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第19話
ジュセルは自信なさげだったが、たっぷりの塩と卵を使って焼かれたオジャン肉の塩釜焼は絶品だった。無論、元のオジャン肉が最高級品であることも大きかった。
ジュセルは初めて食べたオジャン肉の旨さに悶絶した。
「うっっまあ!延々食える‥なんだろ豚と牛といいとこどりみたいな味‥」
「ジュセルに気に入ってもらえてよかったよ」
ケイレンは目を細めてジュセルを眺めた。オジャンの肉を口に入れるたびに目をみはって美味そうにもごもご咀嚼するジュセルがたまらなくかわいい。オジャン討伐を引き受けてよかった。そして、帰ってすぐに解体作業をしててよかった。
そのおかげで今、こんなにかわいいジュセルの顔が見られている。
ごくり、とオジャンの肉を呑み込んでジュセルが促す。
「ケイレンが獲ってきた肉なんだからもっと食えよ、それとも、あんまし美味くない?結構いい感じにできたと思うんだけど‥」
「美味い!美味いよ勿論!ただついついジュセルを眺める方が優先されるだけで‥」
「‥‥ぶれないね、あんた‥」
慌てて塩釜焼のオジャン肉を頬張るケイレンを見ながら、ジュセルは呆れてそう呟いた。
まだこのマリキシャと出会って二日ほどしか経っていないが、これだけまっすぐに好意をぶつけられてしまえば、さすがにジュセルもその気持ちを疑うことはなくなってきた。
「なぜ自分を?」という気持ちは消えないが、理由はわからずともこのヒトは自分を本当に好いてくれているのだな、と素直に思える。
前世を合わせても、親兄弟以外からこんなにまっすぐで曇りのない好意を寄せられたことがない、と思っているジュセルにとってはそれはまぶしいものだった。
「‥この肉まだ結構あるし、当分はこれで飯を作るよ。明日からは俺も依頼を受けに行くけど。朝と晩は作る。ケイレンも、朝と晩は家で飯を食うって考えてていいんだな?」
「ああ、うん、当分俺も仕事は休むつもりだし‥よかったらその、ジュセル」
「なんだ?」
飲むようにして肉を次々口に放り込んでいたケイレンが、フォークを一度机に置いた。そして、ジュセルの顔色を窺うようにしておずおずと言いかける。
「‥‥ジュセルの、依頼についていきたいんだが、構わないだろうか?」
「‥‥‥はあ?」
突拍子もない申し出に、心の底からの疑問の声が思いがけず大きく出た。ケイレンはその声を聞いてびくっと肩を震わせ、ジュセルと目を合わせないようにして早口で言った。
「いや、ほら、駆け出しの初級請負人 には、たまに面倒を見るっていうか、先輩が同行する仕組みがあってさ」
ジュセルは淡々と説明するケイレンをじっと見つめながらそれに返事をした。
「‥それは、ほとんど請負人 の仕事をしたことがないヤツが、金を払って上級者に依頼するヤツだろ?‥俺はそんな依頼は出してねえ」
「あ、うん、そうなんだけどさ、でも誰か一緒にいた方が便利だったりするだろ?だからジュセルが困らない、ように出来たらいいなって」
「‥‥で?お前は何でそんなことがしたいのか、本当のところを言えよ」
厳しい目を崩すことなく、じっとケイレンを見つめているジュセルに、ケイレンはたくましい身体を縮めるようにしおしおとなって項垂れた。
「‥‥ジュセルと一緒にいたいだけ、だ‥」
はあ〜っとジュセルは大きく息を吐いた。
本当にこの素晴らしく美しい、腕も立つヒトが、なぜこんなに自分に執着してくるのか皆目見当がつかない。ただ、ケイレンの好意はあまりにまっすぐで疑う余地はない。‥こんなにいい家に住まわせてもらうことになったし、美味い肉を食うこともできた。きっとこれからも色々世話になることがあるかもしれない。
だとしたら、面倒でも始めだけはあちらの言うことを受け入れて、こちらもケイレンがどういった性格、性情をしているのか、しっかりと見極めておくのもいいかもしれない。
「‥わかった、けど邪魔はするなよ。それから俺がやめろって言ったらやめてくれよ。特に俺に触ったりするやつ」
ジュセルのその言葉を聞いて、ケイレンはぱっと顔を上げて満面の笑みを浮かべた。その笑顔はまた一層秀麗で、思わずジュセルも見とれてしまった。
顔はいいんだ顔は‥本っっ当に顔がいい!
