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第33話

何とかアニスとケイレンをうまくとりなしながら、ジュセルはお茶を淹れた。自分の作ったお茶で、少し鎮静効果のあるものを選ぶ。これだと味はまだましな方だ。 お茶を出すと、ケイレンもアニスも一瞬真面目な顔をした。そして二人とも慎重にごくりとお茶を飲む。なんだかその様子に緊張感を覚えて、知らず知らずのうちにジュセルは二人の様子をじっと見つめてしまっていた。 半分ほど飲み干したアニスがカップを置いてジュセルを見た。 「‥今回狙われなくても、早晩ジュセルは標的になったかもしれないね」 その言葉に驚いているとケイレンも続けて言った。 「アニスもそう感じるのか」 「まあね‥自慢じゃないけど私は|コウリキシャだ《能力が高い》からね。黒剣もこのお茶のことは知ってたのかい?」 ケイレンはじっとお茶のカップを見つめながら答えた。 「ああ、だから協会の解析師に今解析を頼んでるところだ」 「それがいいね。‥ああ、ジュセルそんな顔しなくてもいいよ。何も悪いことじゃない」 「あの、そんなに俺のお茶、何か変なのか‥?」 ジュセルは恐る恐る二人にそう質問した。アニスとケイレンは顔を見合わせ、しばらく黙っていたが、アニスが口火を切って話し始めた。 「悪い意味で言ってるんじゃないよ。今解析を頼んでるってことだから、その結果を待った方がいいとは思うけど‥私見で言うなら、このお茶はすごい代物だ。力素が一気に巡りがよくなってコウリキ状態になるし、欠けていた力素が補われる感触がある。ジュセルの身内は、そういう状態になったことはないのか?」 「あ~‥俺も含めて家族には高能力者(コウリキシャ)がいないから‥あんまり力素の巡りとかって実感してない、んだよな‥」 自分自身も高能力者(コウリキシャ)ではないので、自分のお茶を飲んでそんな風に感じたことはもちろんない。家族だって普通のヒトだからそういったことを言われたことはなかった。家族以外に飲ませたことなどほとんどない。ビルクにすら飲ませたことはないのだ。そう告げると、なぜかケイレンはほっとしたような顔をした。 「よかった‥ジュセル、大げさに聞こえるかもしれないけど、このお茶はコウリキシャならだれでも欲しがるような代物だと思うんだ。だからむやみにヒトに知らせない方がいいと俺は思って解析を頼んだ。アニスも同じように感じたのなら、効果はほぼ間違いはないだろうと思う」 ケイレンのその言葉を聞きながら、ジュセルは心の中で(自分が異世界での前世の記憶を持っていることと何か関連があるのだろうか‥?)と考えた。そのことをケイレンに言ってみようか、という考えが一瞬頭をよぎったが、そんな突拍子もないことを信じてもらえるとは思えなかった。 この世界には、いわゆる「宗教観」というものが薄い。皆、一様に現実的で目に見えるものを大事にして暮らしているといった感じだ。かといって畏怖の心がないわけではなく、ふんわりとした自然信仰のようなものはある。神、という言葉は通じるが、その概念はヒトによって捉え方がさまざまである、ということが、この十六年の中でわかってきていた。 つまり輪廻転生、といった考えも薄いのだ。「子果の巡りの中で再び出会う」という慣用句はあるが、これは恋人や伴侶などの間で言い交わされる愛の言葉として使われることの方が多い。 色々と考えを巡らせているせいで黙り込む形になってしまったジュセルに対し、アニスが気遣うように言った。 「怖がらせてしまったかな‥。まだ成人したばかりのジュセルには重い話ばっかりになってしまったよね」 そう言ってアニスが、テーブルの向かいから精いっぱい手を伸ばしてジュセルの手を握ろうとする。すかさずその手をケイレンが払いのけた。 