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第20話

台風が過ぎ去って涼しくなってきた。 とは言えまだ日中は汗ばむ日も多い。 夏から秋へと徐々に色を染めていく時期だ。 「四十万、今日はバイトあり?」 二限が終わって教室を出ると、木岐がにこやかに笑いながらやってきた。 今日は木岐と被っている授業がないので初めて顔を合わせる。 「うん、20時まで。木岐は?」 「俺もおんなじ〜。じゃあさ、バイト終わり飯でも食わない?」 「!いいね!行こう!」 明は声を弾ませ返事をする。 一人で食べる食事より、やはり誰かと食べる方が断然美味しい。 「じゃ、バイト終わったら四十万のバイト先行くね〜」 木岐はそう言うと隣の教室へと入って行った。 明はその背中を見送るとゆっくりと歩き出す。 あの台風の日から、木岐との距離はより一層近くなったような気がする。 他の友人達よりも特別な位置にいるような、自惚れかもしれないがそんな気がするのだ。 「今日は何食べようかな」 明は独り言を言うと、スマホでお店の検索を始めた。 「お疲れ様でーす!」 仕事が終わると、明は明るく挨拶をしてバイト先を飛び出した。 しかしすぐにスマホにメッセージが届いていることに気がつき足を止める。 『ごめん!15分延長になった。本屋で時間潰してて』 そのメッセージを見て明は目を泳がせた。 木岐が遅れるのは仕方がない。延長になるのは明もよくあることだ。 しかし問題なのは時間を潰す場所だ。 十五分と短い時間なのでカフェに入るほどでもない。確かに本屋でブラブラと見ながら待つのがちょうど良いくらいだ。 けれど・・ 上のフロアの書店にはもう当分行っていない。最後に行ったのは昴と別れる前だった。 つまり・・昴と恋人になってからの彩葉には会っていない。 もちろんたまたまではない。 意識的に避けているからだ。 おそらく彩葉は昴と自分が恋人だったことは知らないだろう。 会えば以前と変わりなく笑顔で話しかけてきてくれるに違いない。 そうやって何も知らないであろう彩葉と、何事もない顔をして話せる自信がないのだ。 万が一にも昴の話題が出てしまったら変な反応を返してしまうかもしれない。 それにもしその話題が・・楽しそうだったり幸せそうだったりしたならば・・ まだ平気な顔をして聞くことはできないだろう。 そうは思いつつも・・ 明はエスカレーターの前でしばし佇む。 このまま永遠と避け続けるのもずっと意識しているようでスッキリしない。 何かのキッカケがなければ振り切れないのだ。 今は、以前よりも落ち着いている。 楽しく話したりご飯に行ける友人もできた。 この一歩を進むには良いタイミングかもしれない。 明は覚悟を決めるとエスカレーターに乗り込んだ。 すぐに上の階に着き辺りを見回す。 広いフロアにはお客さんが沢山いて彩葉は見当たらない。 今日はシフトに入っていないのだろうか。 そう思って雑誌コーナーの方に歩き始めた時だった。 トントンと肩を叩かれ明はパッと後ろを振り向く。 「あっ、やっぱり明君だった」 彩葉がにこやかな笑顔をこちらに向けて立っていた。 「・・彩葉さん」 「明君、髪伸びたね?最初後ろ姿だけじゃわからなくて話しかけるの迷っちゃった」 「あ・・確かに。美容院当分行ってないかも、です・・」 明は前髪をいじりながらぎこちなく笑った。 「水族館で会った時以来だよね!最近も海の本は読んでるの?」 「えぇと・・その、最近はあまり読んでなくて。す、すみません・・」 明がペコリと頭を下げると彩葉は両手を振って言った。 「えっ!謝らないで!読みたい本を読みたい時に読むのが1番だよ!またこうやって本屋さんに来てくれて嬉しいし」 「あ、はい・・ありがとうございます・・」 優しく明るい彩葉の対応に胸がズキンと痛む。 こんなに素敵な人が今、昴の恋人なのだ。 それに何よりやはり彼から感じる雰囲気は昴に似ている。 二人でいたらさぞやお似合いのカップルだろう。 「あの・・俺人と待ち合わせしてて」 明は立ち去る言い訳を探すように言った。 「あ、そうなんだ。引き留めてごめんね」 「いえ・・あの、それじゃ・・」 そう言って明が踵を返そうとした時だった。 「四十万、お待たせ〜」 横から声がしてそちらに目を向ける。 木岐が片手を上げてこちらに近づいてきた。 「木岐・・」 「待ち合わせの子?」 彩葉が木岐を見ながら聞いた。 「はい。そうです・・」 明がそう答えている間に木岐が二人の前にやってくる。 木岐も彩葉に気がつき、ぺこっと小さく会釈をした。 「・・どうも・・」 「こんにちわ」 彩葉はニコリと微笑む。 