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第18話

ビーッとブザーの音がした。食事室にいた二人は、はっとしてお互いを見合った。 「お客さん?なら‥ギリ応接室使えると思うけど」 そういうジュセルに、ケイレンは手で軽く制しながら言った。 「俺の家まで呼んでる客なんかいない。‥誰だ?ちょっと見てくる」 ケイレンがそう言って玄関の方へ向かっていった。ジュセルも気になって、その後ろにそっとついていった。 ケイレンが玄関ホールの扉に手をかけたとき、ホール入り口の廊下側にこっそり身を隠して様子を窺う。 ケイレンがガチャリと扉を開けた。 「ようケイレン!オジャンの血抜きができたから持ってきてやったぜ!一番うまいブリアノ部分だ!」 大きな革袋を肩に担いだ大柄なヨーリキシャの、大きな声が玄関ホールに響き渡った。 「オスラか‥」 「そりゃ、この家に来るのなんて俺かティズルくらいしかいねえだろ。肉は半分は香草と塩で漬けてあるからな‥どした?」 「あ、いや‥今日来るとは思ってなかったから‥ああそうだ、ジュセル!」 振り返ったケイレンに大声で呼ばれて、そろりとホールへの出入り口から顔を出してみた。 扉の所にいるヨーリキシャは随分と身体が大きい。かなり大柄なケイレンよりもまた頭二つ分くらい背も高く、身体の幅も分厚そうだ。身長は二メートルを超しているかもしれない。顎周りのもっさりとした赤毛の髭であまり顔立ちは見えない。が、そこそこ年配のヨーリキシャに見えた。 手招きするケイレンに従って、そのまま玄関扉の近くまで行く。ヨーリキシャはホールの半ばまで入ってきて、よいしょと大きな革袋を下に置いた。 ケイレンの隣まで行くと、ジュセルの肩にケイレンが手を置いて言った。 「一応、紹介しておく。ジュセル、こいつは獣肉加工業者のオスラだ。俺が解体した肉を食えるように加工してくれたり、普段の食事のための肉を持ってきたりしてくれてる。だからたまにここに来るから覚えてて」 「うん、いい光ですね、ジュセルです」 オスラは細い目を目いっぱい開けてジュセルを見ると、ぐわっと大きく口を開けて笑った。 「がっはあ、ちっちぇえキリキシャだな!ちゃんと飯食ってるか?いい光だ、俺がオスラだ。オスラと気軽に呼んでくれ。今日はオジャンのブリアノ肉をたんまり持ってきたからな!いっぱい食ってデカくなれよ!」 がっははは、と豪快に笑いながら、オスラは持参してきた革袋を指さした。ケイレンは素早くオスラとジュセルの間に入って言った。 「オスラ、ジュセルは俺の大事なヒトだ。いつか伴侶になってほしいと思ってる。変なちょっかい出すなよ。後、変なやつも紹介するな」 至極、真面目な顔をしてそう言い切ったケイレンに、オスラは一瞬ぽかんとした顔でケイレンとジュセルへ視線を何度も往復させた。 ジュセルが何と言えばいいのわからず、愛想笑いを浮かべていると、「ぐっ!」と息を吸い込みぶふぉっ!とはき出しながら大笑いをし始めた。ひいひい息が詰まるほど笑っていて、ジュセルはもうどう対応するのが正解なのかわからないまま突っ立っているしかなかった。笑われていると思しき党のケイレンは、なぜか仏頂面でオスラとジュセルの間に仁王立ちしている。 「ぶはっ、ひっ、お前、ぐくっ、それって、うぐふっふっ、全く今、ぶほっ、相手に、されて、ねえって、ぐはははっ!」 ひーひーと笑い転げているオスラに、とうとうケイレンがその身体をぐいぐいと押して外へ追い出そうとし始める。 「もういいから出てけ、邪魔だから」 「ひー、はああ、うん、頑張れ、頑張るしかねえな!帰りにもしティズルに会ったら、ケイレンが、ぶふっ、一緒に住んでる想いビトに必死になってるって伝えとくぜ!」 ぐいぐいと大きな身体をケイレンに押し出されながらも、オスラはジュセルの方を向いてにいっと笑った。 「ジュセル、俺の店は市場通りの広場東にあるぞ!「オスラ肉加工」の看板出してっから、遊びに来い!」 「行かなくていい!」 ケイレンの大声に負けじとゲラゲラ笑いながら、オスラは帰っていった。 オスラが帰った後、バン!と乱暴に扉を閉めてからケイレンははーっと大仰なため息をついた。そしてちらりとジュセルの方を見てくる。ん?