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第7話
「買い物がしたいと言ってたけど、何が欲しいんだ?ジュセル」
あまく優しい声と顔でそう言われると、そう言ってくる顔がいいだけにどう答えていいかわからなくなりそうだ。意図的に目を合わさないようにしながら、ジュセルは頭の中で買うべきものを考えた。
「寝台と、寝具類、あと炊事道具とか、用石とか、かな」
「寝台はある、でも寝具がないかな‥一通りの調理器具もあるから要らないよ。用石も一揃いはある。特別な用石が何か欲しいのか?」
用石、というのは生活の中で使う道具だ。例えば風呂を沸かすための温用石、部屋を照らすための照用石、かまどに火を焚きつけるための燃用石など、用途は様々だ。これがないと困ることが多い。
特にジュセルは日本人の性で、どうしても風呂に入りたいと思うときがあるので、割高ではあるが温用石は絶対に欲しいものだった。
「じゃあ悪いけど、寝台は借りる。調理器具も使わせてもらいます。あの、俺できれば結構風呂に入りたい方なんで温用石は多めに買っておきたくて‥」
そうジュセルが言った瞬間、ケイレンが「お風呂‥」と呟いたのが聞こえ、よもや浴槽のない家だったかと思い慌てて言い足した。
「あの、お風呂なければ全然、公衆浴場に行くんで」
「だめ、絶対ダメ公衆浴場なんて絶対だめだよ何言ってんだ」
息継ぎすることなく一気に畳みかけるように言われたジュセルは、驚いて少し身体を引いた。
この世界の公衆浴場は、性別の区別がない分大人数で入る広い風呂、というものはなく、個人で入れる小さな家族風呂のようなものがいくつか備えてあるものである。使用料を払い自分で温用石を使って沸かすようになっているので、基本的には裸でヒトに会うことはない。
それでも、不埒なことをするものはどこの世界にもいるもので、時折覗かれたとか揶揄われたとかいう事件もたまに聞くことがあるのだ。
これまでジュセルも何度か使用したことがあるが、今のところ特に問題なく使えていた。
「浴槽はある、最近使ってなかったからちょっと汚れてるだけ。掃除するから」
そう力強く請け合うケイレンに、ジュセルは頷くしかなかった。
南アラマサ地区は、大きな商店街があり更に一日おきに市が立つにぎやかな商業地区だ。大小さまざまな隊商会の事務所や大きな店もあれば、売り台一つで物を売る屋台もある。それに伴って、宿屋や日割り賃貸しの長屋もあれば、裕福な隊商人たちが住むような立派な住宅もあり、とにかくごちゃまぜ感のある街並みなのである。
また、シンカンの森に行くにも便利なゲートがあり、請負人 の依頼を受けるならこの地区はかなり向いていると言えるのだ。
大家であるケイレンのことはさておき、思わぬところで条件のいい家に住めることになって、内心ジュセルはほっとしていた。家賃もいらない、ということだったので、その分家事をしっかりやって、余ったお金はアミリに送ろう。そう考えていた。
まずが今日の食事から作らねば、と思い、嬉しそうに自分の横を歩くケイレンに訊いてみる。
「基本、家にいるときは俺が飯を作るけど、あんたなんか食えねえもんとかあんの?」
「‥ジュセル、できれば俺のことは‥ケイレンと呼んでくれないか?」
めんどくせえな、と思いつつ、大家だし、と素直に言い直した。
「ケイレン好き嫌いある?」
ジュセルがそう言い直した時、ケイレンは立ち止まった。口に大きな手のひらを当て、顔を赤くして目を見開き、じっとジュセルを見つめている。
「‥何?言われたとおり、なま」
えを呼んだけど、という続く言葉は声に出せなかった。ケイレンが一足に近づいてきて、またもやぎゅうっとジュセルを抱きしめたからだ。余りにギュッとされたので、ちょっと足が浮いた。
それだけの力で抱きしめられると、そんなにがっしりした身体つきでもないジュセルの内臓にはかなりの負荷がかかった。ぐえ、となりながらバシバシとケイレンの太い腕を叩く。
「ぐえ、ちょ、苦し、」
腕をバシバシ叩かれてようやくハッとしたケイレンが渋々腕を緩めた。背中と腹部の圧迫感がなくなってふうと息を吐く。しかしまだジュセルの身体は緩めたケイレンの腕の中にあった。気づいたジュセルはぐいと腕を振り払って身体を離した。
「俺の嫌がることはしないって言わなかったか?」
冷ややかにそう言うジュセルを見つめながら、ケイレンはしょんぼりした顔で呟いた。
「な、名前呼んでもらったら、嬉しくてつい‥」
え?たったそれだけで?こいつ‥‥さては童貞か‥?
いや、この世界基準だと童貞と言っていいのかわからないが。恋愛無双、モテてモテてモテまくってます!みたいな見た目をしているくせにどうしてこう、変なところで純情なんだ。調子が狂う。
ジュセルはそんなことを考えながら、つくづくとケイレンを見た。周りにいる人々の中にはケイレンの方を指さして見とれたりしている者だっているのだ。誰がどう見ても整った顔立ちでたくましい身体つきのケイレンは、超優良物件だろう、中身も伴っているし。
そんな超優良物件が、何の因果でこんな平凡なジュセルを好きになんてなったんだろう。好きの度合いが振り切れ過ぎている。しかも一目ぼれ。
信じろという方に無理がある設定だ。
「‥‥とにかく、急に抱き着くな。急じゃなくても抱き着くな。人前では距離を取ってくれ」
「‥‥努力、は、する」
素直にはうんと言わないケイレンに、再びイラっとしたがここでうだうだ言っても始まらない。とにかく用事を済ませてしまおう、と目的の店を探すことにした。
すると、ケイレンが「寝具ならここがいい」「用石ならここのものがもちがいい」「掃除道具が足りないかも、ここに行こう」などと言いながら次々と店を案内してくれた。
しかも、どこに行っても全くジュセルに代金を払わせない。いい加減じれたジュセルが半ば怒って、
「もう成人してんだから、払う!そのつもりで金だって準備してたんだ」
と文句を言うと、またしょんぼりとした顔をして、
「ジュセルのために、金が使えるのが嬉しいんだ‥引っ越し祝いと‥そうだ、初級合格祝いってことで、俺に払わせてくれ、頼む」
と、大勢の人が行きかう大通りで拝み倒してくるので、いたたまれなくなったジュセルが何も言えずに黙り込む羽目になり、とにかくそこではケイレンに払わせておくことにした。
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