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第8話ヴェルグラスの町
王都を離れて一週間程すると、寒い北風に乗り雪が舞うようになって来た。
「流石にこの辺まで来ると寒いよね」
防寒具を纏ったスノウが呟く。
はるか遠く連なる山々は、すっかり雪化粧で白く霞んでいる。
「あの山が国境だったか? こんな所まで来たのは初めてだ」
モフモフの毛を膨らませたララも寒いのか、カイの首元に潜り込んでいた。
「山の麓は大森林で、魔物の住処だからねぇ。国境越えは命がけだけど、あの山を越えないと、エリンドルには行けないからね」
「獣人の国、エリンドルか……」
「まぁ……エリンドルに行くには、大回りになるけど、西側から国境を越えるルートで行くのが定石だよね……魔物は少ない」
「でも、盗賊や人攫いは多い」
「どちらにしろ、エリンドルへ向かうには危険が多い」
スノウは困ったように嘆息した。
「この国に住む獣人の多くは、元々エリンドル出身だろう? 国境地帯には獣人が多い」
カイは北に近づくにつれて、立ち寄った町に定住している獣人が増えて来てると感じていた。
「俺達白狼の一族も、元は国境付近のスカフレンニグルに住んでいたんだ。今はもう誰もいないけれど……」
はるか彼方を見つめながら、スノウが呟く。
(ここはスノウの故郷に近いのか……)
どこか淋しげなスノウの横顔に痛みを感じて、カイは視線を逸らした。
前方にヴェルグラスの町が見えてきた頃だった。
カイの首元に潜り込んでいたララが、突然モゾモゾと顔を出す。
「キュー」
「どうした? ララ?」
カイがララを覗き込んだ時だった。
「何か居る」
スノウの大きな狼の耳がピクピクと動く。
「狼だ」
「狼?」
「あそこ。分かるかな?」
カイはスノウの指差す方角を見つめる。
スノウの視線の遥か先に、一匹の狼がいた。
「こんな町の近くに狼が居るのか?」
思わずカイが呟く。
「この辺は野生の狼が多く住んでるけど……こんな所まで顔を出すのは珍しいな」
スノウも不思議そうに首を傾げる。
その時狼が遠吠えをあげた。
「ウォーン!」
その吠え声に応えるように、再び遠くから狼の声がする。
「ウォーン!」
「ウォーン!」
まるで何かを伝えあっているような吠え声に、カイは本能的な怖さを感じる。
「キュゥ」
カイの首元から顔を出したララが、ペタペタとカイの頬に触れる。
「ララ……」
カイの不安を感じ取ったララが、心配そうな目でカイを見つめていた。
「大丈夫だから……ララは隠れてて」
カイの言葉を聞き、ララは再びカイの首元に潜り込んだ。
「……俺達を襲う気は無さそうだけど。集団に囲まれたら厄介だ。先を急ごう」
「分かった」
カイはスノウと共に馬を走らせた。
豪雪地帯にあるヴェルグラスの町は、大きく尖った急勾配の屋根が連なる、童話の世界の町のような雰囲気があった。
「この辺は雪で屋根が潰れないように、とんがり帽子みたいな建物が多いんだよね。あんまり建物の際歩くと、頭に雪が落ちてくるからね」
そう言ってさりげなくスノウに手を握られてしまい、カイは落ち着かない気持ちになる。
(……どうしてこう、引っ付きたがるんだ? スノウは)
「スノウ」
「ん?」
「建物の際は歩かない。分かったから、手を離していいぞ?」
「俺が握っていたいの」
「……うっ」
握られた手を振りほどく事も出来ず、カイは大人しくスノウに連れられて宿屋へ向かった。
ヴェルグラスの町で一番大きな宿屋に部屋を取り、カイはようやくほっと一息ついた。
このまま宿屋でゴロゴロして休みたいが、依頼人との面会があるのでゆっくりする事も出来ない。
依頼人に会いに行く為の準備を始めたカイに、スノウが呟く。
「ねぇ~カイ。明日にしない? 北国の昼は短いから、すぐに暗くなっちゃうよ?」
スノウの言う事も一理ある。
暗くなればアンデットの動きが活発になるからだ。
でも……
「報酬の魔石次第では、依頼を断る可能性もあると伝えているんだ。話だけは先に聞いておかないと、受けるかどうするか判断できない。のんびりしてたら、王都に戻るのが遅くなるだろう? キキが心配するからな」
「え〜」
「俺への指名依頼だからな。スノウは来なくていいぞ?」
スタスタ歩き出したカイの後を、慌ててスノウが追いかけて来た。
「俺も行く。カイ一人じゃ心配だからっ」
依頼人との面会は、ヴェルグラスの冒険者ギルドで行う事になっていた。
王都の冒険者ギルドと各地の冒険者ギルドには繋がりがあり、このヴェルグラスの冒険者ギルドとも繋がっている。
ギルドの受付に行くと、王都の冒険者ギルドのエルンから、カイが来ると連絡が届いていたお陰で、依頼人を呼んで貰える事になった。
「しばらくお待ち下さい。依頼人の方が来られたら、お声がけしますね」
受付嬢に待つように言われて、カイはテーブル席で待つスノウの所に戻ろうとしたのだが……
「うっ……」
スノウの周りには女性冒険者達が集まっていた。
「お兄さん、見かけない顔ね。どこから来たの?」
「ヴェルグラスは初めて?」
「良かったら一緒に依頼受けませんか? 私魔術師なんです」
周囲でむさ苦しい男達がたむろしてる中、スノウの周りだけが華やかだ。
「俺に興味持ってくれて嬉しいな〜。綺麗なレディ達。はるばる王都から来たんだ」
「えぇ~王都からですか!」
きゃ~っと歓声が上がる。
(……相変わらずチャラいな……スノウの奴)
「くっ」
(もうスノウの事は放っておこう)
カイはスノウを無視して、壁際に向かった。
そこにはヴェルグラスのギルドに入っている依頼が、書面にして掲示されている。
「……魔物討伐が多いな」
カイが依頼書を眺めていた時だ。
「お嬢さん、魔術師? 依頼受けるの?」
見知らぬ冒険者の男に声をかけられて、カイは思わず振り向く。
「一緒に依頼受けようよ」
愛想良く笑う男を無視して、カイは視線をまた依頼書が貼ってある壁へと向ける。
「……断る」
「えぇ~、少しは考えてくれても良いじゃん」
「悪いが先約があるんだ。それに……俺はお嬢さんじゃない。他を当たってくれ」
無視するカイに男はしつこく絡んでくる。
「君が男でも良いからっ」
(このしつこさはスノウと同じだな……)
カイは思わず呆れた眼差しで男を見つめる。
(……どうしたら引き下がってくれるか?)
考え込んでしまったカイの体に、男が触れようとした時だった。
「カイ〜! 何でナンパされてるの? 俺という者がありながらっ」
突如背後から現れたスノウに、カイは抱き込まれてしまう。
「は? ナンパされてたのは、あんただろ?」
「ちょっとレディ達とお話してただけじゃない。俺はカイ一筋だからねっ!!」
「おいっ、離せ! スノウ!」
スノウはカイの腕を掴むと、グイグイ引っ張って行く。
「受付のお姉さんが呼んでたよ」
「依頼人が来たのか?」
ポカンと放心してる冒険者の男を残して、カイは受付へと向かった。
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