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第四話 星月夜
「今年も終わるな」
空を見上げて七瀬が呟く。視線の先には、煌びやかに明滅する光の螺旋。冬の風物詩、イルミネーションだ。
近所の公園──といっても車で三十分程度──に、イルミネーションを見にやってきた。普段は季節の花が咲き乱れている庭園や花壇、芝生の丘が、この時期だけは幻想的な光に包まれる。広場ではクリスマスマーケットが開かれ、観覧車と回転木馬が回り、中央には大きなもみの木が、電飾を纏いそびえている。
もみの木のてっぺんには、真っ赤なリボンと大きな星が飾られており、それを見上げて、七瀬はそう呟いたのだった。
「去年の今頃か」
「だな」
「早いもんだ」
昨年の今頃。忘年会シーズンの真っ只中。取引先の忘年会に招かれて仕方なく参加した、その帰り道。七瀬を見つけたのだった。
時々、あの日のことを思い出しては怖くなる。もし、あの仕事を断っていたら。もし、一本早い電車に乗っていたら。もし、あの駅前の喫煙所に、足を踏み入れなかったなら。今でも七瀬のことを知らないまま、死ぬまですれ違ったままだったかもしれない。
「……年取ると、時の流れが早く感じるようになるらしいぜ」
「ひとを年寄り扱いか。お前だって同じ年だろ」
「……うん。だから、一緒に年取れて嬉しいっつー話」
瞬介ももみの木を見上げて、七瀬の手を握った。手袋をはめた手が温かい。マフラーに埋もれた赤い鼻先をこちらに向けて、七瀬が笑う。
「感傷に浸ってんのか」
「まーね。お前とまたこうしていられるなんて、少し前までは考えもしなかったんだもんよ」
「……おれは、何となく想像してたぜ。あの頃から、ずっと」
白い息が、粉雪のように舞い上がる。明滅する電燈を透かし、仄かに色を変えて瞬きながら、夜の空へと溶けていく。
「まぁ、なんだ。来年も、よろしく?」
瞬介が言えば、七瀬はまた白い息を降らせて笑った。
「なんで疑問形なんだよ」
「いいだろ別に」
「来年だけでいいのか」
「ひとまずはな。来年の今頃、また同じこと言ってそうだけど」
「違いねぇ」
空を見上げれば、星が瞬く。クリスマスツリーの星ではない。辺り一面を覆い尽くす、人工の明かりとも違う。本物の星の光だ。ささやかに、しかしはっきりと、天の一番高いところで輝いている。
「今度さ、また星でも見に行かねぇ?」
「珍しいな。お前がそんなこと言うなんて」
「これでも一応、天文部経験者ですから」
「どうせまた、寒いとか言って部屋に籠りっきりになるんじゃねぇのか」
「いや、そこはほら、防寒はしっかりしてさ。もうあの頃みたいに若くねぇんだし。つか、あの時はお前も部屋でだらだらしてたろ。ウノとかやって」
「懐かしいな」
「な」
「先輩、今頃どうしてんだろうな」
「お前、連絡とか取ってる?」
「いや。今の連絡先知らねぇし」
「だよな~。今度手紙とか書いてみっか。実家の住所なら分かるだろ」
とまぁ、そんなこんなで。有給休暇をどうにかもぎ取り、二人で休日を合わせ、星を見に行くことにした。
高校時代に三人で合宿をしたのと同じ、高原湖畔のキャンプ場で、前に泊まったものよりもワンランク上のコテージを借りた。調べてみると、近隣に日帰り温泉施設があり、食事等も含めてそこで済ませてしまうことにした。
「ッか~~、やっぱでけぇ風呂は気持ちいいわ」
「おっさんみてぇなこと言ってんな」
「まぁ実際、そろそろおっさんって歳だしな」
道の駅に併設の入浴施設ということで、それほど期待はしていなかったが、大浴場は文字通り広くて清潔で、開放感のある露天風呂まで完備されていた。特に露天風呂がいい。お湯は熱いが、冬の外気に晒されているのでのぼせるということがなく、いつまでも入っていられる。
