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第12話
昨日、結局ケイレンの予定を聞きそびれていたジュセルは、ケイレンが食べ終わったのを見計らって尋ねてみた。
「なあ、今日あんたの予定は?晩飯家で食うの?‥食材とかも買い足したいから、できれは今日から四、五日くらいの予定を聞いときたいんだけど」
炊事を含めた家事をこなすとなれば、食事の予定は掴んでおかねばならない。するとケイレンはお茶を飲みながら答えてくれた。
「えっと‥昼前には協会にちょっと顔を出さなきゃならないんだ。そこが片付けば、しばらく予定は入れないつもりだから」
「おう、じゃあ昼飯はいらないんだな?」
う、と返事に詰まったケイレンが、未練がましそうに小さく呟いた。
「本当はジュセルと一緒に食べたいけど‥さすがにそんなに早くは帰れないから‥でも、夜は一緒に食べたい。作ってもらっていいか?」
「もちろん、それが条件だしな」
ケイレンはふわっと優しい顔で笑った。心から嬉しそうな顔だった。
「嬉しいなあ、帰ってきたらジュセルがご飯作っててくれるなんて‥あ、そうだ」
ケイレンはちょっと待ってて、というと一度自分の部屋に向かい、何かを取ってすぐ戻ってきた。戻ってきたケイレンはテーブルの上に小さい袋を置いた。ガチャリ、と重たげな音がした。
「家のものとか食費とか、ここから使ってくれたらいいから。頃合いを見て少なくなってたら俺も補充するけど、足りない時は言ってくれ」
これは‥と思ったジュセルがおそるおそる袋を取り上げ中を確認してみた。中に入っていたのは大陸共通銀貨(共銀貨)ばかり‥八十枚以上。
「ばっ、おま、こんっ」
ジュセルはうまく言葉が出てこない口をパクパクしながら、じゃらっと共銀貨をかき集めると急いで袋の中に突っ込んだ。
何という大金を渡してくるのだ!
「どうした?ジュセル」
きょとんとした顔でのんびりお茶を飲んでいるケイレンの顔を見ていると、ジュセルは気が抜けてくたくたと椅子に崩れ落ちた。そのまま机に突っ伏したしまったジュセルに、ケイレンは驚いて立ち上がり、ジュセルの傍に来ておろおろと手をさまよわせた。
「ジュセル?どうした、気分でも悪いのか?」
「どうしたじゃねえよ‥」
ジュセルはゆっくり顔を上げてケイレンを見た。純粋にジュセルのことを心配している顔だ。きりりとした眉が少し下がっているのがなんだかおかしかった。
「‥昨日、会ったばっかりの俺になんていう大金持たせようとしてんだよ。俺がこの金を持ち逃げするとか考えなかったのか?」
「なんだ、そんなことか」
ジュセルの身体の具合が悪いわけではないと知ってほっとしたのか、ケイレンはにこっと笑った。そしてぽんぽんとジュセルの背中を軽くたたいた。
「ジュセルはそんな奴じゃないってわかってるし、何も心配してない。買い物とか面倒なことを任せちまうけど、ごめんな」
「‥はあ‥まあ、ケイレンがいいならいいけどさ‥」
上体を持ち上げて姿勢を正したジュセルは自分もお茶を飲んだ。美味しい。さすがにいいお茶だけあって香りもいいし味もほんのり甘みを感じさせる茶葉だ。前世で言うと少しお高い緑茶のような味わいだった。
「あ~うま‥」
「かわいいな‥ジュセル‥」
「は?」
気がつけば横で中腰になったケイレンがジュセルの顔を覗き込んでいた。顔を赤らめ、少し上気した顔でジュセルを見つめている。目元がほんのり赤く染まったその顔は色気が駄々洩れていて破壊力が凄まじい。
うん、俺、ケイレンに恋愛感情は持ってないはずなんだが。やっぱりこの、恐ろしいほどの整った顔が俺の気持ちをかき乱しているのか‥?
