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第11話
思わず大声を上げて叫んでしまった、そのジュセルの声が聞こえたのかバン!とドアが開く音がして「ジュセル!?どうした!?」というケイレンの声が聞こえた。
は?
今、お前どこから出てきた‥?
「おい」
「ジュセル、どうした?何かあったのか?」
「何かあったのかじゃねえ、お前今どこから出てきやがった」
あ、という顔を、明らかにケイレンがした。それを見逃さなかったジュセルは素早くケイレンが出てきたと思しき方向へ走った。案の定そこにはドアがあり、そこを抜けると‥
「ここ、お前の部屋だよなあ!?」
「‥‥‥はい」
後ろの方で、しょぼんとした声で答えるケイレンを、振り返ってぎろりと睨んだ。
イケボもしおれてると台無しだなおい!
「‥‥お前、‥伴侶用の居室を俺にあてがいやがったな‥?お前の部屋からも俺の部屋からもここの主寝室に来れるってことはそうだよな?」
「‥‥‥はい‥」
大きな身体を縮めるようにして俯いたケイレンが力なく答える。
油断も隙もあったもんじゃねえ。
ケイレンの部屋らしきところからさっき入った主寝室に戻る。ここは今使ってはいないようだ。寝台にも寝具はかかっていないし、何しろ部屋が汚い。
ケイレンの部屋に通じるドアと、自分の部屋に通じるドアを確認すると鍵穴があった。
「おい、鍵はないのか?」
ケイレンは俯いたままぼそぼそと答えた。
「え~と‥引っ越した時に多分もらったんだけど、どこにあるかはわからないんだよな‥」
何だとこの野郎。
いつでもお前が俺の部屋に来れる状態で、俺に寝ろとか言ってやがったのか?
今日一日色々とつきあってもらったり食事に連れて行ってもらったりして、悪かったな、見直したな、と思っていた心が全部どこかに吹っ飛んだ。
ジュセルは主寝室をざっと見渡した。広い部屋だが汚れてもいるし家具も少ないのでがらんとして寂しげな様子だ。家具は大きな寝台と大きめの飾り棚しか置かれていない。
仕方ない、寝台にするか。
「おい、手を貸せ。お前の部屋から通じる扉をこの寝台で塞ぐから」
「えっ‥」
塞いじゃうの?と顔で喋っているケイレンにまたいら立ちが募った。
「早く!」
二人がかりでもこの大きな寝台を動かすのはなかなかの大仕事だった。何とかケイレンの部屋からは入れないようにできてほっとする。額に滲んできた汗をぬぐった。せっかく湯を浴びたのに台無しだ。
そして忘れてはいけない、この部屋自体の出入り口もある。そこは飾り棚を動かすことで塞ぐことにした。
「まあ、使うときになったら、また動かせばいいしな‥」
「その時、俺はいないだろうけどな」
この期に及んで呆れたことを抜かすケイレンの方を見ずにジュセルは言い放った。多分またしおしおとしてるんだろうが知ったことではない。
ドアを塞いだので、仕方なく自分の部屋に一度ケイレンを入れ、その扉から外に追い出した。ケイレンは素直に従ったが、扉の外に出たときジュセルの腕を弱々しくつかんだ。
「‥‥何?」
「ごめん、ジュセル。そんなに怒ると思ってなくて‥もちろん黙ってお前の部屋に入るつもりなんてなかった。でも‥いつか一緒に主寝室を使えるようになったらいいなって思ってたのは本当だ、‥‥言い訳にしかならないけど‥」
がっくりと肩を落としてぽつぽつと話すケイレンを見ていると、少しずつ胸の中に逆巻いていた怒りが鎮まってくるのを感じた。
大きい身体を縮めるように、背を丸めて廊下に突っ立っているケイレンの姿を見ながら、なぜこんなに自分が嫌な気持ちになったのか、怒りが込み上げてきたのかを考えた。
「‥あのさ」
「何だ?」
少し、口ごもってからジュセルは言った。
「俺、‥怖いんだ。あんたみたいな大きいヒトなら、俺のことなんて容易く組み伏せられるだろ?今は色んな薬とかもあるしそういうのやられたら俺は‥抵抗できない、多分。でも、俺の意思関係なくそう言うことをされるのは怖いし、嫌なんだよ。そういう気持ちがあったから‥部屋が繋がってるのを黙っていられたの、頭に来たんだ」
話しながら自分でも頭が整理できてきた。きっと、キスされた時からこういう気持ちがあって、自分の中で消化しきれていなかったんだな、ということもわかってきた。
