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第11話
上手く笑って言えたかな。
大丈夫、これは悲しい別れじゃない。
俺達がこれからも一緒にいられるための別れなんだと。
そう伝わったならいいのだけれど・・
明は大きく息を吐くとベッドの上で大の字になって寝転んだ。
身体は思ったよりも緊張していたようだ。
やっと肩の力が抜けた気がする。
『運命の番』に負けたとは思っていない。
そもそもβの自分では同じ土俵にすら上がることはできない。
それはもう、魂に刻まれたもので太刀打ち出来るものではないのだ。
昴が、昴らしく居られる相手がいる事に気がついてしまった。
それがもちろん自分ではないことも。
だったらそれを先に教えてしまった方がいい。
今はまだ昴は昔からの感情に誠実でいようとしているけれど、いつかは彼も気づいてしまうだろう。
その時に・・昴から別れを切り出されたらきっともう一緒にはいられない。相手のことを想って俺との繋がりを切ることを彼は選ぶだろうから。
そうならないために、狡い自分は先手を打った。
今のうちに友達に戻ろうと。
これから先も昴といられる事を許してもらえる関係になってしまおうと思ったんだ。
ブーブーとバイブレーションの重低音が響いた。
ローテーブルに投げ出していたスマートフォンに目を向ける。
画面を確認し、明は思わず「う・・」と呻いた。
最近はメッセージでのやり取りが多かったのに、今日のこのタイミングで電話をかけてくるなんて・・何か空気を読む力でも持っているのだろうか。
明は深呼吸を一つすると、通話ボタンをタップした。それからいつも通り明るい声で話し始める。
「もしもし、幸?どうした?」
『久しぶり〜、明。今家?電話して大丈夫?』
少し高めの声でゆっくりと幸が言った。
「うん、大丈夫。ちょうど今帰ってきたところ」
『そうなんだ、お帰り〜』
同じ家に住んでいた頃と同じ響きに明はふっと吹き出す。
「うん、ただいま。それでどうしたの?何か用事?」
昴のことはなるべく聞かれないよう、すぐに本題へと促す。
『うん、もうすぐ夏休みじゃない?明が帰ってくるのか母さん達気にしてたよ』
「えっ・・あぁ〜。うーん、夏休みは難しいかなぁ」
明は歯切れ悪く答える。
『えぇ?なんで?』
幸の声のトーンが少し下がった。
「夏休みはバイトも稼ぎ時だからさぁ。その間にいっぱいお金貯めたいんだよ。お正月には絶対帰るからさ」
『・・ふーん。バイト頑張ってるんだね。じゃぁ、昴も帰ってこないのかなぁ』
「えっ?!」
昴の名前に大きな声で反応してしまう。
『だって明が帰ってこないなら昴も一緒に東京に残るって言いそうだもん。2人でどこか遊びに行くんでしょ、どうせ』
「いや、どうかなぁ・・今度聞いてみるよ。あ・・ごめん、俺今からご飯食べるから」
『え、うん。わかった。ねぇ、たまには母さん達に連絡してあげなよ』
「うん、はぁい。じゃ」
明はそう言うとプツッと電話を切る。それから長いため息を吐いた。
不自然な終わらせ方をしてしまったが、なんとか誤魔化せただろうか。
もし別れたと知ったら幸がどんな反応を示すか。
想像するだけでズンと気が重くなる。
うまく返せる言葉が思いつくまでは秘密にしていたい。
ちょうどいいことに最近は幸から昴に連絡することはあまりないようだ。おそらく基依に気を遣っているのだろう。
どうかこのままもう少し、秘密に出来ますように。
明は手に持ったスマホの画面を指でなぞりメッセージを確認した。
いつもなら家に着いた頃に昴から連絡がくる。
わかってはいたけれど、今日はもうそれはない。
あれは『恋人』としての連絡なのだろう。
ならば『友達』としては?