とその顔を見つめ返すと、迷ったようなそぶりを見せつつ話しかけてきた。 「あー‥オスラは世話焼きでさ、いいヒトがいるぞとかこいつお前に気があるぞとかすぐ言ってくるんだよ‥本人は完全に善意で言ってんだけど、結構それが迷惑で」 ああ、いわゆる「仲人気質」のヒトなんだなとジュセルは思った。前世でもやたらにカップルを成立させようと動きたがる人々がいたことを思い出す。 ケイレンは心底迷惑そうな顔をした。 「俺にもそういう話を今後持ってきてほしくないけど、ジュセルには特に、絶対持ってきてほしくないから‥あいつが誰かに会わせたがっても絶対に会わないでくれ」 あまりに必死の形相で言うものだから、ついジュセルもそれを見て笑ってしまった。 「あは、わかったよ、俺今そういうのあんまり考えてねえし大丈夫」 そう返事してやれば喜ぶかと思いきや、ケイレンはぎゅっと秀麗な眉を寄せて顰めつらを作った。 「‥‥俺に対しては、そういうの考えてほしいと思ってるけど‥」 ‥なんだか難しい。 オスラが持ってきてくれた革袋はずっしりと重く、とてもではないがジュセルには台所までは運べなかった。それを見てケイレンがすぐにひょいと持ち上げ台所まで運んでくれた。やはり、筋トレに励まねば、と気持ちも新たに心に誓った。 調理台の上に出してみれば、見事な霜降りの肉が大きな塊で入っていた。オスラが言ったとおり、半分ほどは香草と塩で覆われていて、残りの半分ほどは綺麗な肉の状態だった。昔テレビで見たような霜降りの塊二つ、脂の少ない赤みのような塊が二つ。それぞれ生のものと香草塩漬けのものになっていた。 早速肉を切り分け、用石仕様貯蔵庫(れいぞうこ)に保温用石を嵌め込んで電源を入れてからそこに収納した。当分は肉を買わずに済みそうだ。 「おれ、オジャンの肉って食べたことないんだよな。このオジャンはケイレンが討伐したやつか?昨日、角持ってたけど‥」 大包丁で切り分けながらケイレンに尋ねると、嬉しそうに頷いた。 「うん、オジャンは夜半から夜明け前が一番おとなしいからな。昨日朝から討伐に行ったんだ。二頭仕留めて、一頭は他の請負人(カッスル)に分けた。一頭を粗く解体して、討伐証拠に角だけ持っていって‥ジュセルに会えた」 ふふっと笑み崩れるケイレンは、美しい顔なのだがどこか可愛らしさもあってまたジュセルは見とれてしまった。手が止まっていることに気づき、ケイレンの顔を見ないようにしてまた手を動かす。 「オッ、オジャンってすげえデカい野獣だよな?どうやって倒すんだ?」 「んー、その時によるかな。今回は罠と並行しての武力行使だった。シンカンの森の奥の方から、デカい個体が三頭くらい迷い込んできてたらしくて。シンカ村に被害が出始めちゃって」 まるで大したことでもないように淡々と言うケイレンだが、ジュセルはその話を聞きながら、 (自分はそういう依頼を受けることはないだろうな‥) と考えていた。武術や剣術を教える修練場は、街の中にいくつもあるが、やはりそれなりの束脩(=謝礼金)が必要だ。今からは日々の生活費や将来に向けての金なども稼いでいかねばならないのだから、ジュセルに武術や剣術を習う暇も金の余裕もない。 ふと気になって尋ねてみた。 「ケイレンは、剣術は誰に習ったの?」 ジュセルの言葉を聞いたケイレンの顔が少し曇った。だがすぐにまた笑顔で答えてくれる。 「俺の(シンシャ)は、二人とも退異師だったから‥小さい頃から鍛えられてた感じかな。もう、二人とも死んだけどね」 「そうか‥寂しいな」 なんだか悪いことを訊いてしまったのかもしれない、と思ったジュセルは謝罪のつもりでそう言った。その時のケイレンの瞳には感情が見えず、凪いでいるように見えた。 「そう、だな。‥でも今はジュセルが来てくれたから嬉しいよ。‥そのオジャンの肉は岩塩をかけて焼いただけでもうまいぞ」 ジュセルの手元を見ながらケイレンが明るく言うのを聞いて、ジュセルもそれに答えた。 「ああ、卵もあったから塩釜焼にしようと思う。窯も掃除できたし。そうすれば二、三日は食えるだろ」 「ええっ、ジュセルそんなのも作れるのか?!」 ぺろっとジュセルは舌を出した。 「いや、知識があるだけ。失敗したらごめん」

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