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34.特別な客
俺は尚輝くんから逃れようと抵抗するけど、思ったよりも強い力に負けて身動きが取れない状態だった。かろうじて両腕で尚輝くんの胸の辺りを押して抵抗するだけ。
ああ若いっていいな。体力とかいっぱいあるもんなぁ。
よし、こうなったら最終手段だ。
俺だって客に無理矢理関係を迫られた事ぐらいある。男でも女でも一夜限りの関係だろうと俺は客とは絶対にそういう事はしないと決めてるから、こういう時はなるべく相手を嫌な気にさせないように説得するんだ。
「尚輝くん、俺ちゃんと付き合ってないのにこういう事はしたくないよ……尚輝くんとはずっと仲良しでいたかったのに……」
「い、伊吹さんっ?」
しおらしく大人しく言うのが大事だ。少し震えてみたりして?そしたら大抵の相手は「ごめんね」って言って離してくれる。
恥ずかしいからなるべくやりたくないけど、更に効果的にする為の俺の最終奥義、上目使いだ!!
「尚輝くんは俺とはこれっきりでもいいの?」
「嫌です!ごめんなさいっ調子に乗りました……」
尚輝くんはパッと俺の事を離して慌てた様子で謝って来た。
よし♪俺の勝ちだ♪
「俺は伊吹さんに何て事を……あの、本当にすみませんでした」
「分かってくれたみたいだから気にしないでよ。俺も迂闊に言いたい事言ってって言ったのが悪いんだし、お互い様って事にしよ?」
「そうしてもらえると嬉しいです……」
すっかり元気をなくした尚輝くんは、俺と目を合わせようとしなかった。
てかこの後どうしよ?他の客の場合は帰ったりするけど、尚輝くんとのデートの時間はまだまだ残ってる。
払ってしまった金は返せないし、さすがに今帰る訳にはいかないよな~。
この状況で添い寝なんてしていいのか?
「あのさ、オプションの添い寝だけど、どうする?やっぱりやめとく?」
「……伊吹さんが嫌じゃなければして欲しいです」
相変わらず元気はなかったけど、ポツリと言ってチラッと俺を見る尚輝くん。
その姿はまるで飼い主に叱られた犬みたいでちょっと笑いそうになった。
ほんと可愛い弟だよ尚輝くんは。
俺はニッコリ笑って尚輝くんの腕を掴んでベッドに誘導する。
「嫌なもんか。言っただろ?尚輝くんともっと仲良くなりたいって」
「あの、それは友達としてでしょうか?それとも、期待してもいいのでしょうか?」
「それは……」
友達として。そう言えば尚輝くんはきっともう予約を入れないだろう。そしたら会う事はなくなるし、尚輝くんとはこれっきりになる。
尚輝くんの為にもそれが一番良いんだ。
だけど俺はすぐに答えられなかった。
だって、尚輝くんと会えなくなるって考えたらなんか嫌なんだもん。
「伊吹さん、教えて下さい」
「分からない」
「それは、仕事だからですか?俺は伊吹さんにとって客でしかないからですか?」
「違う、と思う。俺もこんなんなった事ないからよく分からないんだ。そりゃ金払ってくれてるし、尚輝くんの事は客だと思ってるよ。俺は客とは一線引いて来たんだ。連絡先を聞かれても絶対に教えた事なんかないし、店外もやらない。体の関係を持つような誘いは一切断って来た。それで去る客はいっぱいいたよ。それでもいいって思ってやって来た。だけど、尚輝くんにはそうは思えないんだ。俺、尚輝くんと会えなくなるの嫌だ」
「伊吹さん♡答えてくれてありがとうございます。俺はそれが聞けただけでも幸せ者です」
「幸せなものかっ!俺は分からないって言ってるんだぞ?もしかしたら客としか思ってないかもしれないんだぞ?」
「それでもいいです。少しでも伊吹さんが俺を好きになってくれる可能性があるなら、俺はひたすら追い続けます」
くっ……またときめいちまった!
女子がそんなセリフを聞いたら喜んで股を開くだろうよ!
キリッとした顔をしてる尚輝くんはきっとモテるだろう。真面目だし、真っ直ぐだし、こんな男と付き合える女の子は間違いなく勝ち組だ。
金もあるし、優しいし、非の打ち所がないような男だ。
だけど、そんな男は俺を好きだと言う。
本当に俺なんかに引っかかっちゃって勿体無いと思うよ。
でもさ、今はそれがちょっと嬉しいなとか思うんだよね。
俺は尚輝くんに笑顔で好きって言われるのが好きだ。
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