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第11話フロスト・スノウファング

 翌日カイはスノウとララと共に、約束通り再びヴェルグラスの冒険者ギルドを訪れると、依頼人親子のソーンとセリアンに会った。 「では墓地までご案内します」  馬に乗り先導する親子の後を追って、カイもララと一緒に馬に乗る。その脇に自分の馬に乗ったスノウが、カイを守るように横に並んだ。 (大丈夫だ……怖くない……)  スノウのコートを着たカイは、依頼人親子の背を見つめる。 (あの二人は、俺達の一族を手に掛けた者の末裔だけど……記憶の中の男達とは違う……)  カイはギュッと身を縮めた。 「キュゥ」  首元でララが小さな声をあげる。  モフモフの毛を膨らませて、カイの首元に潜り込んだララは、まるでマフラーのように温かい。 (スノウの匂いとララがいるから……俺は大丈夫だ) 「カイ……大丈夫?」  隣を並走するスノウが心配そうに声をかけてきた。 「大丈夫だ」 (これ以上スノウに心配はかけられない。しっかりしないと……俺はプロの魔術師だから……どんな時でも判断を誤ってはいけないんだ)  カイは凛と前を向いた。  四人を乗せた四頭の馬は、雪を舞い上げながら走って行く。  その時だった。 「キュウ!」  ララがモゾモゾとカイの首元から顔を出し、警戒した声を上げる。  異変を察知したカイとスノウの馬も、立ち止まってしまった。 「どうしたんだ?」  スノウは馬の首を撫でて落ち着かせようとしている。  ふとカイは何かが近付いてくる音を感じて、周囲を見渡した。  スノウも耳をピンと尖らせて、周囲の音を聞いている。 「キュウ!」  再びララが声をあげた。 「……狼の群れだ……囲まれてる!」  スノウが顔を強張らせる。 「まさか……」  驚くカイは、ふと鼻腔に漂ってきた臭いに顔をしかめた。 「この臭い……」 「狼の臭いだったんだ」  スノウが断言する。 (王都で感じた臭いの正体は、狼だった⁉) 「なんで?……」  思わず呟いたカイの目に、狼の群れの姿が写った。  スノウがコートのポケットから火薬を取り出し、剣を抜いた。 「俺が追い払うから、カイは下がってて」  カイを庇うように前に出たスノウは、火炎魔法で火薬に火を付けようとした。  だがその動きを、先に進み戻って来たソーンとセリアンが止めた。 「待って下さい! この狼達は私共の仲間です。危険ではありません!」  ソーンが叫ぶ。  スノウは寸での所で火を消した。 「お前達。スノウ様達を怖がらせないで!」  セリアンが狼に向かって声をかける。 (スノウ……様?)  セリアンの言葉にカイは違和感を感じたが、直ぐに気を取り直した。 「取り敢えず危険は無さそうだな……」  スノウは剣を鞘に収めた。  再び走り出したソーンとセリアンの馬を追って、カイとスノウも馬を走らせる。 (この狼達……どこまで付いてくる気なんだ?)  カイは不安に駆られたが、それに気付いたスノウが「大丈夫だから」と声をかけてきた。  一抹の不安は拭えなかったが……  今は依頼人親子の後を追う事しか、カイには出来なかった。    ヴェルグラスの町を出て、一時間程馬を走らせただろうか。  ソーンとセリアン親子の後を追うカイとスノウは、次第に雪深い国境地帯へと近づいて行く。  遥か彼方に雪に覆われた大雪原が見えて来た所で、ソーンとセリアンは馬を止めた。 「この大雪原の先は、スカフレンニグルです」  ソーンの言葉にスノウの耳がピクリと動く。 (スノウ?)  スノウの表情は強張っていて、カイには悲しみをこらえているように見えた。 「カイさんには、あの墓地の封印を解いて欲しいのです」  ソーンの視線の先には、朽ち果てた墓地が見えた。  真っ白い雪に覆われているのに禍々しい気配が漂い、そこだけ黒く染まっているように感じる。  腐臭のような臭いを感じて、カイの顔にも緊張が走った。 「ここは……」 「我が一族の者達が眠っています」  ソーンはじっと前を見据えている。  その視線は、墓地の中でもひときわ大きい墓に向けられていた。 「フロスト・スノウファング。我らが王の眠る墓です」  ソーンの言葉に、スノウが大きく目を見開いた。その顔は信じられないと言いたげだった。 「スノウ? 知っている名か?」 「……フロスト・スノウファング……俺の父さんと同じ名前だ」 「え?」  カイが思わず驚いた時、ソーンが静かに口を開いた。 「スノウ様」  ソーンが呼びかけた途端、狼達が背後に控え、耳を倒し服従の証を見せる。 「あなた様の帰りをお待ちしておりました。我らが王よ」 (スノウが……王?)  カイとスノウの目の前で、ソーンとセリアンも臣下の礼をした。 「どういう事だ?」  スノウが問う。 「私はフロスト様より、スノウ様を探し出すよう命じられておりました」 「父さんから?」  ソーンは頷く。 「そんな……そんな筈はない。父さんは自害したと聞いた。母さんを追って……俺を置いて先に死んでしまったんだ……」 「それは違います!! 違うんです!! スノウ様、フロスト様はあなた様を奪われた失意の中、裏切り者によって殺害されたのです!!」 ◆◆◆◆◆    猛吹雪の夜。  ソーンはスノウの姿を探していた。  朝からスノウの姿が見えないと、白狼の一族の集落は騒ぎになっていた。  