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第10話スノウの匂い

 宿屋にもどった途端、張りつめていた気持ちが緩んでしまったのだろう。  カイの脳裏に魂魔石(ソウルイーター)が見せた記憶が蘇る。  目の前が真っ白に染まり、血の気の引いたカイの唇は、紫色に変色していた。 「カイ、顔色が悪い。大丈夫?」  心配したスノウが、ふらつくカイの体を支えようと腕を伸ばしてきた。  その姿が、記憶の中で見た刃を振りかざす銀髪の狼獣人と重なった。 「来るな‼ 止めてくれ!」  スノウの手が、無情にも銀色に光る刃を振り下ろそうとしているように見えて、カイは後退る。 「カイ?」 「止めろ!! 俺に触るな! 止めてくれ!」  ガクガクと全身に震えが走り、カイの目に命を刈り取ろうとする狼獣人の姿が見えた。 「カイ、どうしたの⁉」  カイの様子がおかしい事に気付いたスノウが、カイの体に触れる。 「ひっ……」  カイはその手を振り払い、逃げようとした。 「カイ! しっかりしろ‼」  壁際に追い詰められた、カイの両肩を掴んだスノウが、必死に声を張り上げる。 「カイ! 俺が分からないのか⁉」 「嫌だ……殺さないでくれ!」  スノウの手から逃れようと、カイは体を捩り必死にスノウの腕を振り払う。 「カイ! 目を覚ませ!! 俺だ! スノウだ!」 「離せ‼ 俺に触るな!」  暴れて逃げようとするカイの体は、スノウに抱き込まれてしまった。  恐怖に怯え、震えが止まらないカイの体を、スノウが強く抱きしめる。 「い……嫌だ……」  退路を奪われ混乱したカイは、涙を零す。  のどが干上がり、ハクハクと荒い呼吸を繰り返すカイは、過呼吸を起こした。 「ひっ……ひっ……」  上手く呼吸が出来ないカイは、泣きながらしゃくり上げる。 (苦しい……このままじゃ……死んでしまう……)  記憶の中で見た、銀髪の獣人の男の顔が迫ってくる。 「カイ……正気に戻って」  痛ましそうにカイを見つめる男は、突然カイに口づけた。  唇を塞がれ、カイは逃げる事も暴れる事も出来ない。  与えられる口づけの味と、鼻腔をくすぐる匂いに、カイは次第に目の前の獣人が誰か思い出した。 (スノウだ……スノウの匂いがする……)  いつの間にか抵抗を止めたカイの姿に、安堵したスノウがカイを解放した。 「落ち着いた?」  スノウに尋ねられ、カイは小さく頷く。 「うん……」  未だに震えが止まらないカイの両手を、スノウが握りしめた。 「俺の姿を、白狼の一族と重ねたの?」  カイは何も言えず、ただ視線を逸らした。 「俺も見えたよ」 「え……」 「俺も……見えた……」  スノウは震えるカイの手を握りしめたまま、俯く。 「カイの一族を狩っていたのは……俺達白狼の一族だった……カイの一族が滅んだのは……俺達のせいだったのか……」  スノウは苦しげに肩を落とし項垂れる。  苦しみとも悲しみとも言えるような、後悔の念が伝わって来て、カイは思わず口を開いた。 「それは違う……違うんだ……」 (スノウは……何も悪くない……) 「俺の一族を狩っていたのは、白狼の一族だけじゃない……他の獣人の一族も……人間達も狩っていた。俺の一族が滅んだのは……魂魔石(ソウルイーター)目的に乱獲されたせいだ。知識では知っていたんだ。でも……」  カイの体はカタカタと震え出す。 「魂魔石(ソウルイーター)から直接断末魔の記憶を見せられたのは……初めてだった。記憶の中で追体験するなんて……」 「カイ……」  スノウに見つめられて、カイは本能的に怖くなり手を振り解く。 「俺が怖いの?」  そう問うスノウに、カイは視線をそらしてしまう。 「……ごめん……」 「カイ」  ビクリとカイは震えた。  その体をスノウに強く抱きしめられる。  だがカイはとっさに逃げ出そうと藻掻く。 「カイ……お願いだから、逃げないで」  痛ましそうにスノウは顔を歪めたが、カイを離してくれなかった。 「カイが怯えてるって分かってても、俺は手放せないよ……」 「……スノウは悪くない。俺が……記憶にのまれてしまったせいだ」  体の震えは止まらなかったが、ようやくカイの気持ちは落ち着いてきた。  カイが逃げないと分かったのだろう。  スノウはカイを抱く腕の力を弱め、やっとカイを解放してくれた。  何かを思いついたのか、スノウは持って来た荷物を漁ると、黒髪のウィックを取り出す。 「スノウ?」 「これならどう?」  カイの目の前で、スノウは黒髪のウィックを被る。 「……汚れ仕事に使ってた変装道具だけど……だいぶ見た目の印象が変わるでしょ? ついでに耳も隠せるから、人間っぽく見えるし。これなら怖くない?」 (俺の為に……そこまでして……)  カイはフッと笑う。 「……うん。でも……やっぱりスノウはそのままがいい」  カイはスノウの頭に手を伸ばすと、黒髪のウィックを外した。 「もう大丈夫だから……」  そう言いながらも、カイの指先の震えは止まらなかった。  ララがそっと手を伸ばし、カイの指にペタペタと触れた。 「キュー」 「ララ、ありがとう」  労るようなララの仕草に、ようやくカイは強張っていた肩の力が抜けた。 「スノウ……匂いを嗅がせてくれ」 「えっ? 匂い?」  カイは自分からスノウに抱きつくと、目を閉じる。 「カイ?」  どうしたら良いか戸惑うスノウの胸元に、カイはスリスリと頬を寄せた。 「……スノウの匂い……安心するんだ」 (この男はスノウだ……記憶の中の男達じゃない) 「俺の匂いで良いなら……いくらでも嗅いで」  スノウがカイの背に腕を回す。 (スノウの心音がする……温かい体……)  トクトクとスノウの心臓の鼓動を聞いていると、カイの鼓動も凪いできた。  カイの震えが落ち着いた頃、スノウはカイに自分が着ていたフードコートを被せた。 「明日はそれを被っていって。俺の匂いが残ってるから、怖くないよ」 「ありがとう……でも、スノウが寒いんじゃないか?」 「俺は予備のコート着てくからさ」  持ってきた荷物の中から、スノウはもう一枚コートを引っ張り出した。  

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