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第14話

油断していた。 と、いうよりも片割れの洞察力の良さを甘く見ていた。 「明ー、待ってたよー」 バイトが終わり、家の最寄駅に着いた十九時過ぎ。 改札を出るとよく知っている二人の姿がそこにあった。 一人はせっかくの綺麗な顔を歪ませて頬を膨らませている。 もう一人は呆れ顔で笑っていた。 「・・幸、基依・・ひ、久しぶり・・」 突然の来訪に、咄嗟に言えたのはその一言だった・・ ーー 「はぁぁ〜、もう!本当暑かったぁ」 幸がパタパタと首元を仰ぎながら炭酸ジュースをゴクリと飲み干した。 「もう少ししたら冷房効いてくると思うから。ごめん」 明は部屋の冷房の設定温度を勢いよく下げる。 「明〜、謝る必要ないから。アポ無しで来た幸が悪いんだし」 基依は胡座を描いて座ると、手のひらを横に振った。 「なんで俺だけ?」 幸がチラリと横の基依を睨む。 「だって幸が驚かせたいからって連絡しなかったんだろ。俺はした方がいいって助言したぜ」 「・・ならもっと説得してみればよかったじゃない?結局俺のやり方に乗ったんだから同罪だよ」 「はいはい。もうなんでもいいよ」 面倒くさそうに頭を掻く基依を見て、幸はフンと鼻を鳴らした。 そんな二人の様子に、明は懐かしさと安心感を覚え胸が熱くなる。 久しぶりに見た幸は、少し髪が伸び顔つきも大人びて美しさが増したようだ。きっと大学でも変わらず人に囲まれているのだろう。 基依は以前より日焼けして健康的な雰囲気になった。フットサルのサークルに入ったそうだ。バスケは続けなかったのが基依らしい。 「明、夏休み中はバイトばっかしてんの?」 家に来る途中のコンビニで買ったアイスにかぶりつきながら基依が聞いた。 「うん、結構シフト入れてるかな」 明は二人の前に腰掛けると、カップアイスの蓋を開けながら答えた。 「へぇー、せっかくの夏休みなのに。いいのかそれで?」 「お金稼ぎたいからさぁ。あっ、でも一昨日はバイト帰りに花火見に行ったよ!」 「花火?」 幸の目元がピクリと揺れる。 その反応を見て、思わずしまったと心で呟く。 「それは、誰と?」 幸が鋭い視線をこちらに向けた。 「えっ・・と・・大学の、友達と・・」 言葉に詰まりながら言うと、幸は大きなため息を吐いて頬杖をついた。 「やっぱりね。昴と何かあったんだ」 「えっ・・」 「おかしいと思ってたんだよね。明に帰省するように説得してもらおうと思って昴に電話したら、ゼミで忙しいからとか言ってすぐきっちゃってさ」 「あ・・幸、昴に電話したんだ」 「うん、聞いてない?」 「え・・・あ、えっと・・」 明は困ったような顔をして頬を掻く。 すると幸はツンと顎を上げて言った。 「明、俺に秘密にしてること・・あるでしょ?」 「っ・・・」 明はぐっと息を呑み込み口を一文字に結んだ。 「・・なに?何があったの?」 幸の射抜くような視線が明を捕える。 明はその瞳の鋭さに耐えられなくなり、フゥと息を吐くと俯きながら言った。 「・・別れた、昴と」 「は・・」「はぁ?!」 幸の声を掻き消すように基依が大きい声で叫ぶと片足立ちした。 「嘘だろ?明と矢野が?!」 心底驚いたという顔で、目を大きく見開き明を見つめる。 「いや、ありえないって。なんで東京来て数ヶ月でそうなんの?!」 「・・ちょっと・・落ち着いて座ってよ」 幸はギロリと基依を睨むと、彼の膝をポンと叩いた。 基依は不満そうな顔で胡座をかいて座り直す。それを見届けると、幸は唇を突き出しながら言った。 「喧嘩でもして距離置いてるのかと思ったけど、それより深刻みたいだね。なに?お互い生活が変わってすれ違いでも起こしたの?」 「・・ぅ、うん。まぁ、それもだけど・・」 「けど?」 「・・・ぅん・・」 「っ〜・・明?そんなに溜めないで言って」 明の歯切れの悪い感じに、幸は苛つき始める。 「・・幸にはちょっと嫌な話かもしれない、けど・・」 「別にいいよ。中途半端に現状知ってるよりは」 「・・う、うん」 「で・・なに?」 幸の有無を言わせない瞳には昔から敵わない。明は一度息を小さく吸い込んでから吐き出すと、意を決して口を開いた。 「昴が、運命の番と出会ったんだ」 「・・・」 幸と基依、二人が同時に息を呑むのがわかった。 「あっ、でもさ。