思い出すのは、修学旅行の夜のこと。あの日泊まった旅館には露天風呂はなかったが、あの日もこうして七瀬と肩を並べて風呂に入った。しっとりと濡れた黒髪だの、雫の伝う首筋だの、薔薇色に火照った肌だのを前にして、ドキドキしていたことを思い出した。まさに思春期真っ盛りだったわけだが、結局のところ、今もあの頃とあまり変わっていない。
熱くなったのか、半身ほど湯船から出て夜風に当たる七瀬の姿に、昔と変わらずドキドキしている。温泉の成分のせいか、白い肌が一層滑らかに、蕩けたように艶めいて見える。惜しみなく晒した裸体から立ち上る湯気までもが、そんなわけないと分かっているのに、何か神秘的な力さえ秘めているように感じてくる。
「見過ぎだ」
射るような視線を注いでいればさすがに気づかれる。揶揄うような声音で言い、こちらへ視線を寄越した七瀬に、あの頃の瞬介ならさっと視線を逸らしていただろう。けれど、今はもう、あの頃とは違うのだ。思春期真っ盛りだったあの頃と、中身は変わっていなくても。
「そりゃ見るだろ」
「おもしろいか?」
「おもしろくはねぇよ? ただ綺麗だな~って」
「……」
「あーいや、変な意味じゃなくてね?」
「うるせぇ」
怒っているのか照れているのか分かりにくい。七瀬が水面を叩いたので、熱い飛沫が目に跳ねた。頬が赤らんで見えたけれども、単純にのぼせただけかも分からない。瞬介の視界から隠れるように、顎の下まで湯船に浸かってしまったので、絶景は見納めとなった。
「普通に旅行とかでもよかったかもね」
「けど、星が見たいんだろ」
「今回はな? もし次、どっか行くってなったら、そん時はどっか旅館にでも泊まってさ、うまいもん食って、酒飲んで、貸し切りの露天風呂でのんびりして、人目気にせずやることやって……って、今のはツッコむとこでしょうが」
「……いや、貸し切りの風呂でもダメだろ。旅館に迷惑だろ」
「気になるのそこ? 相変わらず頭かてぇな」
「普通だ」
濛々と立ち上る湯気が視界を霞ませる。雨除けの屋根に取り付けられた照明も、内と外とを隔てるガラス窓も、真っ白な湯気に曇っている。人目さえ遮る湯煙に、間違いを犯しても許されるような気がしてくる。
「……いいわけねぇだろ」
「……心読んだ?」
「お前が距離詰めてきたからだ」
まるで磁石に吸い寄せられたように、七瀬との距離はほぼゼロだ。瞬介がこっそりと手を伸ばすと、妙な悪戯はさせまいと、ぎゅっと手を握られる。水面下での攻防戦だ。
「やっぱダメかぁ」
「当たり前だ」
「誰も見てないと思うけど」
「そういう問題じゃねぇ」
「ちぇっ」
「夜はまだ長ぇんだ。焦ることないだろ」
「……」
「見ろ。星が出てきた」
体が熱いのは、熱いお湯にのぼせたせいだ。けれど、肩までとっぷりと浸かったまま、しばらく外へ出られなかった。
コテージへ戻り、ストーブを焚く。今回の旅唯一のキャンプ要素だ。小窓の向こうに炎の揺らぎ。ロッキングチェアに揺られながら、ぼんやりと眺める。もうこのまま寝ちゃってもいいかなんて考える。
「おい、カイロ何枚貼る」
七瀬の声に、瞬介は閉じかけていた瞼を開いた。
「……いややっぱ寒ぃわ」
「多少はしょうがねぇ。我慢しろ」
「冷てぇな~」
二階のバルコニーに出た。湖を渡って吹く風が、氷の結晶を散りばめているのかと思うほど、皮膚を切り裂き、肺まで凍らせる。安易に星を見たいなどと言ってしまったばかりに、こんな苦行に耐える羽目になってしまった。
「なぁほら、見えるか? オリオン座」
白い息を吐いて、七瀬が空を指差した。つられて、瞬介も空を見上げる。一等星から六等星まで、天を満たすように輝いて、そのさやかな光は、まるで地上まで降り注ぐようだった。