友達に戻ろうと言ったものの、その距離感をまだちゃんと決められていない。
連絡はどれくらいの頻度でするのか。遊びに誘うタイミングはいつなのか。
考えれば考えるほど、その答えは分からなくなる。
今まで、友達の延長線のような付き合い方をしてきたのでその境界はあやふやだ。
ただ・・昴とはこれからも楽しいことを共有できるような、そんな関係で居続けたいだけなのに。
彼の隣は居心地がいいから・・
ふと首元のひんやりとした感触に気がつき、明は手をやった。
それからそっと後ろに手を回すとチェーンを外しそれを掌にのせた。
まだもらって数ヶ月のシルバーのリングが綺麗に光っている。
鈍い色にも見えるのは、気分のせいだろうか。
「これはもう、着けてちゃだめか・・」
明はそう独り言を呟くと、リングを持って立ち上がる。
どこにしまっておこうか散々迷い狭い部屋の中をウロウロとしたが、結局洗面台の引き出しの中にしまう事にした。
ここなら滅多な事がない限り開けることもないだろう。
首が寂しくなったような、または肩の荷が降りたような、そんな複雑な気持ちになった。
何もない首元に手を当てる。
それから改めて思った。
自分から友達に戻ろうと決めたのだ。
繋がりを、切ったわけではない。
けれど、当分はまだ距離を置いておいた方がいいのだろう。
もう少し『恋人』がいない生活に慣れてきたら連絡をしてみようか。
友達の顔ができるようになるまで、ただ少し時間を置くだけだ。
ーー
「あっついなぁ〜。テスト受ける前に体力使っちゃうよ〜」
そんなことを笑いながら愚痴っていた木岐だったが、テストが終わってみると涼しい顔でこう言った。
「思ったより簡単だったね」
「えっ・・あれ、簡単だった?」
明は口元を引き攣られせる。
「うん?俺はわかったけど・・あっ、でもたまたま昨日読んだとこが出たからかな?読んでなかったら難しかったと思う」
木岐は明の反応を見て、フォローするように言った。
「あ、はは。そうだよなぁ」
苦笑いを浮かべながら明は頭を掻いた。
正直なところ、大学に入学して最初の定期テストには全く身が入らなかった。
勉強をしなくては、と思ってはいるものの集中しようとするとすぐ違うことが頭をよぎるのだ。
昴は今何をしているだろう。
勉強頑張ってるかな。
ゼミは楽しいだろうか。
元気に、過ごしているのかな。
恋人でいた時よりも、すぐに近況が聞けなくなってしまった今の方が気になってしまう。
別れて一か月が経った今もまだ連絡は出来ていない。向こうからもくることはない。
時間が経つにつれて、連絡するタイミングはどんどん掴めなくなってきてしまっている。
「四十万は夏休み、なんか予定あるの?」
テストの全日程を終え、清々しい顔をした木岐がこちらを見て言った。
「うーん、いやぁ。特には・・バイト三昧かなぁ」
明は歯切れの悪い返事をする。
「へー、恋人とどっか行ったりしないの?」
「えっ!」
木岐に恋人がいることを話していたことをすっかり忘れていた。
まさかの質問に明はキョロキョロと目を泳がせる。
「あ、いやぁ・・うーん。まぁ・・」
なんと言おうか思案したが、特に良い言い方も思いつかず明は木岐の方を見てヘラッと笑った。
「実は別れちゃったんだよねー。だから夏休みは本当特に予定はなくて」
「えっ。あぁ、そうだったんだ」
木岐は少しだけ目を見開いて驚いた顔をしたが、すぐに申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめん、四十万いつもと変わらない感じだったから気が付かなかった」
「あっ、全然!わざわざ言うようなことじゃないかなって思ってたからさ!気にしないでよ」
明は両手を胸の前でぴらぴらと振った。
「うーん・・四十万、元気?」
木岐が伺うような視線をこちらに向ける。
その聞き方がなんだおかしくて、明はクスリと笑った。
「うん。大丈夫。俺は元気」
そう、元気でなくてはいけない。自分が落ち込んでいてはいけないのだ。
「そう、ならよかった」
木岐も目元を下げてニコリと笑う。
「夏休みさぁ、どこか遊びに行こうか?」
「え・・?」
木岐の突然の誘いに明はキョトンとした顔をした。
「ほら、四十万、前に東京のおすすめスポット検索してたじゃん。あれから俺も色々見てたんだ。東京じゃなくて隣の神奈川県だけどさぁ、海の方とか良いなぁと思って。ちょうど夏だし?」
「あ、あぁ。そういえば・・」
昴と遊びに行く場所を考えていた時、木岐に見られていたことを思い出した。
あの時はまさかこんな風に決断してしまうとは考えてもいなかった。最近のことなのに随分前のことのように感じる。
「ね、行こうよ!海見てさぁ、美味しいもの食べて、こっちの夏を満喫すんの」
木岐が楽しそうに笑った。
「う、うん!楽しそう!けど、木岐は夏休み地元に帰ったりはしないの?」
明が聞くと、木岐の顔が一瞬笑顔のまま強張った。しかしそれはすぐに崩され、口元を上げると明るい声で言った。
「まさか!地元には帰らないよ。ずっとこっちにいるつもり」
「そう、なんだ。じゃあいっぱい遊びに行けるね!」
なぜ『まさか』なのだろう。
その疑問は口にしないまま明も笑顔で応えた。
木岐は相変わらず爽やかで優しい。きっと遊びに誘ってくれたのも、明が恋人と別れたことを聞いて元気づけてくれようとしているのだろう。
そういう温かみを感じるのに、やはり今も薄い壁は張られたままだ。
そこにうっかり触れそうになると急にひんやりと冷たい。
いつか、その壁は溶けてくれるのだろうか。
「よし、じゃあ行く日相談しよう。四十万のバイトのシフト教えてよ」
木岐がそう言いながらスマホの画面にカレンダーを表示した。
「うん!」
明もスマホを取り出す。
こうやって人と出かける約束をするのは久しぶりだ。自然と胸が高鳴った。
昴と別れても日々は続いていく。
夏休みがやってくる。
地元にいた頃想像していたものとは違ってしまったけれど、親元を離れ東京で過ごす初めての夏だ。
この夏を過ぎたら、少しは変われているだろうか。
もしそうなっていたら、意を決して連絡してみよう。
『久しぶり』と、友達の昴に。
そして・・
その時の昴が誰といても、笑顔で話が聞けるような自分になっていたい。
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