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第14話
「だから、日をまたぐ仕事は当分しない」
「‥お前それマジで言ってんのか」
「さっきから何回も言っている。これまで俺は、ずっとお前の言うとおりに仕事をこなしてきた。そろそろ少し休んでもいいころだ。金には困ってないしな」
ヤーレは分厚い依頼書の束をばさりと事務机の上に放り投げた。かさかさと幾枚かが散らばって床に落ちる。
ケイレンは仕方なく立ち上がってそれらを拾い上げ、雑多に散らかっているヤーレの事務机の上に置いた。
ヤーレは恨めしそうにケイレンの顔を見やった。
「それって昨日の若者 のせいか」
「ジュセルのせい、という言い方はおかしい。俺がジュセルの傍を離れたくないだけだ」
美しい顔でまじめにそう答えるケイレンの言葉を聞いていると、気が抜けてくる。サッカン十二部族国内でも指折りの請負人 である自覚はないのか?と問いたいが、そんなものをケイレンが持ち合わせていないことは、ヤーレも承知のことだった。
ヤーレとケイレンとの付き合いはもう六年余りになる。ケイレンの親 は隣国カルカロア王国の出身だった。差別主義的な領主の圧政に耐えかねて、サッカン十二部族国に逃れてきたのだ。ケイレン自身はこの国で生まれ育っているため、隣国のことは何も知らない。ただ二人の親 はどちらも退異騎士だったらしい。そのおかげで小さいころから二人の親 達に鍛えられ、ケイレンは十四の時には親 達とともに退異仕事に同行できるほどの腕前を持っていた。
退異仕事は常に危険も伴うからと、親 の一人が請負人 の資格も取るように助言したことで、ケイレンは二つの仕事を兼任するようになった。
六年前、ケイレンの親 が、怪我と病とで相次いで亡くなったとき、よろしく頼むと言われていたのがヤーレだったのだ。ヤーレも退異師と請負人 の二足の草鞋を履いていたから、事情をよく知るものとして頼んできたのだろう。もっとも、ヤーレは退異師としては四級の腕しか持ってはいない。ヤーレは退異武器の回路にレイリキをのせるのが苦手なのだ。
対するケイレンはと言えば、退異師としても請負人 としても、腕はいいし顔面も整っているので富裕層や族長筋のヒト達からの受けもいい。ケイレン指名での仕事も途切れなくあるのだ。
今までは、「仕事をするだけ」の日々しか送っていなかったケイレンなので、その依頼が滞ることはなかったのだが、ジュセルの登場によりケイレンが日帰り単発の仕事しか当面受けない、と言い出したのでヤーレは頭を抱えるばかりである。
昨日の夜遅くに、族長子の一人から警護の仕事を依頼されたばかりなのだ。
確固たる意志を持ってこちらを眺めてくるケイレンに、ヤーレは肩を落として苦々しげに言った。
「‥わかったよ。お前の依頼希望を協会の方で共有しておく。だがそんなに長い間は止められないからな?それは理解しとけよ」
ヤーレがそう言うと、ケイレンは返事をせずついっと目を逸らした。‥この野郎。
「それから昨夜入ってきた族長子の警護、これは断るならお前が直接行って断ってくれ。協会としては一度受けてしまったからもう何も言えん」
ケイレンはいかにも面倒くさそうにヤーレを見て形の良い唇を引き結んでいたが、ヤーレが頑として引かないのを見て取ると、わざとらしくため息をついて手を出した。
「‥依頼書をよこせ」
ほらよ、とのせられた依頼書を見て、ふん、と鼻を鳴らす。ヤーレはまた畳みかけるように言った。
「断るなら今日中に行って来いよ」
「‥‥わかってる」
不機嫌そうにそう言い捨てて、ケイレンは立ち上がった。
請負人協会 と住宅街、それに付随する店舗や市場通りがある南北アラマサ地区の隣、ヤルガ地区。
東西の二区に分けられているこの地区は、東ヤルガ地区には官公庁関連の建物が多く、西ヤルガ地区にはそこで働く者たちの高級住宅が多い、という構成になっている。
また、西ヤルガ地区には、国名にもなっている十二部族の長たち関連の人々が多く住んでいる。
