3 / 18

第3話出立準備

◆◆◆◆◆  依頼人が待つ街への出立前。  スノウは一人隠れ家にいた。  その部屋はスノウの武器庫で、カイのことは何度もこの家に招いているが、ここはカイにはまだ見せた事のない部屋だった。壁には大ぶりの剣が並び、部屋の中心にある机には、毒薬の瓶や火薬、ボウガン、砥石に大小様々な自然魔石、拘束に使うロープ等が並んでいる。  これらは全て薄暗い仕事で使う道具で、スノウが表では決して見せない裏の顔だった。 「もうこの部屋に入る事はないと、思いたかったんだけどね……」  自嘲気味な呟きがこぼれてしまう。  奴隷から解放され、暗殺業は廃業したつもりでいたけれど。 「珍しくカイが弱気になってるから……俺が頑張るしかないよね」  クククッと苦い笑いがこみ上げてしまった。  いつも自信満々で魔術の腕を誇っているカイが、専門ではないと依頼を渋る顔を見たのは、スノウは初めてだった。  カイはスノウの目の前で、コカトリスを顔色一つ変えずにソロで倒してしまった程の実力者だ。  複数の属性を扱える事も、その切り替えの速さも、スノウが知る限りカイと並ぶ魔術師はいない。  それだけの実力者でも、専門外の仕事は慎重になるのだ。 (カイは自分の力量を正しく把握している。だから慎重にもなる。俺もアンデットは専門外だけど)  この部屋の武具は確かに汚れ仕事で使ってきたけれど、武器そのものに善悪があるわけじゃない。 「カイを守る為に使うんだから……良いよね?」  スノウは慎重に壁に並ぶ剣を見定めていく。  スノウの愛用の剣では、死者を屠るのは難しい。  アンデットは斬るだけでは足りないのだ。  存在を消し去るには、魔法は欠かせない。 「よし、これにするか」  スノウは魔法耐性のある剣を握りしめた。 「カイと付き合うようになってから、使ってなかったから、上手く火をおこせるかな?」  スノウは机の上に並んでいた小さな自然魔石を掴むと、勢いよく砕く。  その瞬間、流れ込んできた魔力を感じた。  右手の平に意識を集中して魔力を込めると、ボウッと音を立てて火が立った。 ◆◆◆◆◆  依頼人の待つ街への出立前、カイも念入りに準備を重ねていた。  わざわざ王都から遠い街へ呼び出し、説明はその場でするだなんて、表向きの依頼とは異なる事をさせる気満々じゃないのかと、カイは正直依頼人を疑っていた。  カイを指名し、報酬が魔石だなんて…… (ギルドで聞いたのかもしれないが、依頼人は俺が魔石に拘っていると知っている。どう考えても、俺が断れない魂魔石(ソウルイーター)を出してくる筈)  魂魔石(ソウルイーター)がカイの一族の遺品かどうかは分からないが……  一族の遺品なら絶対に取り返さないといけない以上、カイには依頼人に会わないという選択はなかった。  問題はどんな事を要求されるかだ。 (墓の封印を解くなら、アンデットが出てくるのは間違いない)  アンデットは基本的に物理攻撃は効かない。  肉体を破壊出来ても、魂や怨念といった類は実体を持たないからだ。  実体持たない敵には、確かに魔法攻撃は有効だ。  光で退けたり、炎や雷で力任せに破壊する必要がある。  それでも効かない場合は、水の勢いで遠方に流し、隙をついて撤退する事も考えなくてはいけない。  暴風で吹き飛ばすという手もあるかもしれない。 (その程度でなんとかなれば良いが……)  聖職者が行う魂の浄化や、死霊術師(ネクロマンサー)のような死者を操る力がないと、根本的な解決にはならないのだ。 (なんでそんな案件を、俺に寄越したのか……)  カイは思わずため息をこぼしてしまった。 (絶対に何か裏がある)  正直なところ、カイ一人だったら、断っていたかもしれない。  スノウが一緒に付いてくると言ってくれたから、受けたようなものだ。 (スノウには助けられてる……だからこそ、手は抜けない)  カイは自室にしまってある魔道具の中から、祖母が使っていた杖を取り出した。  アレキサンドライトによく似た、美しく大きな魔石が嵌められている杖だ。  それはカイの祖父の魂魔石(ソウルイーター)だった。  普段は使わない祖母の杖を、カイは持っていく事に決めた。  祖父の膨大な魔力が込められた杖は、万が一の時切り札になる。  アンデット相手に、魔法属性の切り替えに備えて、作り置きしていた人工魔石も、普段の倍用意した。 (魔力切れだけは絶対に避けないと……)  魔力が切れたら、カイは人の姿を保てなくなる。 (九尾の狐の姿は、誰にも見られたくない)  スノウはカイが何者でも良いと言ってくれるけれど。  魔物という人ならざる存在である以上、カイは慎重にならざるをえないのだ。  そんな思いに囚われていた時だった。  コンコンとカイの部屋のドアをノックする音が聞こえた。 「カイ。出立の準備してるの?」  ドアを開け、ひょこっと顔を出したのはスノウだった。 「慎重に準備してるんだね」  カイが並べている魔道具の数々を見て、スノウが感心している。 「そう言うスノウこそ、いつもよりも重装備じゃないか」 「まぁ、念のためね」  ギルドで砂塵の白狼の二つ名で呼ばれるスノウは、凄腕の剣士でもある。  依頼内容の不透明さに、スノウも警戒しているのだ。  普段よりも大きな荷袋を下げたスノウは、普段持ち歩いてる剣の他に、カイが見たことのない剣を持っていた。 「それは?」 「ああ、この剣ね。魔法剣なのよ。格好いいでしょ?」  茶化すような軽い口ぶりだが、魔法剣なんて高価な物、普通の剣士は持っていない。  驚くカイの前で、スノウは剣を鞘から抜いた。 「見ててね」  スノウは自然魔石を砕くと、小さな炎を作りあげた。  その炎を刀身に近づけると、刀身が赤く燃え上がる。  炎を纏った剣を見て、カイは思わず声をあげた。 「スノウっ!」 「あ、ごめん。部屋の中じゃまずかったね。火事になっちゃうっ」  スノウは炎を纏った剣の火を消した。  燃えていた筈の魔法剣の刀身は、焼ける事なく銀色に輝いている。 「そうじゃなくて。スノウは魔法が使えるのか?」  目を見開くカイに、スノウは微笑む。 「火炎魔法だけだけどね。一属性だから、これくらい普通でしょ?」 (普通って……一属性でもそれなりの訓練をしなければ、使いこなせないのに) 「……正直いうと、スノウは魔法を使わないんだと思ってた」 「普通の剣士は使わないけど……俺はちょっと特殊だから」  意味深な言い方をして、スノウは困ったように微笑む。  何も聞かないでくれと言われたようで、カイはそれ以上聞けなかった。    

ともだちにシェアしよう!