だから別れたってわけではなくて・・・その人がすごく素敵な人で昴と雰囲気も合っててお似合いなんだよ。俺なんかより全然!だからその人といた方がいいんじゃないかって思って」 「え、なにそれ?そんな意味わからないことで別れたの?それを昴は了承したの?」 明らかな嫌悪感を表しながら幸が言った。 「・・昴は・・うん。俺がその方がいいならって・・」 「はぁ?」 眉間に皺を寄せて幸が大きな声を出す。 「訳わかんない。だいたい何?明はなんなの?悲劇のヒロインのつもり?昴のために身を引いた俺とか思ってるわけ?」 「・・そ、それは・・」 「おい、幸」 捲し立てるように言う幸の腕を基依が引っ張った。 「・・別に・・そういうことじゃなくて・・でも・・」 明が口篭って下を向くと、基依が首を傾げながらため息を吐いた。 「なんか、明がぐちゃぐちゃ悩んだ末に別れたって感じがするけど。だって、矢野はその運命の番と出会っても明と別れる気なんかなかったんだろ?矢野なら何があっても明を選ぶと思うし。別れる必要はなかったと思うぜ」 「それは、わかってる・・・」 明は顔を上げて基依と幸を見つめた。 それから横に小さく顔を振る。 「けど、俺が無理だった。あの人といる昴はすごく自然体で今まで見たことない顔してた。あんな素敵な人が、昴の運命の番で・・昴が欲しいものを・・βの俺には無理なものも与えられる、そんな人に勝てる自信がなかった」 「・・なに?昴が欲しいものって?」 いまだに眉間に皺を残したままの幸が聞いた。 「・・・・温かい、家庭・・」 「え?」 「・・昴は、温かい家庭に憧れがあるみたい。多分俺達の家みたいな・・」 「うち・・?」 「・・そんなの、βの俺には無理だろ・・だから・・いつか昴があの人を選ぶ日がくるんだったら、その前に友達に戻ろうと思ったんだ。そしたら、これからもずっと一緒に遊んだりすることはできるだろうから」 「・・なにそれ。それで別れたってこと?二人は友達に戻ったってこと?」 だんだん幸の表情が、嫌悪から呆れ果てた顔になってきた。 「うん。まだ・・友達に戻ってから連絡はとってないけど・・」 「・・はぁ。信じられない」 幸は額を抑えて横に首を振る。 その反応に明は少し口を尖らせた。 「・・何が信じられないの?俺だって、色々悩んだんだからー」「わかったよ。明の言い分は」 幸は明の言葉を断ち切るように被せて言った。 「明にとっては、昴は『友達』でもいい存在ってことでしょ。それなら確かに別れてもいいんじゃない?無理に付き合う必要なんてないよ。うん」 コクンと何かに納得したかのように幸が頷く。 その言葉にチクリと胸が痛んだが、明は何も言い返さず押し黙った。 言い方に棘はあるが、その通りだったからだ。 けれど・・ニュアンスは違う。 『友達』でもいい存在でない。 『友達』としてでも一緒にいたい存在なのだ。 けれど、やはりそれなら無理に恋人でいる必要はないということにもなる。 ただ、これからも・・ 昴とどんな形でも繋がっていられたら・・ それだけだ・・ 「とりあえずわかった。じゃぁ、俺達もう帰るよ。明の顔も見れたし満足」 「え?」 突然立ち上がった幸を明が見上げた。 「か、帰るって今から?新幹線もう出てないでしょ?」 「違うよ。ホテルに帰るってこと。明の家に来る前にチェックインはしてきてあるから」 「あ・・そうだったんだ。いつまで東京にいるの?」 「2泊3日だから明後日には帰るよ。残りの2日でしっかり東京観光するつもり」 幸に遅れて立ち上がった基依が指でピースの形を作りながら言った。 「そ、そっか。見送りに行けたらいいんだけど、俺明日も明後日もバイトで・・」 「別に気にしないで。それより明、冬休みは絶対帰ってきてよね。母さん達寂しがってるから」 幸がジッと睨みつけながら言った。 「う、うん・・」 「じゃぁ、また。戸締り気をつけてね」 そう言うと幸はさっさと玄関に行き、靴を履くと躊躇うことなく外に出た。 その後に続くように基依もつま先を鳴らしながら靴を履く。 しかし基依はすぐ外に出ることなく、明に近づくと声を潜めて言った。 「明の気持ちもわかるからさ。まぁ、あんまり悩みすぎるなよ。一人でいるとろくなことしか考えないからな。バイトもいいけど、大学の友達といっぱい遊んだりしろよ、夏休みはまだ長いんだから」 「・・うん」 明が返事すると、基依は励ますようにポンと明の腕を叩いた。 