7 / 18
第7話悪夢
◆◆◆◆◆
『スノウ……スノウ……』
誰かがスノウを呼んでいる。
『スノウ! 大変だ! 伯父さんがっ! フロスト様が自害しようとしてる!』
まだ五歳の幼いスノウが目を開けると、年上の従兄弟のヘイルが沈痛な面持ちで叫んでいた。
『スノウのお母さんを、追いかけて行ったんだ!』
『お母さんを?』
スノウの母は数ヶ月前、突然病に倒れ、スノウと父を置いてあっけなく亡くなってしまった。
『大雪原に向かっている! フロスト様の所へ急ごう!! 止めないと! 凍死してしまう!』
国境地帯のスカフレンニグル郊外の大雪原は寒さが厳しく、ヴェルグラスの町に辿り着く前に生き倒れる旅人が多い。
凍死した旅人の遺体を目当てに魔物が現れる事があった。
そんな場所に一人で向かうのは、死にに行く為としか考えられなかった。
『父さん!』
(急がなきゃ! 父さんを連れ帰らないと! 魔物に食べられてしまう!)
『こっちだ! スノウ!』
前を走るヘイルの姿を追いかけて、無謀にもスノウは大雪原に向かう。
大人ですら生きて帰るのが難しい場所へ、子供がたった二人で向かうのは自殺行為だった。
だが父を助けないとと焦る幼いスノウには、大人の手を借りる事すら思いつかない。
必死にヘイルの姿を追いかけていたスノウは、吹雪に巻き込まれヘイルの姿を見失った。
『ヘイルお兄ちゃん! どこ? 父さんはどこなの⁉』
叫んでも返事は吹雪にかき消されてしまう。
視界は真っ白に染まり、上も下も右も左も分からない。
『寒い……寒いよぉ……父さん! ヘイルお兄ちゃん!』
頬を濡らす涙さえ、凍りつきそうだ。
『父さん! ヘイルお兄ちゃん!』
スノウは泣き叫ぶ。
『寒い……』
凍てついた寒さの中、スノウの体は体温を失い、冷え切っていた。
唇は寒さに真っ青に染まり、もう叫ぶ気力もなかった。
その時だった。
真っ白だった視界に黒い人影が見えたのだ。
『父さん?』
必死に人影の方へ近寄って行ったスノウだったが……
そこにいたのは父でもヘイルでもなかった。
『よぉ、待ってたよ。坊主』
『誰?』
見知らぬ大人達が、スノウを見てニヤリと笑った。
『大金叩いたかいがあったな』
『狼獣人の子供は手懐けやすいから、高く売れる』
『こいつらは孤独に弱いから、飼い主に懐くのも早いしな』
大人達の嘲笑う声が聞こえる。
『……嫌だ……』
スノウはとっさに駆け出すと、逃げようとした。
必死に走って走って、息が切れそうになっても。
だが幼いスノウの体力はもう底をついていて、力が抜けた体は雪の中に倒れる。
『捕まっちゃったなぁ〜』
『ここで野垂れ死ぬより良いだろう?』
頭の中に嘲笑が響いて、やがて消えた。
再びスノウが目を開けると、そこは見知らぬ荷馬車の中だった。
揺れる荷馬車の中で、スノウの他にも幼い獣人の子供達が蹲っている。
その様子から、スノウは奴隷商に捕まったのだと気付いた。
『逃げなきゃ……』
王都へ向かう奴隷商の荷馬車からスノウは飛び降り、必死に逃げ出そうとするが、奴隷商達に連れ戻されてしまった。
幼いスノウが抵抗しても、大人達には敵わない。
『逃げようったって無駄だ。お前の帰る場所はないよ』
『坊主、可哀想にな。白狼の一族は滅んじまったよ。王が死んでみんな居なくなっちまったそうだ』
『嘘だ! そんなの嘘だ!』
泣き叫ぶスノウに、奴隷商の嘲笑う声がする。
『……嘘だ!』
「嘘だっ」
スノウは自分の叫ぶ声で目を覚ました。
隣には黒髪の青年が眠っている。
「……カイ?」
カイの胸元から目を覚ましてしまったララがモゾモゾと顔を出す。
「キュウ」
「ごめんね……ララ。起こしちゃったね」
ララは再びカイの胸元に潜り込んだ。
「……何であんな昔の夢……」
スノウは一人呟く。
「……スカフレンニグルが近いせいか?」
父を失い、自由を奪われたあの大雪原は、目的地のヴェルグラスの町に近いのだ。
スノウは気持ちを入れ替えようと、大きく息を吐いた。
「……カイ」
スノウは再びカイの脇に潜り込むと、目を閉じる。
カイの心臓の鼓動と寝息が聞こえてくる。
(カイはここに居る……俺はもう……誰も失いたくない)
「カイ……側にいさせて……」
スノウは小さく呟く。
「……番になって……ずっと側にいて……」
眠っているカイには聞こえないと分かっていても。
眠りに落ちていきながら、スノウは願わずにいられなかった。
◆◆◆◆◆
薄暗い部屋の中で、静かな寝息が聞こえた。
(スノウ……眠ったのか?)
スノウがうなされている声が聞こえて、カイが眠りから目覚めかけた時だった。
『……番になって……ずっと側にいて……』
微かに聞こえたスノウの呟きで、カイの意識は急浮上した。
(スノウ……)
スノウはずっとカイを番に望んでくれていると、カイは分かっている。
それでもカイは未だに答えを出せずにいた。
(俺は……ずるいな。スノウの優しさに甘えるばかりで……)
何も言わず、スノウはただ待っていてくれる。
いつかは決めなければいけないのに。
(俺には……どうしたらいいか……勇気が出ないんだ……)
手放す覚悟はしているのに、スノウの気持ちを受け取る覚悟が持てない。
(俺も……ずっと側に……いたいのに……)
ともだちにシェアしよう!