きっと、この規格外の美丈夫のせいだ。
ジュセルは今まで十六年間生きてきて、さらには前世の三十五年間を足して考えても、ケイレンほど美しいヒトを見たことがなかった。
この綺麗な顔面のせいだ、きっと一時の気の迷いだ、と心に言い聞かせる。
ケイレンはケイレンで、眺めているうちにジュセルの顔が赤く染まったのを見てまた身悶えていた。たまに名前を呼んでくれるだけで嬉しい。顔を見られるだけで嬉しい。
昨日は、自分の気が回らなくて怯えさせてしまったようだが、二度とそのような失敗はするまいとケイレンは固く心に誓っていた。
だが、自分に見つめられて俯きながら顔を赤くしているジュセルを見ていると、どうも胸の奥がむずむずして身体が動きそうになる。
いや、怖いと言われたばかりじゃないか。耐えろ。まだ出会って二日目だ。少しずつ、少しずつ距離を縮めていければいいんだ‥
「おいっ!」
ケイレンははっとした。すぐ目の前にジュセルの真っ赤な顔がある。知らぬうちにケイレンの右手はジュセルの頬をとらえ、その唇を自分の方に引き寄せようとしていたのだ。
ジュセルは自分の顔に添えられていたケイレンの手をぐいとどかして立ち上がった。少しケイレンから距離を取る。
「何しようとしてんだよ」
「すっ、すまないなんか身体が勝手に‥」
「そういうのもういいって」
ジュセルはそっけなくそう言って自分の茶器を取り上げると台所の方へ引っ込んだ。そのままそこでお茶のおかわりをついで立ったまま飲む。なぜ自分がこんなにもやもやとした気持ちになるのかわからなかった。お茶は美味しいのに、ちっとも心を落ち着けてはくれない。
「‥ジュセル」
ケイレンがそっと台所の入り口から顔を出した。真面目な顔をしている。調理台の上にカップを置いてケイレンを見た。
「なに」
ケイレンはゆっくりと近づいてきた。ジュセルのすぐそばまで来て、少し身をかがめる。ケイレンの秀麗な顔がジュセルの真正面に来た。
「ジュセルにとっては‥不快な話かもしれない。でも、俺は今まで生きてきてこんなに誰かに心を奪われたのは、初めてなんだ。正直そんなに人付き合いをよくしてたわけじゃないから距離感がわからないし‥けど、ジュセルの顔を見ていると嬉しくて愛おしくて触りたくなるんだ」
親 以外のヒトにそんなことを言われたのは初めてだ。真摯な態度のケイレンに、ジュセルは目を逸らすこともできず、ただその顔を見つめ返した。
「だから‥図々しいのは百も承知の上で、頼むんだが‥時々君に触れさせてくれないか?‥俺に都合のいいことを言ってるのはわかってる。でも、時々触れさせてもらえれば、無意識に触ろうとすることはなくなると思うんだ。無論、俺も気をつける」
そう申し出るケイレンに、ジュセルはするりと尋ねてしまった。
「何で‥何で俺?‥昨日会ったばっかりで、別に能力が高いわけでも顔がきれいなわけでもない、何の取柄もない俺なんかに‥そこが一番不思議で、信じられないんだ‥」
そういうなり俯いてしまったジュセルの手を、ケイレンはそっと取った。
「なぜ一目見てジュセルに惹かれたのか、それは正直俺にもわからない。でも‥昨日からジュセルを見ていても、どんどん好きになっていったぞ。ジュセルは真面目で、家族思いで、俺みたいな不審なやつにも親切で‥本当にいいやつだ。おまけにかわいいしな」
ケイレンはそう言ってジュセルの手の甲をさすってくれる。大きくて少しごつごつしたケイレンの手は温かくて、さすられているとなぜか心地よかった。
「‥いいよ、時々触っても。‥抱きしめる、くらいなら」
ジュセルの言葉を聞いたケイレンは、目を見開いて一瞬固まったが、すぐにがばりと腕を回してジュセルの身体を抱きしめてきた。
「ジュセル、ジュセル‥ありがとう‥好きだよ、愛してる‥どうしてこんなにお前が愛おしいのか俺もわからないんだ‥」
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共銀貨は、およそ一万円くらいの感覚です。モノの値段は色々と違いますが‥。
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