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第7話悪夢

◆◆◆◆◆ 『スノウ……スノウ……』  誰かがスノウを呼んでいる。 『スノウ! 大変だ! 伯父さんがっ! フロスト様が自害しようとしてる!』  まだ五歳の幼いスノウが目を開けると、年上の従兄弟のヘイルが沈痛な面持ちで叫んでいた。 『スノウのお母さんを、追いかけて行ったんだ!』 『お母さんを?』  スノウの母は数ヶ月前、突然病に倒れ、スノウと父を置いてあっけなく亡くなってしまった。 『大雪原に向かっている! フロスト様の所へ急ごう!! 止めないと! 凍死してしまう!』  国境地帯のスカフレンニグル郊外の大雪原は寒さが厳しく、ヴェルグラスの町に辿り着く前に生き倒れる旅人が多い。  凍死した旅人の遺体を目当てに魔物が現れる事があった。  そんな場所に一人で向かうのは、死にに行く為としか考えられなかった。 『父さん!』 (急がなきゃ! 父さんを連れ帰らないと! 魔物に食べられてしまう!) 『こっちだ! スノウ!』  前を走るヘイルの姿を追いかけて、無謀にもスノウは大雪原に向かう。  大人ですら生きて帰るのが難しい場所へ、子供がたった二人で向かうのは自殺行為だった。  だが父を助けないとと焦る幼いスノウには、大人の手を借りる事すら思いつかない。  必死にヘイルの姿を追いかけていたスノウは、吹雪に巻き込まれヘイルの姿を見失った。 『ヘイルお兄ちゃん! どこ? 父さんはどこなの⁉』  叫んでも返事は吹雪にかき消されてしまう。  視界は真っ白に染まり、上も下も右も左も分からない。  『寒い……寒いよぉ……父さん! ヘイルお兄ちゃん!』  頬を濡らす涙さえ、凍りつきそうだ。  『父さん! ヘイルお兄ちゃん!』  スノウは泣き叫ぶ。  『寒い……』  凍てついた寒さの中、スノウの体は体温を失い、冷え切っていた。  唇は寒さに真っ青に染まり、もう叫ぶ気力もなかった。  その時だった。  真っ白だった視界に黒い人影が見えたのだ。  『父さん?』  必死に人影の方へ近寄って行ったスノウだったが……  そこにいたのは父でもヘイルでもなかった。  『よぉ、待ってたよ。坊主』  『誰?』  見知らぬ大人達が、スノウを見てニヤリと笑った。  『大金叩いたかいがあったな』  『狼獣人の子供は手懐けやすいから、高く売れる』  『こいつらは孤独に弱いから、飼い主に懐くのも早いしな』  大人達の嘲笑う声が聞こえる。  『……嫌だ……』  スノウはとっさに駆け出すと、逃げようとした。  必死に走って走って、息が切れそうになっても。  だが幼いスノウの体力はもう底をついていて、力が抜けた体は雪の中に倒れる。  『捕まっちゃったなぁ〜』  『ここで野垂れ死ぬより良いだろう?』  頭の中に嘲笑が響いて、やがて消えた。  再びスノウが目を開けると、そこは見知らぬ荷馬車の中だった。  揺れる荷馬車の中で、スノウの他にも幼い獣人の子供達が蹲っている。  その様子から、スノウは奴隷商に捕まったのだと気付いた。  『逃げなきゃ……』  王都へ向かう奴隷商の荷馬車からスノウは飛び降り、必死に逃げ出そうとするが、奴隷商達に連れ戻されてしまった。  幼いスノウが抵抗しても、大人達には敵わない。 『逃げようったって無駄だ。お前の帰る場所はないよ』 『坊主、可哀想にな。白狼の一族は滅んじまったよ。王が死んでみんな居なくなっちまったそうだ』 『嘘だ! そんなの嘘だ!』 泣き叫ぶスノウに、奴隷商の嘲笑う声がする。 『……嘘だ!』 「嘘だっ」  スノウは自分の叫ぶ声で目を覚ました。  隣には黒髪の青年が眠っている。 「……カイ?」  カイの胸元から目を覚ましてしまったララがモゾモゾと顔を出す。 「キュウ」 「ごめんね……ララ。起こしちゃったね」  ララは再びカイの胸元に潜り込んだ。 「……何であんな昔の夢……」  スノウは一人呟く。 「……スカフレンニグルが近いせいか?」  父を失い、自由を奪われたあの大雪原は、目的地のヴェルグラスの町に近いのだ。  スノウは気持ちを入れ替えようと、大きく息を吐いた。 「……カイ」  スノウは再びカイの脇に潜り込むと、目を閉じる。  カイの心臓の鼓動と寝息が聞こえてくる。 (カイはここに居る……俺はもう……誰も失いたくない) 「カイ……側にいさせて……」  スノウは小さく呟く。 「……番になって……ずっと側にいて……」  眠っているカイには聞こえないと分かっていても。  眠りに落ちていきながら、スノウは願わずにいられなかった。  ◆◆◆◆◆  薄暗い部屋の中で、静かな寝息が聞こえた。 (スノウ……眠ったのか?)  スノウがうなされている声が聞こえて、カイが眠りから目覚めかけた時だった。 『……番になって……ずっと側にいて……』  微かに聞こえたスノウの呟きで、カイの意識は急浮上した。 (スノウ……)  スノウはずっとカイを番に望んでくれていると、カイは分かっている。  それでもカイは未だに答えを出せずにいた。 (俺は……ずるいな。スノウの優しさに甘えるばかりで……)  何も言わず、スノウはただ待っていてくれる。  いつかは決めなければいけないのに。 (俺には……どうしたらいいか……勇気が出ないんだ……)  手放す覚悟はしているのに、スノウの気持ちを受け取る覚悟が持てない。 (俺も……ずっと側に……いたいのに……)        

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