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第四話 花火③

 硝煙の溶けた潮風、心臓を揺さぶる爆発音。それらに駆り立てられるように、家路を急いだ。  振り返れば、点々と灯る街灯の向こうに、光の華が咲き乱れている。真っ黒なキャンバスに絵具をバケツごとぶち撒けたように、無数の光の粒が鮮やかに瞬いては夜を灯す。その美しさは特別で、永遠を体現しているけれども、今はただ、それよりも、目の前の男がほしい。   「しゅ、ン…」 「ナナ……」    帰り着くなり、噛み付くようなキスをされる。苦しいほどに抱きしめられて、そのままベッドへなだれ込んだ。   「ン、ぁ……あめぇ、お前の口の中……」 「さっき綿あめ食ったからかな」 「もっ、と、よこせ……っ」    はしたないと分かっていても、もうこれ以上耐えられなかった。舌を出しておねだりすれば、熱く蕩けた口腔内へと迎え入れられる。   「ふぁ、ん……ン、んぅ……」 「おめーの口ン中も、あめぇよ?」 「おれは、なんも……食って、ねぇ……っ」 「んじゃあ、俺の味が混ざってんのか? すげぇあめぇけど。お前のベロも、唾液も」 「ンむ、ん、ンぅ……ッ」    袖口に覗く白い手首を、乱暴に掴まれて押さえ込まれる。身動き一つできないのに、その痛みさえ嬉しくて、苦しいのが嬉しくて、気が変になりそうだ。この重みが愛おしいなんて、それこそどうかしているみたい。  瞬介と二人なら、もうどうなってもいいのだ。この男に、全てを委ねてしまいたい。どうにでもしてほしい。早く、好きにして。早く全部食らってくれ。   「ぁ、ア……まっ、て……」 「逃げんなよ、ベロ出して」 「ひッ、や……だめだ、だめっ…………」    熱い舌が絡み付く。喉の奥まで探られるような、深く重い口づけに、舌先から甘く痺れて、脳髄まで蕩けてしまう。胸が熱くて、苦しくて。本当に、どうにかなってしまう。   「ぃ゛……んン゛ッッ──!!」    びくん、と腰が跳ねた。跳ねてしまった。抑え込んでいたもの全てが、この瞬間に弾け飛んだ。  深い口づけに、息もできない。それでもどうにか酸素を取り込もうと、喉が浅く痙攣を繰り返す。   「は、ッ……ぁ゛……っ」    ぼんやりと霞んだ頭で思うのは、この醜態を知られたくないということだけ。戯れのようなキスで達した体を、びくびくと浅ましく痙攣を繰り返す体を、瞬介に見られたくない。  けれど同時に、知られたい。見られたい。全てを彼に曝け出したい。暴かれたい。そんな浅ましい願望さえ見え隠れする、己のこのだらしのない姿を、彼の瞳はどのように映し出すだろうか。   「……い、イッた、の?」    唇が離れ、唾液が濃厚な糸を引く。まるで溶けたキャラメルのように、甘い蜜が糸を引いて、蕩けた舌を結んでいる。  驚きと興奮とを湛えた瞳を大きく開いて、瞬介は七瀬の顔を覗き込んだ。七瀬はごくりと喉を鳴らし、ふいと目を背けることしかできない。   「そんなに、俺が欲しかった?」 「っ、ぁ……っ」    着物の裾をはだけられ、熱い手が太腿に滑り込んだ。果てたばかりの敏感な体が反応すると、瞬介はうっとりと笑みを深くする。火照った息が頬を撫でる。   「やっっべぇ……えっろい」 「んッ……」    お互い、熱に浮かされている。花火会場にひしめいていた、あの熱気に浮かされたからではない。互いの熱に、体温に、どうしようもなく焦がれているのだ。  瞬介は手早く服を脱ぎ捨てた。この体を目の当たりにするのはいつぶりだろうかと、ぼんやりと見惚れているうちに、帯を解かれた。するすると衣擦れの音が響き、まるで蛇の抜け殻のように、ベッドの下に脱がされた着物が乱れていく。やがて、白い絹の長襦袢が、火照った肌の上を滑り落ちた。  七瀬の下着に手をかけながら、「パンツはいつも通りなんだ?」などと調子の狂う感想を述べるこの男を、愛おしいと思う。七瀬はそっと両手を伸ばして、彼の首筋に指先を絡めた。抱き寄せられるまま、瞬介は唇を寄せてくれる。   「んだよ。