「本当か?ありがとうジュセル!嬉しいなあ、ちゃんと言うことは聞くから!何でも手伝うからな!」
「それ!」
言われてジュセルはびしりとケイレンを指さした。いきなり指を指されたケイレンは驚いてジュセルを見た。
ジュセルは苦い顔をしてケイレンに言った。
「手伝うな!絶対に手を出すな。俺が受けるのは初級の依頼だ。それを二級に手伝ってもらったなんて噂が立ったら、まともに依頼も受けられなくなる!特に依頼を受けてるときは俺から少なくとも十メート‥1カート(=約九メートル)は離れてろよ!」
「い、1カート‥」
ケイレンが行き場のない手をわなわなさせて、衝撃をこらえる顔をしている。が、ジュセルは知らぬ顔で食事を続けた。割合ヘビーなオジャン肉に、この野菜くずから出汁を取ったスープはよく合う。我ながらよくできたとも思う。
ケイレンは食事を続けるジュセルを見つめながら、あーうーと唸り声をあげ、何やら色々と思案したうえで低い声を絞り出してきた。
「‥‥ジュセル、の邪魔をしたいわけじゃない、から‥気をつける‥」
「絶っっっ対だからな!」
「‥わかった‥」
これが犬なら耳を伏せて頭を下げて、尻尾はくるりと股の下に入っていることだろう。それくらいしょんぼりしているケイレンに、またやれやれと息をつきながらジュセルは夕食の後片付けをした。
その後、ケイレンは馬の世話をしに行くと言ったので、念のためジュセルも見学させてもらった。六本足の馬はかなり大きくて、近寄るのにもためらわれるほどだったが、よく見ればその目は優しかった。馬たちは、一瞬身動きすることなくじっとして、ジュセルのことをじっと見つめていたが、おそるおそる飼い葉を差し出せば、嬉しそうにジュセルの手から食べてくれて、ほっとした。
厩の掃除の仕方や、寝藁のありかなどを聞いて頭に入れる。基本的にはケイレンが世話をすると言っていたが、覚えておいて困ることはない。
厩の世話をすると、身体中が藁屑まみれになってしまう。ジュセルは満を持して浴槽に湯を張って風呂の支度をした。久しぶりに湯船に浸かれると思うと自然と顔がにやけてくる。それを見たケイレンが、嬉しそうに微笑んだ。
「そんなに風呂好きなの?」
「うん、まあな。ウチには浴槽がなかったから、公衆浴場に行かないと湯船に浸かれなかったし。久しぶりだから嬉しいな‥五日に一回くらいでもいいから、湯を張ってもいいかな‥?温用石は俺が嵌めるから!」
ケイレンは顔じゅうをほころばせながらジュセルの頭をわしわしと撫でた。
「毎日でも沸かしていいよ!温用石なんていくらでも置いとくから!」
「いや毎日はいいです‥」
ここで暮らしているとケイレンに甘やかされて自分がダメ人間になってしまう予感がする‥!ちゃんと自分で自分を律するようにしよう!とジュセルは固く心に誓った。
掃除の行き届いた浴室は、立派な造りで壁にはきらきら光る粒子が入った白いカカグ石が使われていた。これも磨くまでは全く気づかなくて、掃除してから驚いたものだ。浴槽も木桶型ではなく、カカグ石をくりぬいて作られたどっしりとしたものだった。もう一つの浴室の浴槽は陶器で作られた豪奢なものだったが、よく確認してみると割れやひびが入っているようだったので、今使用している浴室を先に掃除したのだ。
身体をゆったり伸ばしてもなお余裕がある浴室は、タイルで飾られた寝台や椅子などもあり、使用人が傍で世話をすることを想定している造りになっていた。おそらく、それなりの身分がある人物が建てた家なのだろう。
(‥‥まさかあの玄関ホールで、野獣の解体されるとは思ってなかっただろうな‥)
あの、もわっとした血生臭い匂いを思い出して、ジュセルはくすっと笑った。
ジュセルが入れてくれたお茶を飲みながら、ケイレンはぼーっと椅子に座っていた。
‥嫌、正直心の中では葛藤を繰り返している。ジュセルのお風呂に、乱入したい、という望みを抑え込むために。
「いくらなんでもそれはまずい絶対まずい」
さすがにケイレンも、それがもはや変態の域に入るぐらいまずいことはわかっていた。
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