ソーンは若手の中で最もスノウの父、フロストからの信頼が厚い男だった。 『スノウ様が大雪原に向かったなんて……フロスト様に捜索隊の要請をしないとっ』  スノウが従兄弟のヘイルと大雪原に向かったのを見たと言う者が見つかり、ソーンはフロストの元へと急いでいた。  大人でも生きて帰るのが難しい場所に、何故子供がたった二人で向かったのか……  フロストのいる建物へと足を踏み入れた途端、中から飛び出して来た者がいた。  衣服を赤く染めたヘイルだった。 『ヘイル様? スノウ様と大雪原に向かった筈では?』  疑問に思ったソーンだったが……  建物の奥からうめき声が聞こえ、ソーンは急ぐ。  そこでソーンが見つけたのは、血溜まりに倒れたフロストだった。 『フロスト様! しっかりっ、しっかりして下さい!! いったい、誰がっ!!』 『……ソーン……スノウを……スノウを……探してくれ……』 『フロスト様! しっかりして下さい!!』  ソーンは必死に呼びかける。 『フロスト様!』  ソーンの目の前で、フロストはコポリと血を吐き出した。 『……ス……ノウ……たの……む……』 『フロスト様‼』  事切れたフロストを前に、ソーンは何も出来ず、ただ崩れ落ちた。 『ヘイル様に……ヘイル様なら、何があったか知ってる筈……』  ソーンはヘイルの後を追おうと、建物を飛び出した。  その刹那だった。 『何だこれはっ! 助けてくれ‼』 『うわぁぁ!! 体がっ! 体がっ!』  一族の者達の悲鳴と叫び声が、あちらこちらから聞こえた。 『いったい……何がっ』  叫び声のする方へソーンが向かうと、目の前で黒い煙に覆われた者達が、苦しみ姿を変えていく。  愕然とするソーンの目の前で、白狼の一族の者達は、獣の姿へと変わってしまった。  気が付くと周囲の者達は皆、狼と成り果てていた。 『何故……こんな事が……』  我に返ったソーンはヘイルの姿を探したが、ついに見つける事は叶わなかった。  フロストが息を引き取った直後、白狼の一族達はフロストの呪いにより、全員狼の姿へと変えられていたからだ。  スノウを失った悲しみと、信頼していた一族の者達に裏切られた憎しみから、フロストは全てを呪った。  呪いから免れたのは、ソーンとその家族だけだった。  この夜を境に白狼の一族は消えた。    この後ソーンはフロストを丁重に墓へと埋葬したが……その直後フロストの怨念は自身を封じてしまった。  誰にも手を出せない所へと、死してなお一族への呪いが解けないようにと。 ◆◆◆◆◆ 「当時まだ十代の子供だったヘイル様に、勇猛果敢な狩人だったフロスト様を、一人で害する事など出来る筈はなく……唆し手を貸した者達がいたのでしょう。フロスト様に異を唱え、フロスト様の兄君の子ヘイル様を、担ぎ上げようとする者達がいましたから……」 「……」 「フロスト様は最後まで何があったか語らず、当時を知る者達は皆、獣の姿で朽ち果てました……」 「……ヘイル兄さんは?」  スノウの問いにソーンは首を横に振った。 「ここにいる狼達は、当時の事は何も知らない……若い者ばかりです。罪はありません。どうか彼らを救っていただけないでしょうか?」  俯いたスノウは、手を強く握りしめている。  その姿は湧き上がる激情に、必死に抗っているように見えた。 (スノウ……)  カイもまた自分の気持ちを上手く飲み込めずにいた。 (……スノウは白狼の王……)  カイの一族を虐殺した者達を、統率していた者の末裔だ。 (でもスノウは……違う) 「カイさん。我等が王の墓の封印を解き、フロスト様の呪いからこの者達を救って下さい」  ソーンとセリアンに頭を下げられ、カイはすぐには頷けなかった。 「カイさんに依頼したのは、王の墓の封印を解いて貰う為でしたが……スノウ様をこの場へ呼び寄せる為でもありました……」  ソーンは申し訳なさそうに俯く。 「スノウ様が奴隷に身を落とし、オークションの護衛をしている事は分かっていました。ですが我々には……スノウ様を救い出す手立てがなかった。オークションが潰された後、我々はスノウ様の行方を見失っておりました。カイさんの存在を知った時、スノウ様があなた様の店に身を寄せていると知ったのです。カイさんにお願いすれば、きっとスノウ様も一緒に来てくれる……そう信じていました。ですが今一度お願いします。王の墓の封印を解き、我等を助けて下さい」  再びソーンとセリアンはカイに向かって頭を下げた。 (呪い続けるのは……苦しい……)  カイは祖母から一族に何があったのか、何度も聞かされていた。   『恨み続けるのは……辛いんだよ……』  祖父を亡くした時、祖母は何度も人間を、獣人を呪ったと言う。  でも…… 『おばあちゃんはおじいちゃんの魂魔石(ソウルイーター)を取り戻せた。だから魔石店を始めたの。いつか皆を取り戻したい。カイのお父さんとお母さんも、おばあちゃんと同じ気持ちなんだよ』 「俺は魔術師です。墓の封印を解くことは可能だが……死者の呪いを解くのは、専門ではない。聖職者や死霊術師(ネクロマンサー)に依頼するのが、確実な方法です。でも……」  カイはスノウを見つめる。 「カイ……」  スノウのすがるような目を見たら、カイには拒めなかった。 「スノウの父さんなら……救ってあげたい」  

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