甘えてんの」 「ん……」    言葉は必要最低限でいい。目と目を合わせれば通じ合える。瞬介にだって、分かっているはず。  ちゅぷ、と水音を鳴らして先端が触れた。限界まで膨れ上がった期待に、心臓が爆発する。堪らずに腰が浮く。早くその熱で穿ってほしい。はしたなく濡れた蕾が、誘うように収縮を繰り返す。  それなのに、そのことに気づいていないはずがないのに、瞬介は、穴の縁を掠めるように、僅かに腰を揺するばかりで、なかなか中を暴いてくれない。もどかしさにおかしくなる。腰がカクカク揺れている。   「なッ、ぁ……はや、く……っ」 「んー、けど、その前にさ。大事なこと、言ってねぇよな?」    瞬介だって、そこを限界まで膨れ上がらせているというのに。余裕なく息を荒げつつ、どことなく恍惚とした、嗜虐的な笑みを浮かべて、七瀬の顔を覗き込んだ。   「そんなに、俺が欲しかった?」    熱い掌。腰を掴む。   「欲しいって、言えよ。七瀬」 「っ、……」    ほしい、と。そうはっきり言えただろうか。緩んだ口から空気が漏れる。ずぷん、と一息に貫かれた。  待ち焦がれていた快楽を、深いところへ叩き付けられた。脳が痺れる。体が悦ぶ。求めていた男に犯され、暴かれ、女みたいに奥が濡れる。蕩けた肉襞が痙攣し、媚びるように吸い付いている。  今この瞬間、己の姿は、どんな風にこの男の目に映っているだろう。いやらしく浅ましい、そんな自分の醜態を思い、打ち震えた。   「ひっ、あ゛……んぁ、ア゛っ……!」    だらしなく開いた口。突き上げられる度、ひっきりなしに声が漏れる。甘ったるく、媚びたような声。こんなことは恥でしかないと思うのに、抑えることなどできやしない。   「やばっ、ナカ……」    瞬介が低く唸った。腰を掴む手に力が入り、挿入は一層深く、律動は激しくなる。敏感なところを擦られ、穿たれ、七瀬は何も出さずに達した。  びくびくと痙攣する淫らな穴が、彼のものをきつく締め付ける。ひと月もの間待ち焦がれた、雄そのもの。その硬さや大きさ、微かな凹凸、灼け付く熱。そんなものを、否が応でもはっきりと感じ取ってしまう。そのことで再び感じ入る。   「イッ、あ……いく、いッ、またいく、でるっ……!」 「俺、もッ……出そ……」 「なか、で……! なかにきて、だして、っ……!!」    衝動に突き動かされるまま、口走った。本能から出る、渾身の叫びだった。  胎の奥に、煮え滾った熱が放たれる。体の芯から指の先まで、悦びに満たされる。そしてまた、深い絶頂の海へと、無防備に投げ出されるのだった。  ぺち、と軽く頬を叩かれて、一瞬飛んでいた意識が戻った。目の前には、こちらを見据える瞬介の姿。四肢も内臓も食い破らんとする、獰猛な獣のような瞳。ぞくぞくとしたものが、電流のように全身を駆け巡る。   「まだ、だぜ。まだ全然、足りねぇよ」 「っ……」 「もっと……全部、寄越しやがれ」    七瀬はごくりと喉を鳴らす。これからこの猛獣に、全てを食い荒らされてしまうのだ。でも、それでいい。何を差し出したっていい。この男に全てを捧げたい。今までも、これからも、きっとずっとそうしてきた。  七瀬は瞬介の耳を掴み、乱暴に抱き寄せた。熱い唇に噛み付いて、舌を這わせて囁いた。   「いいぜ、全部くれてやる。てめぇにおれが食えんならな」        花火の間中、いや、待ち合わせ場所で顔を合わせてからずっと、瞬介が七瀬のことばかり見つめていたのを知っていた。着物姿で町を歩き、軒を連ねる露店の数々を見て回り、そして花火が打ち上がっても、七瀬のことばかり見つめていた。  昔からずっとそうだった。月でも星でも、初雪やイルミネーションを見るのでも、瞬介はいつだって、それらを見るふりをして、七瀬にばかり気を取られているのだった。  だからきっと、今回もそうなるだろうと分かっていた。分かっていたが、彼の視線があまりにも熱く、あの煌めく火花よりも熱く、見つめられた箇所から溶けてしまいそうで、とてもじゃないが、花火に集中することなどできなかった。  口の端にソースがついていたのは本当だったが、本当はただ触れたかっただけだ。