「そろそろ目も慣れてきただろ」
「ああ、うん。オリオン座だな」
「どういう感想だ」
澄んだ夜空。明るく光る一等星。月のない夜だから、一際眩しく、冴えた光を降らせている。
「やっぱシリウスは明るいな」
「太陽を除けば一番明るいからな」
「そーなの? 月より?」
「……」
「んだよ、知らねぇの?」
「恒星の中での話だから、月はランキングに入ってない」
「なんだそりゃ」
「そういうもんなんだよ」
「ふぅん? まぁいいや」
瞬介が空を指すと、七瀬も空を見る。星と星を繋いで滑らせる指先の動きに、七瀬の視線もついてくる。
「よく覚えてたな」
「当然!」
瞬介が指で繋いだのは、冬のダイヤモンドと呼ばれるアステリズム。前にここへ合宿に来た時、七瀬に教えてもらった。あの時、不意に縮まった距離にどきまぎしたのを思い出し、胸の辺りがくすぐったくなってくる。
「お前が教えてくれたもんは忘れねぇよ」
「じゃあ、星の名前は?」
「えぇ? えーっとぉ……」
「やれやれだな」
呆れたように呟いて、七瀬は瞬介の手を握った。瞬介の指に指を添え、まるであの日の復習のように、星々を結んでいく。
「リゲル、シリウス、プロキオン」
「そこまでは分かんだよ。その先がな~」
「ポルックス、カペラ、アルデバランだ」
「うーん、やっぱ複雑で覚えらんねぇ」
「覚えなくても、おれがいつでも教えてやるよ」
得意げな七瀬の笑顔が、至近距離に見えていた。思わず頬をくっつけると、冷たがって逃げていく。それを逃がすまいと、瞬介は肩を掴んで抱き寄せる。
「んだよ、じゃれんな」
「いいじゃんよ、どうせ二人なんだし」
「星は? 見たかったんじゃねぇのかよ」
「んー、まぁ、見たじゃん? 一応」
「一応って」
「今はほら、星より見たいもんがあるし」
「なっ、けど、流れ星が……」
やいやい騒ぐ七瀬を、ひょいと抱き上げてしまう。白い息が耳に触れて温かい。流れ星という言葉に、瞬介は一旦手を止め、空を見上げた。
「流星群なの? 今日」
「極大日は過ぎてるから、そんなには見られねぇと思うが」
星影は冴えて美しく、霜を降らすように瞬いているけれども、流れ落ちる兆しはない。こんな時に思い出すのは、七瀬と二人で見た流星群。小学四年の夏休み。近所の裏山に登って、文字通り、降り注ぐ無数の星を見た。
「まぁ、また見たいっちゃ見たいけど」
「だろ?」
「けど、今度でいいや」
「なんでだよ」
「今は七瀬のことだけ見てたいから」
「っ……」
一瞬、むっとしたような顔をしたけれども、その表情を隠すように、七瀬は瞬介の肩に顔を埋めて抱きついた。
「……もう、好きにしろよ」
「そうさせていただきます」
せっかく色々と準備をしたのに、星を見たのは一時間もない。暖房の効いた室内に戻り、ベッドへとなだれ込む。
「なぁ、」
「ん?」
「あんまり激しくしないでくれ」
「えっなにそれ。激しくしてほしいってこと?」
「ちげぇ、ばか。なんでそうなるん……」
喉笛に噛み付くと、七瀬は息を呑んで仰け反った。無防備に晒された喉に、さらに深く歯を立てる。
「やっ…いてぇ」
「だってさ、この状況でそんなの、そうとしか考えらんねぇじゃん? ホント、男のツボ押さえてんな~。いや、俺のツボか」
「なに訳わかんねぇこと言ってんだ……普通に、声とか漏れたくねぇから……」
「我慢しなくていいのに」
「じゃなくて、ここ、防音とかあんまりだろ。丸太小屋だし……」
一棟貸し切りとはいえ、所詮はキャンプ場のコテージだ。気密性断熱性防音性、全てに疑問符がつくのは、瞬介も同意である。
「まぁ善処はしますけど~、約束はできねぇな」
「なんでだよっ……」