「痛った!痛い黒剣!お前心が狭すぎる!」 「うるさい、ジュセルに触るな」 「狭量なやつは嫌われるぞぉ」 場の空気を明るくしようとしたのか揶揄うようなアニスの言葉に、ケイレンは真顔でばっとジュセルの方を向いた。自分はジュセルの手をしっかり握りしめながらぐいぐいと顔を近づけてくる。 「‥ジュセル、嫉妬ばっかりしてるやつは、苦手‥?」 はあ、とため息が漏れたが、できる限り優しく言ってやった。 「好みではねえな」 手を握ったまま、ガーンと衝撃を受けた顔をしているケイレンを横目に、ジュセルはアニスに話しかけた。 「このお茶のせいで狙われる可能性もあるってこと?」 「そうだね‥怖がらせたいわけじゃないけど、ジュセルをさらってどこかに閉じ込めて、お茶ばかり作らせよう、なんて悪いヤツが出てこないとも限らない。‥まあ、お茶の製法(レシピ)が流出してしまえばその危険性もなくなるとは思うけど」 「‥‥お茶のせいで身に危険が及びそうなら、製法を明らかにして逃げるっていう手もあるってことだな」 ケイレンはしつこくジュセルの手を握りながら真面目に言った。その言葉を聞きながらジュセルは自分の手をケイレンからもぎ離した。ケイレンは悲しそうな顔をしたが、ジュセルはそれに見て見ぬふりをした。 「じゃあ俺のお茶のことは置いておくとして‥これからどうすればいい?」 ジュセルが真顔で二人に向かって言うと、アニスもケイレンも考え込んだ。腕組みをしながらアニスは言った。 「とりあえず、朝も見回りはしたけど防護機工躯体に異常はなかったよ。この敷地内にいさえすれば、侵入者はすぐに感知できるから、そこまで奇襲に怯える必要はないと思う。‥ただ、この生活をいつまでするかだよね。ジュセルにだって、家の外に出たいこともあるだろうし」 ジュセルは大きく頷いた。 「今だって依頼を受けてる状態だから‥本当は今日もシンカンの森に行きたいけど、それって無謀だよな‥」 ケイレンが唸りながら顎を撫でた。 「そうだなあ‥とは言ってもいつまでもジュセルが依頼を受けずに生活するわけにもいかないだろうし」 そこまで言ってから、また少し思案する様子を見せる。三人の間にしばらく沈黙が降りた。 何分か経って、ふとケイレンが言った。 「ヤーレに頼んで新しい万能薬をいま調達してもらってる。ビルクのあの破裂玉もまだ来てないだろう?‥とりあえず、その二つが揃うまではできるだけジュセルはこの家から出ないようにしてくれないか?‥揃ったら‥森にも行ってみよう。相手の出方ももう少し測っておきたいしな」 アニスも頷いた。 「その辺が落としどころかな‥グーラは毒物の扱いに長けてるから、万能薬は準備しておきたいところだ。破裂玉っていうのは知らないけど、どういった代物なんだ?」 そう尋ねるアニスに、ケイレンが昨日の襲撃の一部始終を詳しく話して聞かせた。破裂玉の効果を聞くやアニスは目を輝かせた。 「すごい代物だね!私も欲しいくらいだ。‥しかし私が知らないってことは、『森のビルク』はその存在を明らかにしていないってことだな‥」 ジュセルも頷き、話を補足した。 「だから二級に上がらないって言ってたな。昔からのお得意さんにだけ、確実に自分の商品が届いたらいいって言ってた。無理をせずに作れる状態を保っておきたいんだって‥製法(レシピ)はシンリキ誓書で請負人協会(カッスラーレ)に預けてはいるみたいだけど、どんな製品を持っているかは三級以下なら一般に明らかにしなくていいからって‥」 「なるほどねえ‥噂にたがわず偏屈な請負人(カッスル)だな」 ピューイ、と口笛を鳴らしてアニスは感心したように言った。ケイレンも頷きながらジュセルの言葉を聞いていた。

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