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第12話父さんと呼んでくれ!

 墓地から漂う禍々しい空気が、辺り一面を暗い闇の底へと引きずり込もうとしているようだった。  シャリッという音を立てて、カイは雪を踏みしめる。  多くの墓石が並ぶこの墓地で、一族の者が眠るこの場所に一緒に葬られたスノウの父は、どんな思いでここを封印したのか。  封印を解いた後、何が出てくるか……カイはおおよその見当はついていた。  アンデットとなった姿か、実体を持たない怨霊か。  自らの群れを呪い封じた白狼の王の無念が、どれ程大きいか計り知れない。 (スノウは……辛いだろうな……)  自分の父の成れの果てと向き合うスノウの気持ちを思うと、カイの気持ちは重くなる。  それでも、きっと呪いを解くことができれば、スノウの気持ちは救われる筈だ。 (白狼の一族を苦しみから救えるなら……きっとスノウの父さんも救われる)  カイは魔術師ではあるけれど、アンデットを浄化する聖職者でもなければ、アンデットを操る死霊術師(ネクロマンサー)でもない。  自分の力量を理解しているからこそ、専門外の依頼には慎重になる。  どれ程の魔力を使う事になるか分からない為、事前に魔力切れに備えて人工魔石も十分に用意し、普段使わない祖母が使っていた杖も持って来ていた。 (祖父の魂魔石(ソウルイーター)が嵌められたこの杖があれば、最悪の自体は避けられる筈)  カイにとって最悪の事態とは、人間としての姿が保てず魔物の姿に戻る事だ。  宵闇の精霊狐の姿を見られれば、カイは狩猟対象となる。  カイは魂魔石(ソウルイーター)目当てに狩られる側に回るのだ。 (スノウの一族にとって、俺は獲物になってしまう……)  完全な宵闇の精霊狐に戻らないとしても、九つある尾が見られれば、ソーンならばカイの正体に気付くだろう。  それでもスノウの為ならば、やるしかないのだ。 「ララ、頼みがある」  カイは肩に乗るカーバンクルのララに声をかける。 「俺の魔力が切れそうになったら、このポケットに入ってる人工魔石を砕いて欲しい」  ララは頷くとカイのポケットに移動する。 「キュー」  魔石を両手に持ったララが、任せろと言いたげな声をあげた。  杖を掲げたカイは、虚空に大きな魔法陣を描く。  キラキラと金色に輝く魔法陣は、鉛色の空を照らす太陽のようだった。  魔法陣から放たれる光が、スノウの父の墓に降り注ぐ。  輝きを増す光が王墓を包み込んだ時、パキンッとガラスが割れ砕け散るような高音が響く。  その瞬間、光は墓に飲み込まれるように収縮した。  静寂が辺りを包み込む。  急激に凍てつくような冷たい冷気と、禍々しい気配がスノウの父の墓から煙のように溢れ出す。  日が沈み夜となったように、突風が雪を舞い上げ、辺りは闇に包まれていく。  鉛色の空から陽射しは消え失せ、目の前にあるのは憎悪に満ちた闇だった。  煙が集まり現れたのは、最早人の姿を保てない、朽ちた死霊。  肉は腐り落ち、今となっては骨しか残っていない。  口だった筈のぽっかりと空いた穴から、死霊は呪詛を吐き出した。  頭の中に直撃響いてくる呪詛は、その場にいた全員の呼吸を奪う。  喉を締め上げる呪いの言葉は、水の中に突き落とされ、溺れるように呼吸を奪った。 「くっ」  苦痛に呻きながらも、カイは杖に魔力を集中させ、死霊目掛けて一気に光魔法を放出した。  闇を照らす光が呪詛をかき消し、息を吸う事が出来るようになる。  ほっと安堵したのは束の間、光は死霊の放つ闇に呑まれていく。 (駄目だ! 呪詛を放たれる!)  