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第31話

「ジュセル、まだ起きてたのか」 風呂から上がってきたらしいケイレンが、上半身裸のままジュセルの傍に寄って来た。美しい裸体を惜しげもなくさらけ出している。 ‥ああ〜なんかこういう彫像とかあったよな、ギリシャ彫刻っての‥?顔もよけりゃ身体つきまでこんなにたくましくて綺麗って本当こいつ‥ 「どうした?」 思わずじっとケイレンの上裸を凝視してしまっていた自分に気づかされ、はっと目を逸らす。赤くなったジュセルの顔を見て、ケイレンは嬉しそうにジュセルに近づいた。 「‥俺の身体、好き?触る?」 「さっ、触らない!!」 赤い顔をふいっと背けたジュセルがかわいい、と思う。先ほど感じたあの違和感は気のせいだったのかもしれない。そう考えながらケイレンは、後ろからジュセルの頭に触れようとして声をかけた。 「ジュセル、触れてもいいか?」 「‥待って、聞きたいことがある。座って」 固い声でそう言いながら食事室のテーブルを指さしたジュセルに、ケイレンは唇を引き結んだ。 大きなテーブルに向かい合って座る。ジュセルが口火を切った。 「ケイレン、今日の”裏”の狙いって俺だよな?」 断定するようなジュセルの言葉に、びく、と一瞬だけケイレンの眉が上がった。‥やはりそうか、とジュセルが思った時ケイレンが素早く返事をした。 「違うよ、狙いは俺だよ。‥ジュセルが狙われる理由がないだろ?」 ケイレンはごく普通の顔をしてそう言い切った。 だからこそ、違うのだ、ということがジュセルにはわかった。 ケイレンが風呂上がりの自分を見るときはもっと蕩けたような顔をしていたし、無意識に手をジュセルの方へ近づけようとする。 しかし今のケイレンは、「普通」の顔をして、手もテーブルの上で固く握りしめたままだ。 こういうところが、アニスとの年季の差なのだろう、とジュセルは思った。 「ケイレン、俺わかってる。俺が狙いなんだって。あの”裏”のやつだってそう言ってたじゃないか」 「そんなこと言ってなかった」 「言ってたよ、『お前が四六時中、守っていくのかい?』って。お前っていう言葉が指しているのがケイレンなら、守られているのは、俺しかいない」 ジュセルはそう一気に言い切って、また正面からケイレンの顔を見つめた。蒼く澄んだジュセルの瞳に射すくめられたように感じられて、ケイレンはたまらず目を逸らした。 ジュセルはそれを確認してからふうと軽く息をつき、背中を椅子に預けて天井を見た。 やはり狙われているのは自分のようだ。 共金貨二枚とも聞く万能薬も使わせてしまったようだし、アニスの雇用費、防護機工躯体の設置と運営費用。ケイレンにどれだけ散財させてしまっているのかを考えると眩暈がしそうだ。 しかも、そのとんでもない費用を返せるあてもないと来ている。 どこを向いても自分の人生が行き詰ってしまっているような気がして、ため息しか出ない。目をつぶって額の上に手を置き、ぐるぐると考えを巡らせた。 そのジュセルの様子を目の端で見ていたケイレンが、椅子に座り直して深いため息をついた。 苦しそうな顔をして、ジュセルの方をじっと見ている。ジュセルも、ケイレンが何か言おうとしていることを見て取り、その顔を見つめ返した。 「‥‥本当は、ジュセルに‥言いたくなかったんだけど」 そこまで言って言葉を切ったケイレンは、下を向いて辛そうに息を吐いた。そしてまた言葉を継いだ。 「‥狙われているのは、ジュセルだと思う。そしてその原因は、多分‥俺にある。俺のせいで、ジュセルは狙われている」 ジュセルはごくりと唾液をのみ込んだ。おそらくそうだろうと思っていたことでも、確定の事実として口に出されるとその事実がずしりと胸に重くのしかかってくる。 