それからひらりと手を振ると、扉の外へ出て行く。 その背中を見送りながら、明は急に心細い気持ちに襲われた。 懐かしい二人の顔を見て、ホームシックにでもなってしまったのだろうか。 昴と二人で東京に出てきたのに・・ 数ヶ月で一人になってしまった。 なぜ・・こんなことになってしまったのだろう。 その思いがよぎったところで明は強く頭を横に振った。 違う。自分でそうしたのだ。 だから後悔も咎めるような気持ちも持ってはいけない。 ちゃんと、前を見なくては。 ・・そろそろ、昴に電話してみようか。 夏休みが終わったら久しぶりにご飯にでも行こうと・・ もう一度、友達から始めたいと、そう伝えたい。 ーー 基依は隣を無言で歩く幸を見つめた。 まっすぐと前を見つめる瞳には、空虚の色が浮かんでいる。 おそらく考えているのだろう。 『運命の番』というものについて。 矢野昴の『運命の番』 それはかつて、幸がなりたくて仕方がなかったもののはずだ。 そんな存在が実際に現れたとあっては、心中穏やかではないだろう。 例え・・今は俺と恋人でも・・ 昴は幸にとって特別なのだ。 そんなことは、昔からわかっているし受け入れている。 「基依・・」 幸が小さな声で名前を呼んだ。 普段人前では『君』をつけるのに、二人きりの時だけは呼び捨てで呼んでくる。 基依はそれが自分にだけ見せる顔のようで嬉しい。 「なに?」 基依が返事をすると、幸は前を見たまま言った。 「明日、俺午後ちょっと出かけてくるから。一人で観光しててくれる?」 「はぁ!?」 基依は眉間に皺を寄せた。 「ちょっと待てよ。もしかして矢野に会いにいくつもりか?」 「・・そう。まぁ、会えるかわからないけど」 「あのな、幸。明と矢野のことにお前が首突っ込むのはやめろよ。お前は部外者なんだから」 「何、その言い方」 幸がギロリとこちらを睨んだ。 「だってそうだろ。いくらお前達が昔からの仲だからって、あの二人の恋愛に関してはあの二人の問題だ」 「二人の問題だけど、あの二人だけじゃ解決できないことがあるんだよ。基依にはわからないだろうけど」 「なんだよ、それ・・だからってなんで幸が出ていくんだよ。お前が・・」 基依はそこまで言うと一旦言葉を切った。 続きを言うのを躊躇ったからだ。 けれど・・やはり言わなければ気が済まない・・ 「お前が、わざわざ傷口に塩を塗りに行く必要ないだろ」 「・・はい?」 幸の表情が険しくなった。 「なに?何が言いたいの?」 「・・・お前、ちゃんと割り切って話せるのか?あの二人の間に・・入っていけるのか?」 「・・なに?俺がまだ、昴のこと引きずってると思ってるの?」 「引きずってるとまでは言わないけど。でも、お前にとって矢野がただの幼馴染ではないことはわかってるから・・」 「・・・」 幸は基依を鋭い視線で見つめていたが、小さく息を吐くとそっと腕に触れた。 「・・大丈夫だから。何を不安がってるのかわかんないけど・・俺には基依がいる、でしょ?」 「・・幸・・」 「俺は、傷つかないよ。自分で決めた行動には傷つかないから」 「・・・なら、信じるしかない、けど・・」 「うん」 幸は口元をあげて薄く笑うと再び前を向きながら歩き始めた。 「ねぇ・・もし、もしもだけど・・」 「うん?」 「俺に・・運命の番が現れたとしても、基依は諦めないでよね・・」 「え・・」 「基依が、諦めたら終わっちゃうよ。だから、絶対に諦めないで」 そう言った幸の唇は少し震えていた。 「・・当たり前だろ。俺の諦めの悪さ、わかってるだろ?お前がフラフラしだしたら俺が何度でも引き戻してやるよ」 基依はそう言うと、幸の掌にするりと自分の指を絡ませる。それからその手をキツく握りしめた。 「・・手繋いで歩くの、久しぶりだね」 幸が横目で繋がれた手を見つめる。 「いいだろ。東京なんてなかなか二人で来ないんだから。デートしようぜ」 「・・別にいいけど」 幸はツンと顎を出し唇を尖らせた。 それが幸の照れ隠しだと知っている。 「よし、じゃぁどっか夜景でも見て帰ろう」 基依は歯を見せて笑うと、大股で幸を引っ張るように歩き始めた。 彼の中にある不安と動揺を今は包み込んであげたい。 この気難しくも愛おしい恋人を、俺は絶対手放したりはしない。

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