首筋から耳たぶへ、舌を這わせる。小さな穴に舌先をねじ込みながら、ずらした下着の隙間に手を入れ、的確に秘部を捉えた。瞬間、びくりと七瀬の体が震える。手が冷たかったから? そんなわけはない。指の触れたところから、くちゅりといやらしい音が響く。
「んなこと言って、こっちの方も準備万端じゃねぇか」
「っ、るせ……」
「ほら、分かる? くちゅくちゅ言ってんの。俺まだ指入れただけなんだけど。どんだけローション仕込んでたんだよ」
「だ、って……おまえが……」
「俺が?」
「お前の、視線が……熱くて……」
「だから? それで濡れちゃったの?」
ぷくりと張り詰めて主張を増している前立腺を、指先でくすぐるように引っ掻いてやる。七瀬はきつく唇を結び、目を瞑って耐える。が、体はびくびくと震えっぱなしだ。
「こっちもしていい? てかするね」
重ね着していたセーターを脱がす。インナーは脱がさずに、その薄い布の上からでも存在がはっきりと分かる胸の突起に手を触れた。
「んっ……!」
「こっちもすげぇ勃っちゃってんな? 服着てても丸分かりなんですけど」
「……ってねぇ」
「強がんなって。自分でも分かるだろ? ほらここ」
薄手のインナーの上から、つんと尖った乳首を擦る。指先で弾くように刺激してやり、そうしながらインナーを捲り上げて、片側の胸を露出した。露わになった薄桃色の突起は、冷たい外気に触れたせいか、心細げに震えている。それを優しく温めてやろうと、瞬介は舌を這わせて頬張った。
「あ、っん……」
「ほらぁ。好きだろ? これ」
「っ、ン……」
舌先でくすぐるようにしゃぶり、指先で捏ね回し、おまけに、胎内に収めた指先も、弱点を的確に刺激する。自然と、七瀬は胸を反らし、腰を浮かす。もっともっとと欲しがるように、全身を撓わせる。
「も、ッ、だめ……いくっ──」
乳首に歯を立て、指を突き立てた瞬間だ。七瀬は呆気なく気をやった。瞬介の頭を抱きかかえるようにしてしがみつきながら、全身を痙攣させる。
唇を離せば、唾液を纏っていやらしく濡れた乳首が露わになる。もう一度、舌を這わせて一舐めすると、達したばかりの体は敏感に反応した。
「……よかった?」
下着の中、胎のナカは、もう大洪水といった有様で、瞬介が指を引き抜けば切なげに疼き、ねっとりと糸を引いて絡み付いた。
指と入れ替えで、いきり立った自身を触れさせる。性急すぎると怒られるかと思ったが、意外にも、七瀬は自ら足を開いて、迎え入れる姿勢を取った。
「あ待ってゴム」
「いい、もう…っ、はやく……」
一応、避妊具は持ってきた。カバンの奥底に仕舞ってある。旅先での行為であるし、色々と飛ばしたり零したりして汚してしまうことを、七瀬が気にすると思ってのことだったが、気を回し過ぎたようだ。
催促するように、七瀬の両足が腰に巻き付く。引き寄せられるままに、距離がゼロへと近づいていく。
「あっ、あ゛……!」
ぬぷん、と吸い込まれるように先端が埋まる。そのまま、ずぷ、ずぷん、と勢いに任せて、根元まで深く沈み込んだ。
こつん、と奥を叩いた。その衝撃で、七瀬は軽く達したらしい。筋肉も関節もふにゃふにゃと柔らかく、蕩けた体がベッドに沈む。瞬介が腰に手を回し、抱き寄せるとびくびく震えた。
「気持ちい? ナカ、すげぇあったけぇ」
「ん、ん……っ」
「はっ、腰動いちゃってら」
揶揄するように言えば、羞恥も快楽に変わるのか、瞬介を包む肉襞が、甘く痙攣して吸い付いた。誘われるままに腰を動かす。きつく結んでいた唇が綻び始める。口の端に、甘やかな声が咲き始める。
「やっ、ん……あ、ぁ……っ」
「まぁ確かに壁は薄いけど、隣とは結構距離あるし、キャンプサイトからも離れてるし」
「っ……?」
「余計なこと考えてないで、俺にだけ集中しろってこと」