そういったジュセルの様子を見て、ケイレンは胸の内でほぞをかんだ。 追及を躱せない気がして事実を言ってしまった。ジュセルはきっと動揺しているだろう。これまでに命を狙われたことなどないに違いないし、普通に暮らしていれば陥ることのなかった事態だ。 ケイレンは心の裡で、何としてもジュセルを守り抜くという決意を新たにしながらも力なく言った。 「ジュセルに落ち度は全くない。俺が‥周囲を憚らずジュセルへの好意を露わにしたせいだ。自分の立場に対する自覚が足りなかった。‥‥何を言ってももう取り返しがつかないことだが‥すまない」 そういって頭を下げるケイレンを見て、ジュセルは何と声をかけるべきかと戸惑った。ケイレンは、ためらいなく高価な薬を使って自分を救ってくれ、すぐさまいろいろな手を打ってくれた。その事実がジュセルの心に強く残っている。 「‥でもケイレンは、俺を助けてくれただろ」 「当然のことだ」 「万能薬まで使って」 そう言われたケイレンの顔に驚きが走る。ばれていないとでも思っていたのだろうか。ジュセルは苦笑しながら言った。 「傷の治りや状況からいってもそうだろ?‥その分をケイレンに返せるのがいつになるかわからないけど‥アニスさんのことや防護機工のこともさ。そうやって俺のことを守ろうとしてくれてるのはわかってるから、そんな顔をするなよ」 そういうジュセルの顔が、ケイレンは見れなかった。成人したばかりの子に気を遣われていることが情けなかった。 「‥‥本当に、ごめん‥全部俺のせいなんだ‥」 「そうかもしれないけど!」 ジュセルが、たん、と軽くテーブルを叩いた。ケイレンはその音に驚いてジュセルの顔を見た。ジュセルは真剣な、少し怒ったような顔をしてケイレンを見つめている。 「人間、生きてたら色んな目に遭うのは仕方のないことだろ?それにケイレンは俺の命を守るために色々な手を尽くしてくれてるってわかってるよ。‥こんなすぐに命を狙われるとはさすがに俺も思っていなかったけど、でも思わぬ恨みを買うことはある、ってのはビルクにも言われてたから多少の覚悟はできてる。だから‥」 そこまで一息に言い切って、ジュセルはにやりと笑った。 「そんな、しょぼくれた犬みたいな顔すんな」 そう言ってジュセルは立ち上がった。明日はアニスの部屋の掃除もしたいし、色々話しあうべきこともある。きっと忙しい日になるだろう。 「よし、寝る!じゃな、いい夢を」 「っ、ジュセル!」 二階の部屋に行こうとするジュセルをケイレンは慌てて引き留めた。立ち上がってジュセルの傍に近づく。おそるおそる、ケイレンは声をかけた。 「触れても、いいか‥?」 ジュセルはふっと笑って腕を広げ、がっしりとケイレンに抱き着いた。これまでジュセルの方から抱きしめられたことがなかったケイレンは、衝撃のあまりに固まってしまった。 「‥ありがとな、ケイレン。頼りにしてる‥俺、戦えなくて、ごめん」 ジュセルからそう言葉をかけられて、ようやくハッとしたケイレンが、ぎゅっとジュセルを抱きしめた。 「守るよ、ジュセル。俺が絶対にジュセルを守る。傷一つだってつけさせない‥命を懸けても守るから」 温かくいい匂いのするケイレンの腕の中で、ジュセルは思わず目を閉じた。この腕の中は、どうしてこんなに居心地がいいんだろう。考えることを何もかもやめて、この腕の中でまどろんでいればいいような気さえしてくる。そっとケイレンの太い腕に手をかけた。このまま身を任せたいような欲求に耐えて、ぐっとその腕から身を離す。 「ありがと‥また、明日話をしよう」 そう言ってそそくさと二階に上がった。その後ろ姿を見送りながら、ケイレンは腕に残ったジュセルの感触をかみしめていた。

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