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第6話
ジュセルは目を見開いた。‥本気で言っているのだ、というのは声の調子と表情でわかった。驚いてケイレンを見ているジュセルの視線に気づいたのか、ケイレンはこちらを見て柔らかく笑った。その顔につい見とれていたジュセルは、ヤーレのため息を聞いてハッと姿勢を正した。
「‥そんな、不平等な条件怖くてのめない」
「まあ、そう思うよな。‥どうすんだケイレン」
「家賃はいらない。ジュセルとともに食事をできる時間を金額換算しているだけのことだ、不平等ではない。そう思うなら毎食一緒にいてくれればいい」
「依頼も受けなきゃなんねえのに無理だよ」
「ではできる限りで構わない‥承知してほしい」
「‥‥だとさ。まあ、多分お前にとってそんなに不利益にはならないと思うぜ。で?どうする?」
ヤーレに問われて、ジュセルはふむと考えた。とりあえず、この副会長が保証してくれるのであればそこまで疑わなくてもいいのかもしれない。
「‥じゃあ、家の仕事を俺がする。掃除とか洗濯とか、飯つくりとか‥そうしてほしい」
「え、ジュセルが‥飯を作ってくれるのか‥?」
嬉しそうに顔をほころばせたケイレンを見て、またヤーレは文言を書き加えた。
「よし、っとこれでいいか?ケイレン、ジュセル」
ケイレンが口を差し挟んだ。
「家事は、ジュセルの時間が許す限り、って入れてくれ」
「はいはい、ジュセルは?いいか?」
「うん‥あと、申し訳ないけど、副会長も証人として誓書に記名してくれる‥ませんか?そんなら安心して受け入れられるし‥」
ケイレンがばっと顔をヤーレの方に振り向け、期待のこもった目で見つめてきた。ヤーレはまた片手で頭を抱えながらハイハイと頷き、自分の名前も文言にいれた。
「よし、じゃあ契約者はケイレンとジュセル。証人としてヤーレ。住宅賃貸契約として期限は三年、ただしジュセルからの申し出があれば短縮も可能。家賃として家主ケイレンと借主ジュセルは日々の食事を共にすることと、家事は時間の許す限りジュセルが行うこと」
さらさらとシンリキ誓書二枚に同じ文言を記入していく。体に似合わず繊細で美しい文字だった。
「これでいいか?」
ケイレンは頷き、ジュセルは口を挟んだ。
「食事の回数は細かく決めなくてもいい‥んですか?」
「いいよ、できればいつも一緒にいたいけど、ジュセルの都合に合わせてくれたらいいから」
ケイレンは優しくそう言った。それを確認したヤーレは机の上に二枚のシンリキ誓書を広げた。
「ほい、じゃあ名前のところに自分の力を流せ」
そう促されて、自分の名前が書かれた文字の上に指を置いて身体の中のキリキを意識して流す。名前の部分が一瞬薄青く光る。もう一枚にも同じように流す。
三人分の名前に力を流すと、ヤーレはケイレンとジュセルにそれぞれ一枚ずつシンリキ誓書を渡した。
「じゃあ失くさねえように保管しとけよ。ケイレン、代金はオジャンの角の買取から引いといた。これが残りだ」
そう言うとヤーレは、そこそこの金額が入っていると思われる袋をガチャリと音を立てて置いた。中身を確認することもなくケイレンはその袋を取って自分の鞄に押し込んだ。
そしてすくっと立ち上がり、ジュセルの傍まで来てまた跪いた。
「ジュセル、じゃあ引っ越ししよう?俺が手伝うよ」
無理強いしている空気感は出さずに、とはいえ有無を言わせぬ強引さでケイレンはジュセルとともに協会の建物を後にした。肩を抱こうとしたがジュセルに手ひどく突っぱねられ、しょぼんとしていたくせに、連れ立って歩くうちにどんどん嬉しそうな顔になってきている。
「ジュセルの親 にも挨拶しないといけないしな。伴侶誓言 式はいつにするかな‥」
「伴侶にはならない、部屋を借りるだけだ!アミリに変な事吹き込むなよ」
「‥うん、まだ早いもんな」
「そういう問題じゃねえ‥」
ケイレンと話していると体力が削がれるのを感じる。いくら家に困っていたからと言っても、早まったかもしれない‥と考えながらジュセルは歩く足を早くした。
