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第20話

しかし、欲求が止まらない。ジュセルを愛おしいと思う気持ちが止まらない。 手伝いは無用だ、と言い切ったジュセルの姿にまた惚れ直した。かわいいのにかっこいいところもあるなんて俺の伴侶は何と素晴らしいのか(まだ伴侶ではない)。 抱きしめることを許してもらったとはいえ、あのジュセルのしなやかな身体を抱きしめていると不埒な下半身が暴れ出しそうだ。 何より、昼間に思わぬ形でできたあの口づけが、ケイレンに希望を持たせていた。昨日思わずやってしまった口づけの時には苦く感じたジュセルの咥内が、今日は苦くなかった。ほんのりとした甘ささえ感じ取れた。 これは、僅かながらでもジュセルの気持ちがケイレンに向いていることを示している。 それを考えるとケイレンは嬉しくて、うわーーと走り出したい気持ちをどうにか抑えてここでぼーっとしているのだ。 努力して、ぼーっとしているのである。 この世界では、愛し合う者同士が気持ちを確かめ合うのに性交(セックス)をするのはごく一般的なことだ。今の自分の気持ちは、そして相手の気持ちはどうなのかを知るための手段でもある。よって、正式につきあう前に性交をする、というのはごく一般的だった(無論合意の上でのことではあるが)。 今日のジュセルがねだってきた口づけは、そういう位置づけのものだっただろうとケイレンは理解していた。ただ、ジュセルはまだ成人したばかりで気持ちの整理がつかないのだろう。 ‥‥だが、いい方に向かっている。 そう思えば思うほど、不埒な考えと欲望が頭を巡って離れないケイレンだった。 その後、風呂上がりの上気した顔で挨拶に来たジュセルの顔に、胸を射抜かれたケイレンが、毎日が気が咎めるなら一日おきに風呂を沸かそう!と強硬に言い出したことは、当然の成り行きだったといえよう。 翌朝、早起きしたジュセルはパルトの実を焼いてみることに挑戦していた。 パルトの実は、大きさが小さめのスイカくらい。分厚い皮を剥いて、適切な厚さに切り分けてから窯で火を入れる。この時少しでも火の入り具合が違うとうまく膨らまず、パンのような触感にならない。だからほとんどの家では焼いたものを買うのだが、せっかくの立派な窯を見て、ジュセルは一度くらいやってみようと思い買っておいたのだった。 しかし、まだここの窯の火加減もよく掴めていない中での挑戦だったので、見事に失敗してしまい‥煎餅のような焼き上がりになってしまった。しかも焦げ臭い。 どうしよう、と焦げ臭いパルトを眺めていて、ふと前世のオニオングラタンスープのようにしてみてはどうかと考えた。 そこで、焦げ臭い部分を削り落とし、玉ねぎに似た野菜と燻製肉を炒めてから、昨日取っておいた野菜の出汁の中に入れ軽く煮込んだ。出来上がったものを分厚いカップに入れて、乾酪(チーズ)をのせ、窯に入れて焼く。 その間に、卵と乳を混ぜオムレツを作る。焼きあがった頃に、ケイレンが台所までやってきた。 「いい朝だな、ジュセル。いい匂いもする」 「いい朝だ、ケイレン。パルトを焦がしたんだよ‥朝はパルトなしだ、ごめん」 「全然構わないよ。そうやって色々挑戦してみてくれるのは、俺としては嬉しい」 顔洗ってくる、と優しく笑ってから台所を出たケイレンにまた見とれてしまったジュセルは、はっとして自分の頬を両手でパチンと叩いた。 「うまい!なにこれうまい!」 ケイレンは大げさに見えるほどに喜んで、オニオングラタンスープもどきを食べてくれた。確かに、焦がしてしまったパルトはたっぷりと出汁を含んで柔らかく、スープに合う仕上がりになっていた。 「まあ、よかったよパルトが無駄にならなくて‥」 「いや、これ本当にうまい!