指を絡めて手を握り、ベッドへ縫い留めるように押さえ付けながら、深く角度をつけて最奥まで突き上げた。その反動で、七瀬は大きく腰を仰け反る。悲鳴にも似た嬌声が響いた。
「やめっ、おいっ……はげしく、しないって……!」
「んなこと言った?」
「いっ…た! いっただろ!」
「善処するとは言ったけど、約束はできねぇとも言ったぜ?」
「てめ、卑怯だ……!」
「なにがよ。気持ちよくしてるだけだろ? ついでに俺も気持ちいし~」
「やッ、んん゛…ッ、おくっ、おくやだっ」
「奥やだ? こっちがいいの?」
「やっ、んんン゛……そっち、も゛……っ!」
最奥を叩いていた肉杭をギリギリまで引き抜き、穴の縁に引っ掛けるようにして遊びながら、角度をつけて前立腺を捏ねる。七瀬はいやいやと首を振り、涙まで散らして善がった。
「やぁ゛、ン゛、ぅぅ゛……ッ」
「浅いとこもやなの? わがままだぜ、お前」
何も苛めているつもりなはい。ただ、浅瀬でちゃぷちゃぷ水遊びをしていると、奥の深いところが切なげに疼いて、その甘い痙攣が直に伝わってくるので、そちらを放っておくのも忍びない気がしてきて、結局また、最奥まで、七瀬の胎内を貫いた。びくん、と白い肢体をくねらせて身悶える。
「や゛っ、あ゛……瞬介ェ……」
「気持ちいいの? 奥と手前、どっちがいい?」
「っ、ん、どっちも……」
「好きな方いっぱい突いてやるよ」
「ッ……お、く……」
「奥? 奥好き?」
「すッ、きぃ゛……!」
優しい声で甘やかしながら、乱暴に奥を突く。最奥をこじ開ける激しさで突き上げる。瞬介に揺さぶられながら、七瀬は甘い声を響かせる。もはや、声が漏れるかもしれないなどと気にする余裕もない。振り落とされないようにしがみついてくるのが健気で、一層激しく責め立ててしまう。
「もッ、ぅ゛、いく、いきそ……」
「俺も、だけど……一緒にイきたいから、我慢して」
「な、ァ……くち……っ」
そう切なげに囁いて、七瀬は緩く唇を尖らせた。こんな風に素直に、キスをねだってくれるようになるなんて、昔は全然考えてもいなかったし、当時の自分に将来のネタバレをしたところで、決して信じなかっただろう。そう思うと余計に、今こうして手にしている未来が、奇跡以上の巡り合わせに思えてくる。
キスをせがむ唇を塞いだ。唇をすり合わせ、舌を突き立て絡ませて、口内を掻き混ぜる。唾液を吸って、口の中で混ぜ合えば、体内で混ざり合う体液の響かせる水音と共鳴して聞こえてくる。
七瀬の指先が、瞬介の首筋に絡む。両足が腰に絡んで抱き寄せられる。一寸の隙も許さぬように、互いにきつく抱きしめ合って、そして同時に果てた。
欲望の果て。熱い飛沫が迸り、七瀬の胎内を満たす。絶頂時の激しい収縮、余韻に浸りつつの微痙攣。この甘い締め付けがどうにも心地よく、離れがたい。しばらくの間そのままで、快楽の余韻に揺蕩った。
「っ、は……ぁ……ッ」
別れを惜しみながら唇を離す。絡み合っていた舌が解ける。七瀬は胸を喘がせる。忙しなく吐き出される白い息が、まるで雪の結晶を散りばめたように綺麗で、綺麗なものをもう何一つ取りこぼしたくなくて、瞬介はまたしても、たった今解放したばかりの唇に、すぐさま噛み付いたのだった。
明け方、寒さに目が覚める。見れば、七瀬に布団を奪われていた。その上、薄いインナーにパンツ一枚という軽装備だ。寒いのも無理はない。冷えた体で布団に潜り込むと、七瀬が嫌がって身を捩る。
「やめ……つめてぇ……」
「お前が全部持ってったからだろ。俺にも入らせろ」
「んん……」
夢か現か、まだ寝惚けているらしい七瀬は、寝返りを打ってこちらを向き、瞬介の胸へ甘えるように顔をすり寄せた。思わず抱きしめたくなるのを堪えて、七瀬の好きにさせておく。
「んなに寒ぃなら、おれがあたためてやる」
「……」