乗り合い機工車の停留所を過ぎたとき、ケイレンが立ち止まってジュセルに声をかけた。
「ジュセル、停留所はここだぞ?」
「‥ああ、俺は乗らない」
「何で?乗った方が早い」
はあ、とため息をついてケイレンを見上げた。
「金がもったいないから。歩いたって一時間もかからねえんだし」
そう言い捨ててさっさと行こうとするジュセルの肩を、ケイレンはぐいと掴んで引き戻した。
「今日は引っ越しだから、買い物もしたいし時間を節約しよう。俺は車賃を出すから乗ろう」
そう言うなり、ちょうどそこに着いた循環機工車に素早くジュセルを押し込んで二人分の車賃を払った。
後ろから乗りたい客に押されて降りることもできず、仕方なく奥に進むしかなかった。
十分とかからず家の近くまでこれたことに驚き、やや不服ながらも礼を言えば、ケイレンは満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
家の近くの屋台で、軽い焼き菓子をたくさん買い込んだケイレンは、共通学校から帰ったばかりの一つ実 に熱烈に歓迎された。
ケイレンはアミリにも丁重に挨拶をした。
「二級請負人 で二位退異師のケイレンです。いずれはジュセルと伴侶になりたいと思っています。俺の家で一緒に住むことになったのでよろしく」
「待て待て待て!なんか語弊がある!」
「あら‥いつの間にジュセルは恋人ができてたのかい?私全然知らなかったよ‥」
「アミリ、違うこいつはただの大家!部屋を借りるだけの間柄!それ以上の関係性はない!」
けんけんとそう続けるジュセルを、アミリは生温かい目で見つめてくるだけで、その視線にややげっそりする。
ケイレンと同じマリキシャのサンカはその髪と自分の髪を比べ「いいなあ」と呟き、レイリキシャのリーエンはケイレンの提げている片手剣に興味津々だった。
「いいな、ジュセル。俺には上下子 がいないから‥」
そう言いながら一つ実 につきあっているケイレンをほったらかして、ジュセルは淡々と荷造りをした。
とは言っても持っていく家具などはない。着替えと普段ジュセルが使っていた幾つかの食器、それから森歩き用の靴と外套、雨除けのマントくらいで、大きな布に包めば一つにおさまってしまうくらいのものだ。
後は貯めておいた金を持ち出した。
「アミリ」
親 の前に数えておいた共銀貨三十枚を出す。それを見てアミリは驚いた顔をして口に手を当てた。
「ジュセル」
「俺が今までいろいろやって稼いだ金だから、変な金じゃない。それに全部じゃないから、受け取って。請負人 の仕事が波に乗ったらまた金も入れる。あいつらの新しい服買うのに使って。あとアミリも服、買ってくれ」
「だめだよジュセル、すぐに仕事がこなせるかわからないんだから、これはお前が持っていなさい」
そう言って金を押し戻そうとするアミリの手を、ジュセルは上から握り込んだ。
「大丈夫、ケイレン‥さんのお陰で家賃の分は節約できるから。すぐに困ることにはならないし」
「そうです、何かあっても俺がちゃんとジュセルに食べさせますから心配いりません」
横から口を出してくるケイレンをギッと睨んでから、アミリに視線を戻した。袖口や裾のすり切れた服。アミリはいつも子どもを優先するから、この三年くらい新しい服を買っていないはずだ。荒れている手を銀貨ごとぎゅっと握りしめながらジュセルは言った。
「アミリが受け取ってくれた方が俺は嬉しい。な?」
そう言われたアミリは、美しい金色の目を潤ませながら俯いた。ずずっと低く鼻を啜って、それから顔を上げて涙顔で微笑んだ。
「ありがとう、ジュセル。何かあったらすぐに連絡するんだよ。いつでも帰ってきていいんだから」
「大丈夫です、アミリさん。俺がついているのでしっかり俺の家で幸せに」
「うるさい余計なことは言わなくていい!‥じゃあ、その内また帰ってくるから」
日が暮れぬうちに買い物も済ませたい、と思ってアミリたちに別れを告げ、アラマサ地区に向かおうとしていたらまたケイレンに機工車に押し込まれた。
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