ケイレンは真剣な顔で聞いていた。そして改めて膝を折って謝罪をした。
跪いて謝意を表すのは、サッカン十二部族国では最上級の謝罪である。日常生活ではめったにお目にかかる光景でもない。膝をつかれたときジュセルはぎょっとして対応が遅れた。
「‥すまない、ジュセル。俺は本当に初対面の時から失敗してしまってたんだな‥」
「い、いいからもう、立って!」
慌ててケイレンの肩に手を置いて立ち上がらせようとする。するとケイレンは少しためらってから、そっとジュセルの手の上に自分の手を重ねた。
そしてジュセルの顔を見上げる。精悍な顔が愁いを帯びた様子は色気にあふれていて、ジュセルはかあっと顔が赤くなるのを覚えた。
ずりいな、イケメン‥
「許してくれるのか‥?」
「‥もう、黙って色々しなければ、それでいい‥」
「わかった。ありがとう。あなたの心の寛容さに感謝する」
謝罪を受け入れてもらった時の慣用句を口にしてから、ケイレンは立ち上がった。
「じゃあ、もう寝るといい。よい夢を、ジュセル」
「‥よい夢を」
就寝の挨拶をしてすぐに自室に引っ込んで扉を閉めた。内鍵をかちゃりと回して息をつく。
三十五歳で死んだ記憶があるから、自分は大人だと常々思っていた。だが、やはり自分はこの世界で生まれてまだたったの十六年しか経っていない若造なのだ、ということを今日はしみじみと思い知らされた気がする。
自分の感情や気持ちをしっかり掴み切れていないなんて、いかにも十代じゃないか‥と額に手を当てた。
自分を見上げてきたケイレンの端正な顔を思い出しても、心がもぞもぞする。
「やっぱ、イケメンずるいよな‥」
そう呟いて、思わぬ力仕事で汗をかいた身体をもう一度清めよう、と浴室に向かった。
翌朝、少し早めに起床して身支度をし、朝食の準備をした。と言ってもまだ台所がまともに使えそうにないので、昨日買ってきた材料でスープを作っただけだ。
材料を切って鍋に入れ、煮込んでいる間に台所の掃除に取りかかった。食事室は普段ケイレンも使っているようでそこまで埃まみれではなかったから後回しにする。
大きな窯は、使えるようになればパンも焼けるし窯焼きの料理も作れるようになる。そんなことを考えながら掃除をしていると、ケイレンが起きてきた。
「いい朝だな、ジュセル」
「ケイレン、いい朝だね」
「朝食を作ってくれたのか?」
「うん、まあスープしかないけど。もう食べる?」
「顔を洗ってくる」
起き抜けのケイレンは、髪も下ろしていて目も眠たげで、その様子がまたすごい色気を放っていた。これで恋人がいないなんて嘘だろ‥と思いながらスープの味を見る。まあまあの出来だな、と断じて皿に盛り付け、朝のお茶を淹れた。茶葉は昨日、ケイレンがいいものをいくつも買ってくれた。香りが立ってとてもいい匂いがする。
ケイレンが戻ってきてテーブルに着いた。まだ髪は下ろし寝間着のままで首元がよく見えている。色気の溢れるその姿を、あまり見ないようにして「いただきます」と手を合わせた。
「?ジュセル今なんて言ったんだ?」
あ、しまったまたやってしまった。日本人の性 で、ついつい食事前には「いただきます」と言ってしまうのだ。家族にも何度か聞きとがめられたことがあるのに、つい出てしまうのである。
「ああ、俺の癖。食べる前にいただきます、って言っちゃうの。気にしないで」
「どういう意味で言ってるんだ?」
真面目に言葉の意味や理由を聞いてきたのはケイレンが初めてだったので、ジュセルは少し驚いてケイレンを見つめた。ケイレンは茶化すこともなくこちらを見ている。
「‥まあ、食べ物や、作ってくれた人とかに対する感謝みたいなことかな‥癖だから気にしないでくれると助かる」
「へえ‥いいな、それ。俺も今度からいうことにするよ。いただきます」
ケイレンはそう言ってスープを食べ始めた。一口食べて咀嚼し、のみ込んでから顔を輝かせた。
「ジュセル、すごく美味しい!ありがとう!いただきます!」
「‥いただきますは一回でいいんだよ‥」
そうなんだ、と言いつつ恐ろしい勢いでスープを掻っ込むケイレンを、ジュセルはなんとなく温かな気持ちで見つめていた。
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