やっぱり我慢できなかった。抱きついてくる七瀬をそっと抱きしめ返す。ちょうどつむじの辺りが視界に入り、鼻先を埋めるようにすり寄せた。シャンプーの匂いはほとんど消えて、彼本人の匂いだけになっていた。甘くはないが、清潔そのものの香りだ。洗い立ての、真っ白なシーツみたいな。
「……いま何時だ」
七瀬がいきなり顔を上げた。髪の匂いを堪能していた瞬介の顔を、彼の頭が直撃した。
「い゛っ……で……」
「ああ、悪い」
「おまっ……心がこもってねぇぞ……」
「悪かったよ。鼻血出てねぇか」
「出て……ねぇけど……」
「ならよかった」
さっきまで寝惚け眼で可愛かったのに、一体どのタイミングで覚醒したのか、七瀬はしっかりした口調で言って、ベッドを下りようとした。けれども、
「おい、大丈夫かよ」
今度は瞬介が心配する番だ。ベッドを下りようとした七瀬だったが、足に力が入らないらしく、ふらりとよろけそうになったのだった。瞬介は、七瀬が転ぶ前に支えてやって、ベッドへと座らせる。
「なに、足腰立たねぇの」
「……」
「えっ、マジで?」
七瀬は俯き、怒っているのか照れているのか、顔を赤くして瞬介を睨んだ。
「てめぇのせいだろうが……」
「俺のぉ? まぁ……」
昨晩、まさか一回では終わるわけもなく、手を変え品を変え体位を変えて、何度も何度も交わった。しかし、それもこれも七瀬が悪い。
「お前が、下腹押さえてうっとりしたりするから悪ぃんだろ」
「んなことしてねぇ」
「してましたぁ! 何なら、腹いっぱいで気持ちいい的なことも言ってましたぁ! 俺の出したのでお腹熱くて、それでイッたりしてたもん!」
「……んなこと……」
思い当たることがないではないのか、七瀬は拗ねたように舌打ちをして、そっぽを向いてしまった。
「んだよ、怒った?」
「怒ってねぇ」
「ホントかよ」
「もう……今度こそ日の出を見ようと思ってたのに、寝過ごしたし……」
いじけたような七瀬の背中に、瞬介はそっと寄り添う。
「なぁ、ゴメンって。確かに調子乗り過ぎたかも? 朝日はほら、また今度見よ? な?」
「……」
「あー、もしかして、昨日の流れ星も見たかった? 結構楽しみにしてたり?」
どうにか機嫌を取ろうとしていると、七瀬は再びこちらを振り向き、軽いキスを寄越してきた。
「怒ってねぇよ」
「ホント?」
「流れ星も、別にいいんだ。叶えたい願いもねぇしな」
「……それって……?」
いい意味なのか悪い意味なのかと考えていると、七瀬が笑った。
「もう全部叶ってるっつーことだ」
「……なるほど」
それなら、瞬介も同じことだ。叶えたかった願いは叶った。今更神頼みなどしなくとも、願いは自分の力で叶えたい。
というわけで、チェックアウトまでの時間を考えても、まだ余裕がある。もうあと二回くらいはできるのではないかと考え、七瀬に飛び付こうとすると、呆気なくいなされた。
「誰がいいと言った」
「えっ違うの? 今の流れってそういうことじゃないのぉ?」
「全然違うだろ。まずは朝飯だ。腹減った。お前作れ」
「えー……人遣い荒ぇよ」
「誰かさんのせいで腰が立たねぇんだよ。それに、前に来た時はおれが用意した」
「はいはい、分かりましたよ。ご奉仕させていただきます」
結局、いつも通りの朝だ。備え付けのキッチンでお湯を沸かし、コーヒーを淹れ、卵とベーコンを焼いて朝食にした。
帰り際、キャンプ場の売店で絵葉書を買った。その場で宛名を書き、投函した。後日、吉川から返事の手紙が届く。「二人だけで抜け駆けなんてずるい。今度はオレも連れていきなさい」という、半ば想像通りの内容が書かれており、手紙を読みながら、二人で顔を見合わせ笑った。
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