この世界には『苗字』『姓』『家名』といった考え方はなく、それに該当する語句もないことがほとんどだが、この国には連綿と続く十二の部族長が存在している。
もともと、十二の部族が連立してできたのがこの国なのだが、十二の部族に分かれていた時期があまりに古く、国民の中には自分が何部族の末裔に当たるのか知らぬものも多い。
その一方で、「部族」の裔を自認する一派があるのも事実で、その中で十二部族が決められていると言ってもよい。十二部族長になれば、「族長会議」への参加が認められ、国政を中心となって担うことができる。そういう意味では「同じ一派」の中で権勢を回しながら受け継いでいると言っても過言ではないだろう。
この一派の中に入っていなければ、一般の国民は政治の中心に食い込むこともできないのだ。
建前として国民による「入れ札」方式で選ばれる「部族員」という政治家もいるにはいるが、国家の最高意思決定機関が「族長会議」であることは動かしがたい事実であり、そこに一般国民が入ることはできない。
非常に閉ざされた仕組みを持つのが、この国の制度なのだ。
十二部族一派の中で伴侶を求め、生まれた子にまた「族長」を継がせていく、という仕組みは、この世界の中では非常に珍しいといえる。隣国、カルカロア王国では『国王選抜』が六人の領主によって行われるが、その領主は必ずしも世襲制ではない。
ケイレンに警護をよく頼んでくるのはこの一派に属する人々であり、今回また依頼をしてきたのはケイレンが苦手とする人物であった。現カラッセ部族長の第二子、ハリスである。
ハリスは三十四歳のシンリキシャで、伴侶はいない。シンリキが強いので(シンリキの高能力者 は、ヒトの精神に無意識下に働きかけてしまう)、能力封じの腕輪装着を義務付けられているほどだ。生業としては相談員をやっている。シンリキシャはヒトの深層心理に働きかけることができるので、不安定になった人の心を落ち着かせたり相談に乗ったりする仕事があるのだ。
ハリスは、身体つきはがっちりとしていてたくましいが、顔立ちは優し気でやわらかいヒトである。しかし、いつもねっとりとした視線を絡ませてくるこのシンリキシャが、どちらかと言えばケイレンは苦手だった。だが、依頼をヒトでより分けることは難しいし、部族長子という相手の立場もある。ゆえにこれまでは何度か、警護の依頼を受けていた。
西ヤルガ地区にある、ハリスの診療所を訪れることにしたケイレンは、できるだけ滑らかに依頼を取り消してもらいたいと考え、ハリスの好む酒を用意しておいた。
静かな街の中にある診療所の扉を開ける。待合に客はおらず、カウンターにはハリスがいた。こちらを見ると、嬉しそうな顔をしてカウンターから出てきた。
「あら、さっそく来てくれたのかい?嬉しいね、ケイレン」
「こんにちは。ええ、仕事のことでお話がありまして」
そう言ったケイレンを見て、にこりと笑う。シンリキシャだけあって物腰は柔らかく人当たりがいい。
「いまはお客さんもいないから、どうぞこちらへ」
そう言って応接室のようなところに通された。
ハリスの診療所を訪れるのは、ほとんどが部族長一派や政治に深く関わっている、いわゆる「上流階級」のものたちだ。ここは完全予約制で、しかも速信鳥か機工通信でしか予約が取れない。一般市民が手軽にとれる連絡手段ではないため、結局客は富裕層に限られてくる。
普段、受付業務をしているマリキシャが香りの高い茶を持ってきてくれた。ハリスは柔らかな椅子をケイレンに勧めながら、自分も向かいに座った。
「どうしたの?警護は十日後からでお願いしたんだけど。ケイレンは忙しそうだから早めに依頼をかけたんだよ」
そういうハリスに、酒の包みを押しやりながらケイレンは一息に言った。
「すみませんが、今回の依頼はお受けできません。これは俺からの詫びです」
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