それから彩葉は木岐をじっと見つめると、パッと目を見開き笑って言った。 「あっ!水族館一緒に来てたお友達だよね?二人仲良いんだねぇ」 「えっ・・あ、えっと」 屈託なく言う彩葉の言葉に明は狼狽える。 しかし明が口籠っている間に木岐が先に笑って答えた。 「まぁ、そうですね。これからデートだしねぇ」 「えぇ、木岐!何言ってんの?!」 木岐の返事に明は慌てふためく。 「えっ?!二人そう言う関係なの?」 明の狼狽をどう受け取ったのか、彩葉は嬉しそうに言った。 「い、いや。あの・・」 「どうでしょ?これからそうなるかもですね」 木岐はニコリと笑ってふざけるように明の手を取った。 「ちょっ!木岐〜!」 「ふふ、いいねぇ。今が楽しい時だ。僕も二人にあやかりたいなぁ」 「・・・え」 穏やかに微笑みながら言う彩葉を明は見つめた。 今、なんて言った? 『あやかりたい』? それはどういう意味で・・・ 「えっと・・あ、あの・・」 「えっ?でもこの間水族館でデートしてましたよね?一緒にいたのは恋人さんじゃなかったんですか?」 明が聞いてよいか迷っているうちに、木岐があっけらかんとした顔で言った。 すると彩葉は少し困ったような顔をして頬を掻いた。 「あぁ・・あの子?・・うん、恋人じゃないよ。一度そうなった時もあったんだけど・・僕達はそういう関係とは違うねって、話し合ってやっぱりやめたんだ」 「・・・」 「恋人というよりも、1番の理解者で絶対的な味方っていうのがしっくりくるなぁって思ってね。お互いそれで納得して今は良い関係だと思ってるよ」 彩葉は首を傾げながら柔らかく微笑む。 その表情には確かに迷いはないように見えた。 「・・へぇ。いいですね」 木岐は何か含みのある笑みを浮かべながら頷く。それから明の方に目を向けて言った。 「じゃぁ、四十万。ご飯食べに行こうか?」 「えっ・・」 「うん?どうした?なんか固まってるけど」 明の顔を木岐が覗き込む。 「あ・・・ううん。大丈夫・・」 明は口元だけ上げて笑うと彩葉に視線を戻した。 「あの・・それじゃあ、また・・」 「うん、またお待ちしてます」 彩葉が小さく手を振るのを確認すると、明と木岐は歩き始めた。 歩きながらも明の頭は混乱したままで落ち着かない。 昴と彩葉が、別れている? もう恋人ではない? いつの間にそういう話になったのだろう。 彩葉は納得したように言っていたが、果たして昴はどう思ったのだろうか。 『運命の番』が離れることなんて・・ 「あの人が言ってたみたいに、割り切れるものなのかなぁ・・」 駅ビル近くにあるチェーン店のパスタ屋さんに入り席に着くなり、木岐がボソッと言った。 「え・・」 明は正面の木岐に目を向ける。 木岐はテーブルに置かれたメニューをパラパラと巡りながら言葉を続けた。 「いや、歩きながら考えてたんだけど。あの人達Ωとαで付き合ってたんだよね。番にはなる前だったぽいけど、恋人ではなくて理解者としてなんて割り切れるのかなぁ」 「・・・」 「だってあの人達って本能で求めあうわけじゃん。ヒートが起こった時そばにいて耐えられるのかなって。それとも・・お互いに番ができるまでは、ヒートの時の相手をするとか約束してるのかな」 「・・相手」 明もボンヤリとメニューを見ながら呟く。 彩葉が言っていた『味方』とはそういうことなのだろうか。恋人でなくても、彩葉が苦しんでいれば助けられるように。 それでなくともあの二人は『運命の番』なのだ。 恋人という契約的な関係ではなく、生まれながらに魂で結ばれた関係だ。 だから形にこだわらなくても良いという事なのかもしれない。 それならば、やはり・・ 自分の入る隙は全くないのだろう。 「まぁ、俺達βには関係のない話だけどね。ほら、四十万なに食べる?お腹すいたなぁ」 木岐は気を取り直すように言うと、身を乗り出してきた。 ぐっと顔が近づき、明は思わず後ろにのけ反る。 しかし木岐は気にしない様子で、ニコニコと話し続けた。 「四十万とばっかりご飯食べてるから、四十万の好みわかってきたよ!当てたげようか?」 「えぇ?!本当?ちょっと待って。まだ考えてるから」 明はぷくっと頬を膨らませながら、メニューを吟味する。 それから選ぶものを決めると木岐の方を見つめた。 「決めたよ。なに選んだか言ってみて」 「ふふ。じゃあいっせーので指さそう!いくよ、いっせーの・・」 木岐の合図で二人は同時にメニューに指を指す。 二人が選んだのは同じ『たこのペペロンチーノ』だった。 「えぇー、なんでわかったの?」 明は当たって嬉しいような、見抜かれて悔しいような複雑な顔を浮かべた。 「わかるよー。四十万ご飯食べに行くと、いつも無意識にタコの入ってるもの美味しそうって言ってるから。