あれは咄嗟の、精一杯の強がりで、本当はあの時、今すぐにでも、強く抱きしめてほしかった。なんて、あの場で言えるわけもない。  心臓が震えるのは、花火の音が響いているからか。でもきっと、それだけではない。花火の炸裂音よりも、自分の心音ばかりがうるさい。この鼓動が、頬の赤みが、瞬介に伝わってしまったなら、その時はどうなってしまうのだろうと、そんなことばかりを考えて、鼓動はさらに速くなった。       「やっ、あ゛……だめいく、いくっっ──」    犬のような恰好で、後ろから穿たれる。ビクッ、ビクッ、と腰が弾むように痙攣し、もう何度目になるか分からない、薄まった精液がとろりと溢れた。   「ひッ、や゛…ぁア゛、またっ……はい、って…………ッッ」    後背位の状態から膝裏を掴まれて、大きく足を広げさせられる。みっともなく丸見えになった穴に、再び瞬介のものをねじ込まれる。半ば無理やり、体を開かれる。体の内側の、一番柔らかい部分に触れられる。認めたくはないけれど、この感覚が、七瀬はどうしようもなく好きだった。   「い゛っ、ア゛……いっ、イ゛……ッ」    イかされ続けた影響か、絶頂へと容易に手が届いてしまうようになった。今イッているのか、そうでないのか、自分でも分からない。  例えば、舌を噛まれる。乳首を噛まれる。たったそれだけの刺激で、甘イキを繰り返している。一番の性感帯である胎の中を刺激されれば、あっという間に果ててしまう。   「まだ、全然、足んねぇんだよ。もうとっくに、限界は超えてたんだ。ここまで持ったのが奇跡だぜ」    骨まで砕けてしまいそうなほど、激しく腰を打ち付けられる。生々しい打擲音と、いやらしい水音が、狭い部屋にこだまして聞こえる。瞬介だって、もう何度も果てているはずなのに、胎内で暴れるそれは相変わらず硬いままだ。   「俺がどんだけ我慢してたか、おめーにゃ分かってもらわなきゃなんねぇんだ。もう二度と、禁欲だ何だ言い出せねぇようにな。分かってんのかよ? 俺がこんなんなってんの、全部お前のせいなんだぜ。急に着物なんか着てきやがって。俺をその気にさせるためだってんなら、相当効果あったな」    ああ、分かっていたのか。瞬介の気を惹きたくて、新鮮にドキドキしてもらいたくて、祖母に頼んで着つけてもらった。作戦は功を奏したらしい。彼を意識させることができた。それだけで、十分だ。   「ッ、おいこら、これ以上締めんな」 「んン゛、ぁ゛……っ」    締め付けると、彼の形を確かめてしまう。奥が濡れているのは、七瀬が濡らしたせいなのか、それとも、瞬介の迸りのせいなのか、あるいは、そのどちらもが溶け合ってしまっているのか。どちらにしても、胎内を乱暴に掻き回す水音は、七瀬の耳を犯すのに十分だった。  もはや精液などとは呼べない薄い汁が、奥を穿たれ揺さぶられるままに、性器から弾けて飛び取る。じわりと奥が濡れ、絶頂と共に、迸りを受け止める。胎の奥で、二人の熱が一つに溶け合い、滲み込んでいく。  抜去されると、質量を失った穴が切なく疼くので、七瀬は浅ましく腰を揺すって瞬介を誘う。まんまと誘き寄せられたそれが、また奥へと入ってくる。腰を抱かれて正常位で、体にはもうほとんど力が入らず、膝はガクガク震えるし、つま先は力なく空中を蹴るだけだ。   「あ゛、ン……んぁ゛、ア……っ」 「くそっ、気持ちよすぎて離れらんねぇ……ナカ、すげぇとろっとろだし、なんなら外もぐっちゃぐちゃだし……」    くたりとへたばったままの性器を握られる。こぷりと蜜を零して、軽くイかされる。それから、熱い掌が汗ばむ肌の上を滑る。掌で胸を撫でられ、尖り立つ突起を抓られた。   「あう゛っっ……」    びくん、と敏感に腰が跳ねる。また、甘イキさせられる。ナカが震えて吸い付くので、瞬介にもきっと分かってしまったろう。   「お前って、やっぱ結構淫乱だよな。乳首抓られただけで、びくびくしてイッちゃって」    片方を指先で捏ねられながら、反対の乳首にねっとりと舌を這わされる。飴玉を転がすように、舌先で弄ばれる。