泣いてるような音をしている。
一見誰でも傷つけるようで自分を傷つけている音。
2人に会う前の俺の音だ。
俺には兄がいた。
兄は俺の3個上でいつもベースを弾いていた。ベースが下手だとバンドの音は締まらない。
と言って、いかにベースがかっこいいかを俺に力説してきた。
俺はギターのがかっこいいと思ってたけど、兄のバンドのライブを見た時からベースの虜になった。
兄はバンドメンバーと上手くいっているように見えた。
けど、兄とメンバーとの熱量の差から徐々に亀裂が生じてバンドは解散してしまった。
そこから、兄は壊れていった。
狂ったようにベースを弾く日と何にもしないで部屋から出てこない日の繰り返しだった。
でも、兄は変わろうとバイトや就職活動に励む。
高卒の兄に待ち受けていたのは、就職難だった。
両親が俺の進路に猛反対したのは、このことが原因だろう。
そして、ある日兄は
「今まで、ありがとうございました。」
という置手紙だけを残して家から出ていったきり連絡が取れなくなってしまった。
俺は憧れてた兄が壊れていくのを見ていただけだった。
家でベースを弾くと、家族が悲しそうな顔をする。
だから近所のカラオケで毎日、練習していた。兄を必要としなかったバンドメンバーと勝手にいなくなった兄への怒りを音にこめる。
俺をみろ。
駄々をこねた子供が泣き叫んだみたいな音だ。
いつものようにベースを弾いていると、部屋を間違えて入ってきた晴彦さんにバンドに誘われた。
2人と演奏していく内に、初めのころの純粋な憧れを取り戻していくことができた。
今は前よりは前向きな気持ちで音楽をできている。
晴彦さんには感謝してもしきれない。
そんな人が今、あんなに苦しんでいる姿が兄や2人と会う前の俺と重なる。
けど、俺は何もできずにいる。
晴彦さんの不調を理由に、fat catは最近、ライブをしていなかった。
そんなときに、小野寺さんからLINEがきた。
「最近、大丈夫ですか。」
そのメッセージに引き寄せられるように、俺はLIMEを開いた。
返信しようか考えあぐねていると、間違えて通話ボタンを押してしまった。
「はい。もしもし小野寺です。」
と小野寺さんが3秒も立たないうちに電話に出てしまう。
焦って、言葉が出ない。
「キヨさん、最近fat catのライブないし、snsも更新されなくて、心配になって連絡しちゃいました。俺になんかできることがあったら言ってほしいです。」
小野寺さんが優しく諭すように話かけてくる。忘れてたけど、小野寺さんは俺のバンドのガチファンだった。
「悩んでることがあるなら、人に話すだけでもすっきりしますし、俺でよければ聞くので。」
小野寺さんは俺の言葉を静かに待ってくれている。
俺は途切れ途切れ今の気持ちを言葉にしていく。
「最近、晴彦さんの音がすごく悲しくて怒ってるみたいな音をしてて、その音がなんていうか俺の昔鳴らしてた音に似てるんです。
あと、俺の兄の姿に晴彦さんが重なってみえて、晴彦さんもいなくなるんじゃないかって不安なんです。
晴彦さんは、俺が苦しいときに救ってくれた恩人だから、辛いんです。
俺はもう、尊敬する人が壊れていくのを見るのは嫌なんです。
俺どうすれば、、、。」
最後の方は、泣きながら嗚咽混じりで、何を言ってるかわかったものじゃなかったろう。
こんなこと、両親にも晴彦さんや真矢さんにも言ったことはなかったのに、小野寺さんには、話してしまった。
小野寺さんは少し黙っていて、息を吐く音が聞こえた
「キヨさん、俺は今から少し厳しいことを言います。
いつまで尊敬する人が壊れてくのを見てるだけの人でいるんですか。
お兄さんのトラウマに囚われ続けて、今を見失ってますよ。
お兄さんのときは、バンドメンバーでもないキヨさんにできることは、少なかったかもしれない。
でも今は違うでしょ。
キヨさんはハルのバンドメンバーで、ハルを助けたいんですよね。
なら、できることはたくさんあります。
俺から見るとキヨさんは全部あきらめて楽な方に逃げてるみたいにみえます。
バンドメンバーなら、ハルを1人にしないで、本音でぶつかってくださいよ。」
鈍器で頭を殴られた気分だった。
俺はもう克服したと思ってたトラウマのせいで全く動けなくなっていた。
今、話したのだって、小野寺さんからキヨさんにできることはないですよ。
キヨさんは頑張りました。
と言って、諦めさせて貰うのを待っていただけかもしれない。
こんな、自分が嫌になる。
でも、小野寺さんの言う通りだ。
俺は、昔の俺じゃない。
壊れる兄をただ見てただけの子供じゃなくて、晴彦さんのバンドメンバーだ。
俺は変わったんだ、変えてもらったんだ。
だから、今の俺は俺なりの精一杯で晴彦さんに本音を伝えるんだ。
「小野寺さん、ありがとうございます。目が覚めました。あと、用事できたんで、電話切ります。」
ブツリと電話を切る。
小野寺さんの優しい言葉を聞いたら俺は動けなくなってまう弱い奴だから。
ごめんなさい。
そして、真矢さんに電話をかける。
「真也さん、スタジオ来てください。あと、晴彦さんも連れてきてください。」
真也さんは、すぐに行くとバイクのエンジンをかける音をさせながら答えてくれた。
俺はベースをもって、碌に上着も着ずに外へとでてスタジオへ向かう。
言葉で伝えるのは苦手だから音で伝えよう。
薄っぺらい言葉じゃなくて、本当の俺の気持ちを晴彦さんに知ってほしいんだ。
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