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番外編 ドノバンの休暇 2
大掃除に手間取り、昼過ぎになってしまったが、俺はなんとか馴染みのパンケーキ店に辿り着いた。
腹は立つが、コバムからもらったコルセットが意外と役に立っている。ガッチリと腰を支えてくれているおかげで、歩くのも座るのもだいぶ楽だ。
それに、以前セルウィンのパーティメンバーの治癒術師 、ハリュという女性からお詫びとして貰った軟膏。
渡された時は返す言葉に困ったが、散々使われて悲鳴を上げていた場所にありがたく塗らせてもらっている。
正直、座るだけでも尻が辛いが、これらのおかげで食べる間くらいはなんとかなりそうだ。
女性客が多い店で、最初は入るのを躊躇したが、ここの女性店主が気さくに声をかけてくれたのがきっかけで、今ではすっかり常連だ。
浮いていた俺の姿も、常連客の女性たちは慣れてくれて、軽い会話や会釈をしてくれるようになり、居心地の良い場所になっていた。
だが今日は、例の噂が回っているのか、店に入って席に案内されるなり、あちこちから視線を感じる。
嫌悪という感じではない。純粋な好奇心に近いものだ。
仕方ない。相手はただでさえ話題になりやすい『蒼き流星』の、あのセルウィンなのだ。
しばらくはどこに行ってもこんな感じだろうし、この視線を気にしていては、せっかくの一人きりのチャンスを逃してしまう。
「お待ちどうさま。今日はサービスしといたわよ」
馴染みの店員が、俺を気遣わしげに見ながら、ミックスベリーとナッツのパンケーキを運んできた。
心なしか、いつもよりホイップクリームが山盛りだ。
久しぶりのパンケーキに、思わず顔が綻ぶ。
フォークでパンケーキの弾力をツンツンと突き、その感触を堪能していると――
ダンッ!
目の前のテーブルに、乱暴に手が叩きつけられた。
顔を上げると、ベリーのような赤い髪をした、気の強そうな少女が俺を睨みつけていた。
「あの……おじさんがセルウィン様と付き合ってるという噂は本当ですか!」
少女は少し興奮した様子で、前のめりにそんなことを聞いてきた。
あまりに不躾すぎる質問だ。
シン……と店内が静まり返り、周囲の客たちが聞き耳を立てているのが肌で分かる。
「……それは、俺が嬢ちゃんに答える義理はないだろう?」
俺はため息混じりに答えた。
向こうが勝手に恋人だと断定してきているが、俺は一度たりとも了承した覚えはない。
「あたし、セルウィン様にずっと憧れてて……セルウィン様の恋人はずっと綺麗な人ばかりだって聞いてたのに……! どうして、おじさんなんか!」
少女の悲痛な叫びに、俺は心の中で深く同意した。
それは俺が一番そう思っているから、答えに困る。
俺が甘っちょろい性格なのは自覚しているし、押し切られた感は否めないが、セルウィンのあの様子で俺が断ろうものなら、何をされていたか分からない。
頼むから、そういう苦情は直接セルウィンに言ってくれ。
俺が答えに窮していると、店主の女性が毅然とした態度で割って入ってくれた。
「お客様、他のお客様のご迷惑になることはおやめください」
「でも、みんな気になってるじゃないですか!」
「これ以上迷惑行為を続けるようでしたら、退店していただきます」
店主が強く出てくれる。気まずい思いはしたが、これからも通い続けようとひっそりと感謝した、その時だった。
「私の恋人に、何をしている」
背後から、絶対零度の声が降ってきた。
「「「!!!?」」」
店内の全員が息を呑む中、他国に仕事に行ったはずのセルウィンが、背後から俺の肩に手を回していた。
「な、セルウィンお前どこから! 他国での仕事のはずじゃ……」
「ええ、終わらせてきましたよ。あちらは飛竜の飼育が盛んなようなので、脅し……お願いして一頭借りて、全速力で帰ってきました。……それよりも」
セルウィンは俺の顔を覗き込むと、愛おしげに、そして独占欲たっぷりに目を細めた。
「ちょ、まさか……待て! んンっ……!」
抵抗する間もなく、顔を掴まれ、口を塞がれた。
ただのキスではない。舌ががっつりと入り込み、口内を貪る濃厚なディープキスだ。
衆人環視の中、見せつけるように口を蹂躙される。
周囲が静かな分、チュプ、ジュル……という水音が店内に大きく響き渡る。
肩に置かれていた手が、段々と背中を滑り降り、腰を撫で始めて、思わず声が漏れてしまう。
「やめ、んぁッ」
不埒な手が胸に回り始め、朝の名残もあり敏感になっている先端を服の上から触れられそうになり、俺は焦った。
非常にまずい。
「せ、セルウィン様! あの、本当にそのおじさんと……」
空気を読まない少女の声が、震えながら響く。
セルウィンはゆっくりと唇を離すと、銀糸を引きながら少女を冷ややかに見下ろし、そして俺に向かって甘くとろける声で言った。
「……ふぅッ、ドノバンさん、帰りましょう? そのパンケーキは持ち帰らせてもらいますから。……今すぐシたいです」
少女の言葉を無視して、とんでもないことを言い出すセルウィン。
恋人宣言どころか、これから帰って『致します』宣言である。
本気でやめてくれ。
「俺の休暇の邪魔するなよ! 今朝まで散々ヤっといてもう無理だ!……あっ」
叫んだ瞬間、俺は自分の口を押さえた。
店内の空気が一瞬にして凍りつく。
『やっぱり、噂は本当だったのね……』
『今朝までって、そんなに激しかったの……?』
ひそひそとしたざわめきが、波紋のように広がっていく。
ひどい失言だ。俺はいったい何を口走ったんだ。
人前で、今朝まで散々ヤっていたことを自らバラしてしまった。
あまりの羞恥に顔から火が出そうだ。もう、顔を上げて周囲を見ることができない。
「ドノバンさん……。あれくらいじゃ、全然足りませんよ」
そんな周囲の反応など意にも介さず、顔を覆ってテーブルに突っ伏している俺の背後から、セルウィンが体重をかけて包みこんでくる。
そして、わざと周囲にも聞こえるような甘く低い声で、耳元に囁いてきた。
「中に出した分も、全部溢れてしまったでしょう? ……まだ、お腹の奥まで満たしきれていませんから」
「ッ~~~~!!?」
具体的な内容すぎる追撃に、俺はさらに小さくなった。
「ということだ。それを持ち帰り用に包んでくれ」
「は、はい! た、ただいま!」
セルウィンの有無を言わせぬ圧と、生々しすぎる会話に赤面した店主が、逃げるように去っていった。
「あ、あの……」
すごいな赤髪の少女。この死にそうな空気の中で、まだセルウィンに話しかけられるのか。
ある意味、勇者だ。
「ドノバンさんが私の恋人であることに、異を唱えるつもりか? 度胸があるな、女」
「い、いえ、すみませんでした!」
顔は見えていないが、泣きそうな声と共に椅子を蹴る音がして、少女が外に飛び出していく気配がした。
セルウィンの声が冷酷すぎて、俺の背中にも変な汗が流れる。
俺に話しかけるときの、砂糖にはちみつをぶちまけたような甘ったるい声色を、少しは分けてやれよ。可哀想に。
「あの、こちらが持ち帰り用です」
「ああ、では失礼する」
「すまない店主! これ迷惑代だ、受け取ってくれ」
「こんなにいただけません!」
俺は金を店主に押し付けて、逃げるようにセルウィンを押しやって店を出た。
気に入りの店だったのに、もう二度と行けないかもしれない……。
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