カイは死霊の呪詛を止めようと、再び杖に魔力を込め放った。  死霊の放つ呪詛を切り裂く光は、闇に覆われて輝きを奪われていく。 (光を消すわけにはいかない!)  カイはさらに魔力を放出して、死霊の闇と拮抗させた。 (この闇を打ち払い、死霊を消し去らなければ!)  カイは光魔法と同時に、炎を呼び起こし、死霊の体を焼き尽くそうとした。  燃え上がる炎に包まれても、蠢く朽ちた体は焼け落ちない。  カイは火炎魔法から雷魔法に即座に切り替えると、雷撃で一気に死霊を打ち砕こうとした。  轟音が響き渡り、炎に包まれた死霊が雷に貫かれる。  死霊の体は、雷撃で貫かれても、壊れなかった。  雷で貫かれた地面が抉れ、土に塗れた雪が吹き飛ぶ。 「くそっ!」  カイが再び魔法属性を切り替えようとした時だった。  突然地面から人の手が湧き出した。  白狼の王は、墓の下で眠っていた一族の者達の眠りを覚ましたのだ。  ボコボコと隆起する地面の下から、アンデットの朽ちた手が這い出て、スノウやソーン親子、狼達に襲いかかった。  腐臭漂う地面の中へ、足を掴まれた者達は、引きずり込まれよう としていた。 (このままじゃ道連れにされる!) 「ギャワンッ」  悲鳴を上げる狼達の声が響き渡る。 (誰も傷付けず、アンデットの動きを止めないと!)  カイは死霊の呪詛を封じる光魔法を展開しながら、上空から吹き下ろす疾風の刃を何本も作り上げる。 (朽ちた手を切り裂くんだ!)  ビュウと風が唸りをあげ、墓地全体を包み込む。  吹き下ろした疾風の刃は、蠢く朽ちた手を斬りつける。  ソーン親子と狼達がアンデットの手から逃れ、ほっとした時だった。  ボコボコと音を立てて、カイの足元から肉が腐り落ちた手が何本も生えてくる。  アンデットの手がカイの足に縋り付いた時だった。 「カイ‼」  血相を変えたスノウが、素早くカイの元へと走り込んで来ると、炎を纏った魔法剣でアンデットを切り裂いた。  だが地面からは、次々と手が生えてくる。 「スノウ!」 「こいつらは俺が相手をする!」  魔法剣を振り下ろしながら、広範囲に炎を飛ばし、スノウはアンデットを焼き払う。  カイを捕まえようと近付いてくるアンデットは、次々にスノウに切り捨てられ屠られていく。 「目の前に集中しろ!! カイ!」  スノウは魔法剣を振り回し、アンデットを屠って行く。  その姿は、鬼神のようだった。 (どうしたら浄化出来る? 存在そのものを消し去るには、どうすれば良い?)  光魔法を維持しながら、カイは燃え上がる死霊の身体へと風魔法で手持ちのダガーを吹き飛ばした。 (物理攻撃で力任せに破壊出来るか⁉)  だがダガーは死霊の身体を貫通して、乾いた音を立てながら転がった。  死霊の呪詛を止める為に、魔力を消費し続ける体から、目眩ましの魔法が解け、カイの頭には大きな狐の耳が現れる。同時に現れた狐の尾はまだ一本。 (複数の属性同時展開は、魔力の消費が激しすぎる!)  だが手を緩める事は出来なかった。  カイは祖父の魂魔石(ソウルイーター)が嵌められた杖から、凍てつく冷気を放出する。  冷気は炎に包まれた死霊の身体を、一瞬にして凍らせた。  その瞬間、ガクンとカイの魔力が減り、カイの背後には二本目の尾が姿を現した。  死霊を包み込む氷に、ヒビが入った。  凍りついた死霊は、カイの目の前で砕け散る。 (やったか⁉)  パキンッと氷はバラバラに砕け散ったが、死霊は砕けなかった。  再びカイの魔力は一気に減り、足元がふらつく。  危うく湧き出して来たアンデットに捕まる寸前、スノウが炎を纏った魔法剣を振り下ろした。 