男のくせに乳首で感じて、あまつさえイかされるなんて、恥ずかしいことだと分かっているけれど、体は勝手に悦んでしまう。びく、びく、と腰が疼く。  この部屋がいけないのだ。この空間がいけない。全部、あの頃のまま。瞬介と二人、青春を過ごした。あの頃の匂い。あの頃の、瞬介の匂いが、今でも色濃く残っている。懐かしさが、感覚を狂わせる。   「ひッッ、や゛ッ……だめっ、だめっ──!」    再び、腰をしっかりと押さえ込まれ、激しく奥を穿たれる。だらしなく開きっぱなしになった口は、甘ったるい嬌声を発するだけの器官と成り果てた。この声は、確かに瞬介を楽しませているだろう。七瀬が喘ぐと、胎内のものが一層硬くなる。  生涯ただ一人と決めた愛しい男が、己の尻なぞに執着し、己の中で暴れ回っているなんて。その事実が、胸を熱くする。もう何だってしてやりたい。この体で、愛してあげたい。  ぴりっ、と快楽とは違う刺激が走った。左手、薬指の付け根。瞬介が噛み付いていた。鋭い歯が食い込んで、指ごと食い千切られてしまいそう。それなのに、そんな痛みさえも、この男の与えるものだと思えば、甘美な愉悦に変わった。  唾液が糸を引き、唇が離れた。最後に傷を癒すように、指の付け根を舌先が撫でた。くっきりと円を描くように、赤い歯型が残っていた。  手を重ね合わせ、指を絡めて握りしめられた。瞬介が体を傾けるので、キスの予感に、七瀬は口を開け、舌を出す。快楽に溺れた己がそんな姿を晒しているのか、自覚がないわけではなかった。けれども、快楽に抗えない。  もうとっくに、理性は手放していた。しがみついていなければ失くしてしまうような理性など、ないも同然だった。この声だとか、いやらしい物音が、瞬介の父の耳まで届いてしまうかもしれないなどと、考えることはとうにやめていた。それを気にして、声を抑えようとしてみても、簡単にこじ開けられてしまうのだ。   「ン、っ、んぅ……ッッ」    開きっぱなしの口にだらしなく覗かせた舌を絡め取られた。瞬介の舌遣いに応え、七瀬も舌を絡ませるが、どうにも舌先が痺れてしまって、思うように動かない。ぴりぴりと甘やかな快楽が、舌先から全身へと広がっていく。  半ば強引に、唾液を飲まされる。流れ落ちてくるそれを、七瀬は喉の奥へと送り、嚥下する。喉を通り、胃の中に収まったそれは、まるでいつまでも熱を持ち、媚薬のように七瀬の体を内側から火照らせる。  瞬介の味と匂いが、七瀬の口腔内を満たす。息も声も奪われて、苦しい。苦しいのに、嬉しい。嬉しくて、気持ちがいい。感覚はとうに狂っている。いや、元からこうだったのかもしれない。  綿菓子の味はもうしない。それなのに、瞬介とのキスはいつも甘く、甘すぎるくらいに甘いから、不思議だ。だから病みつきになってしまう。   「ッ、……っく────ッッ」    深い絶頂に堕ちていく。胎内が熱く濡れる。それは七瀬の熱でもあり、瞬介の熱でもある。心が溶ける。肉体が溶ける。輪郭が蕩けていく。   「や゛、ア゛……やっ、や゛ァ……っっ!」    まだ絶頂から帰ってこられていないのに、再び絶頂へと突き上げられる。容赦なく襲い来る快楽と、まだ胎の奥に燻っている快楽の残滓とに、なすすべもなく翻弄される。  もう、何が何だか分からない。頭の中は真っ白に爆ぜて、ずっと何も分からないのに、気持ちいいのだけが分かる。気持ちいいのだけが続いている。身も心も、快楽に支配されている。   「なぁ、まだ……もっかい、な?」    甘えたように囁かれ、再び体位を変えられる。すっかり瞬介の形を覚えてしまったそこに、彼のそれがぴったりハマる。弓なりに反った腰を抱かれて、奥の奥まで暴かれる。  窓の向こうが白んでいる。この快楽地獄は、いつまで続くのだろう。ああ全く、とんでもない男を相手にしてしまったものだ。もう二度と、エッチなんてしないなんて言わない。一か月にわたる禁欲が成功しても、溜めに溜めた欲望を一晩でぶつけられてしまっては、こちらの体力が持つわけもない。

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