俺好きだなあ~普通のパルトもいいけど、これまた食べたいよ!」 「‥ありがと」 ケイレンのカップは大きめのものを使ったのに、あっという間に平らげてしまっていた。全部でカップ四つ分作っておいてよかった、と思いつつおかわりを出してやる。相変わらずよく食べるヒトだ。 立ったついでにお茶のおかわりもついで持ってきてやった。その時、自分の分も入れて持ってきた。 今日の自分の分のお茶は、ジュセルの手製の薬草茶だ。昨日、最上級のオジャン肉に感動して莫迦のようにもりもり食べてしまったので、胃がもたれている。ジュセルは身体の状況に合わせて飲める薬草茶を何種類か作って常にストックしている。 少し苦みのあるそれは、焙煎をかけた木の実も入っているので香ばしい。かすかに珈琲の雰囲気も味わえるので、自分でも気に入っている薬草茶だった。 食事室に持っていって自分のお茶を飲んでいると、くん、と鼻を利かせたケイレンが不思議そうにジュセルのカップを眺めた。 「ジュセル、何飲んでるんだ?」 「ああ、これは俺が作った薬草茶。昨日の肉がうますぎて食いすぎちゃったから‥腹が気持ち悪かったりもたれたりするときは飲んでるんだ。後、腹を下してる時にも結構飲んでる」 「へえ‥少し俺にももらえないか?」 ジュセルのお茶は残っている分を全部カップについでしまったので、仕方なく自分のカップをケイレンの前に差し出した。 「もうこれしか残ってねえから。飲みさしで悪いけど」 ケイレンはぱちぱちと何度も瞬きをしてジュセルの顔を見た。かーっと頬を朱に染めて「あ、ありがとうな」と言いながらそのカップからお茶を飲む。するとケイレンの顔つきが引き締まった。 「ジュセル、これマリキシャ‥高能力(コウリキ)のマリキシャに飲んでもらったことあるか?」 「え?いや知り合いにそんな人いないし、これはもう自宅用だから‥家族以外に飲ませたことないけど」 カップを手にしたまま、ケイレンは少し考え込んでいる。マリキシャは生体に干渉する能力の持ち主だ。何か悪い作用でもお茶から感じ取ったのだろうか、とジュセルは不安になった。しかし家族がこれを飲んで体調を崩したことはない。 「ケイレン、なんかまずい?このお茶おかしいのか?」 何度か、何かを確かめるようにしてお茶を舌にのせているケイレンを見ながら、ジュセルは尋ねた。ケイレンはその声にハッとして笑顔を作り、ジュセルの方を向いた。 「ああ、ごめんごめん。いやそんなことないよ。むしろ‥これはマリキの体内の巡りをすごく良くする作用がある、と思う。いつもより‥うん、力に溢れている感じがする」 「へえ‥?」 いいこと、だとしたらなぜケイレンは少し難しい顔をしているのだろう、ジュセルの不安は消えない。そんなジュセルの顔に気づいて、ケイレンはお茶のカップを返して言った。 「ジュセル、このお茶、他のヒトには当分飲ませないでいてくれるか?それから茶葉の状態のものがあるなら少し分けてほしい。調べたいことがある」 「え‥俺、何種類かお茶作ってるんだけど‥全部渡した方がいいかな‥?」 「他にも種類があるのか‥うん、できれば全部少しずつ分けてくれるかな」 「わかった、‥‥でも、理由を教えてくれ。不安になるよ、家族にも飲ませてたし」 そう言って不安げにケイレンの顔を見つめるジュセルに、ケイレンは微笑んだ。 「‥そうだよな、ごめん。‥これ、結構体内を巡る力素(りきそ)に影響を与えそうな気がするんだ。万が一、何かに悪用されたらジュセルが思いもよらない事態に巻き込まれるかもしれない。だから、請負人協会(カッスラーレ)の解析師に、これをしっかり解析してもらった方がいいかなと思って‥」

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