「大丈夫か⁉」  カイはスノウに向けて大丈夫と頷いたが、魔力が減った身体からは、一度に二本の尾が増えていた。  現れた尾の数は四本。 (聖職者じゃない俺には、この呪いは消せないのか?)  死霊の呪詛を止め、その身体を破壊しようと、カイは次々に魔法属性を切り替え続けた。  鉄砲水で身体を貫き、疾風の刃で切り裂く。  それでも呪いに囚われた体は壊れない。  魔力を消費する度に、カイの背に現れる尾の数は止まらない。  カイは死霊の呪詛と拮抗させている光魔法から、さらに光を分岐させ、輝く矢を作る。 「貫け!!」  光速で飛んだ矢を連続で叩き付けても、強い怨念は消える事なく、死霊の身体を維持し続けた。 「燃え尽きろ!!」  再び火炎魔法に切り替えたカイは、祖父の魂魔石(ソウルイーター)から火炎を放射する。  魔力を限界まで使い続けるカイの体には、隠す事が出来なくなった尾が揺らめく炎のように逆立ち、背には九つの尾が姿を現していた。 「九尾の狐……まさか、カイさん。あなたは……宵闇の精霊狐……」  驚くソーンにスノウが叫んだ。 「他言無用だ! 命が惜しければ、誰にも言うな!」  凄むスノウにソーンは頷く。 「スノウ様の番に、危害は加えません」 (これ以上魔力を失う事は出来ない!) 「ララ!」 「キュー!」  ララがポケットから取り出した人工魔石を次々に砕く。  魔石の魔力がカイの体に満ちて、カイはギリギリの所で人の姿を保っていた。 (死霊が消せないなら、正気に戻すしかない!) 「スノウ! 呼べ、父さんの名を呼ぶんだ!」  カイは咄嗟に叫ぶ。 「父さんと呼んでくれ!」 「カイ⁉」 「あんたが呼べば、きっと分かってくれる!」  これは賭けだった。  スノウを取り戻す事が父の最後の願いならば、願いが叶った今、呪う理由が無くなる。 「父さん! 俺だ! スノウだ!」  スノウの呼びかけに、焼き尽くす炎の中で蠢く体が動きを止めた。 「父さん! 戻って来たよ! お願いだから、もう止めてくれ!」  死霊の口から放たれていた呪詛が、消えていく。 「もう良いんだ! 呪わないでくれ! これ以上苦しまないで良いんだ!」 『……す……の……う?』 「そうだ! スノウだ!」 『スノウ……』  炎に包まれていた体が、人の姿を取り戻していく。 「ああぁ……フロスト様」  その姿を見たソーンの目から、涙があふれた。  カイが火炎魔法を解除すると、そこに立っていたのは、スノウによく似た容姿の壮年の男だった。  優しく目を細めた白狼の王は、静かにスノウに歩み寄る。 『スノウ……大きくなったな……』  フロストはそっとスノウを抱き寄せた。 「父さん……」  スノウの目から涙が溢れ落ちる。  フロストはその涙を拭うと、穏やかな笑みを浮かべた。 『スノウ……お前は……私の大切な宝物……』  フロストはスノウの頭を優しく撫でる。 『……ソーン……感謝する……』  フロストは二十年以上にも渡って、フロストの願いを叶えようと奔走したソーンを静かに見つめた。 「ああぁ……フロスト様……」  ソーンの相貌から涙が溢れ出した。  フロストはカイを見つめると、穏やかに微笑む。  まるでその瞳は、スノウを頼むを伝えているように見えた。  その瞬間、フロストの体が輝き、光の粒子となって消えていく。 「父さん!」  スノウの呼びかけにフロストは満足げに目を細めると、その体は完全に消えてしまった。 「父……さん……」  呆然と呟くスノウに、カイはそっと歩み寄る。 「カイ……」  まだ涙で濡れた顔で振り返ったスノウを、カイは何も言わずただ抱きしめた。

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