タコ好きなんだなぁって」 「あー。えぇ、そうかぁ。タコが好きって自覚はしてなかったけど、あるなら食べたいとは思っちゃうかも・・」 「あはは!無自覚だったんだ!」 「うん、そうかも・・」 「ふふ、いいじゃん。自然と好きだってなってる方が。無自覚に選ぶものが、きっと今1番求めてるものなんだよ」 「・・・そういうものなのかなぁ」 タコの話だったのに、ふと昴と、それから目の前の木岐のことを思い浮かべる。 しかしすぐにその考えを振り払うように、明は「よし、木岐が決まってるなら注文しよう!」と話を変えた。 なんだか、よくないことを考えてしまった。 昴と木岐を比べるなんて・・ 二人とも今の自分とはそういう関係ではないのだから・・ 「あー、美味しかった!」 食事を終えお店を出ると、木岐はお腹を撫でながら言った。 「ね、また今度来よう!」 明も満足そうな顔で応える。大盛りに変更が出来たのでお腹はかなり満たされた。 「四十万はぁ、明日の土曜日はバイト入ってるんだっけ?」 「うん。土日はだいたいシフト入れてる!」 「何時まで?遊べたら遊ぼうよ」 「え・・」 木岐に誘われ明の心が揺らぐ。 嬉しい気持ちはもちろんあるのに、距離が縮まっていくことになぜだか足踏みしてしまう。 このまま、進んでいっていいのかと。 「遊ぶ時間はなさそう?」 木岐が首を傾げる。明は慌てて手を振った。 「ううん!明日は朝から17時までだから夜なら!」 「おっ!ちょうどいい〜。俺は明日休みだから四十万が終わるの待ってるよ」 「あ、ありがとう」 明がお礼を言うと、二人はしばし無言で並んで歩いた。 木岐は何かを考えているようだ。 明が様子を窺うように横目で見ると、こちらをチラリと見た木岐と目が合った。 「・・あのさ」 一瞬息を溜めて木岐がポツリと言う。 「さっき、あの人に言ったこと。俺結構本気だから」 「・・え?」 なんのことだがわからず明は口をぽかんと開けた。 「俺達が、これから・・付き合うとか、そういう関係になるかもしれないって言ったでしょ」 「・・えっ・・あっ。えぇ?!」 驚きのあまり明は大きな声で叫んだ。 「えっ!待って!?あれ、木岐の冗談だったんじゃないの?」 「・・冗談じゃないよ。俺は本当に、そうなったらいいなって希望を持って言ったつもり」 「・・・」 微笑みながら言う木岐を、明は困惑した顔で見つめる。 「あはは。そんな困った顔しないでよ。急なこと言ってごめん」 「いや・・あの・・えっと・・」 「四十万が、まだ前の恋人と別れてそんなに時間が経ってないってわかってるから。気持ちの整理もすぐつかないのもわかるし」 「・・・」 「・・まぁ、この話はまた明日!遊びながら考えてよ!ほら、駅着いたし」 確かに気がつくとすでに駅の改札前に着いていた。 「じゃぁ、気をつけて帰ってね。ぼーっとするなよ」 木岐は揶揄うように言うと、手を振って先に改札へと入っていった。 明はまだポカンとした顔でその場に立ち尽くす。 今、木岐はなんと言っていた? 『付き合う関係になる』? それはつまり、恋人になるということ・・? 「えっ!えぇぇ?」 明は両手で顔を覆いながら叫んだ。 周りを行く人々が不審そうな目を向けてくる。 明はしまったと思いそそくさと改札の中へと急足で入っていった。 それでもまだ顔は熱く、心臓はバクバク鳴っている。 木岐があまりにもサラッと言うものだからそうとは取れないが、あれは『告白』というものだったのだろうか・・ 木岐が?自分に? なぜ? 驚きと混乱で思考がまとまらないが嫌な気持ちではない。 けれど・・ 木岐からの告白に今自分がどう応えるべきなのか。 先程彼が言っていたようにまだ昴への気持ちはちゃんと整理できていない。 むしろ彩葉から別れたことを聞かされ、余計にざわつき始めている。 それでも、恋人とは違う形でも昴と彩葉は強い繋がりで結ばれていることに間違いはない。 そこに再び自分が関わるのはもう、辛い。 明は正面を向き、駅を行き交う人の波に目を向けた。 木岐の姿はもう見えない。 今、この場所を歩く沢山の人々は全員知らない人達だ。 地元にいた頃は思わなかった。 世界は広く、人は沢山いて、その数だけ出会いと繋がりがあるということを。 βだから、運命なんて持っていない。 出会いは全て、偶然と奇跡。 その中で出会えた、木岐という人物について。 明日、もう一度。向き合ってみよう。 彼といる時の自分はどんな気持ちか。彼とはどんな未来が思い描けるのか。 隣にいて欲しいのは、自分にとって誰なのか・・・

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