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第34話

食事が終わり、アニスに訊かれるまま作っているお茶の種類を答え、試しに飲んでみたいとアニスに言われるも、ケイレンが「もう身体中満々に力素が満ちてるだろうが。その状態だと効能も実感できねえだろ」とキレ気味に文句を言ってきて、ようやく話が終わりになった。 その後は、まだ外には出られないので屋敷の中を掃除して回った。特にアニスが当面住むことになった二階の客室を念入りに掃除をする。掃除をしているジュセルの横で、アニスが壊れかけている寝台の修理に取りかかっていた。狭い部屋の中にジュセルとアニスを二人きりにさせたくないケイレンは最初部屋の中に陣取っていたのだが、「クソ狭いのに、邪魔!」というジュセルの一喝で、泣く泣く廊下側のドア付近で様子を窺うことになった。 アニスはさすがに請負人(カッスル)歴が長いだけあって、何をやっても手際が良かった。壊れかけた寝台を瞬く間に一度分解し、ぶつぶつと呟きながらどこからか木材を調達してきてどんどん作業を進めていく。魔法のように素早くなされるその作業に、ジュセルは感嘆した。 「すごいね!アニス、やっぱりヨーリキシャだから?色々わかるの?」 素直なジュセルの誉め言葉に、アニスも相好を崩した。 「そんなふうに言ってもらうと照れるなあ。‥まあ、多少材料や強度なんかはヨーリキを使ってわかることもあるけど‥こういう作業はやっぱり慣れが大きいかな。ジュセルも回数をこなせばこれくらい、すぐできるようになるさ」 「そうかな~、俺けっこうガサツなんだよな‥」 そう頭を掻きながら呟いたジュセルを見て、今度はアニスが目を丸くした。 「あれだけ料理を作れるのに、ジュセルがガサツってことはないだろう。料理はある程度手先が器用じゃないとできないもんだよ。回数さえこなせばきっとできるさ。‥まあ、ジュセルが何を専門にして生きていくかにもよるけどね」 大きな木材に細かく線を引いて、その通りに製材していきながらアニスは言った。 「ジュセル、俺もひと通りのことはできるよ、なんか、作ったりとか」 ドアの方から話をうかがっていたケイレンが飛びつくように言って主張する。ジュセルは、はあ、と息をついてケイレンの方を見た。 「‥ケイレンはさ、まず部屋を片付けるとか、周りが汚くなってたら危機感覚えるとかその辺のことから始めてほしいよ‥。」 「‥‥すいません‥」 この屋敷に来てからのことを思い起こしたのか、ケイレンがしゅんとなってもごもご謝ったのを聞き、アニスが笑いだした。 「あっはっは、いや、もうなかなかこういう黒剣の姿は見られないから‥面白いねえ~!」 アニスの笑い声を聞きながらケイレンは顔を顰めた。 「お前を面白がらせるためにここに置いてるんじゃないぞ」 「あっは、それはわかってるよ」 話をしながらも、アニスの手はどんどん滑らかに動いて製材を進め、今度はそれを組み立てていく。欠けていた部分がきちんと別の木材で補われ、寝台の形に整えられていくのは見ていても面白かった。 「‥ところでジュセルはどんな依頼を受けてるんだ?」 ジュセルはそのアニスの言葉を聞いて、今現在自分が依頼を受注中であることを思い出した。 「あ~‥採取の依頼‥今受けてる最中だったんだよな‥あと四日の間に採取し終わらないと未達成ついちまうな‥」 請負人(カッスル)の仕事にはほとんどの場合期限があり、その期限内に達成できない場合成功報酬が払われなかったり減額されたりする。何度も未達成が続くと依頼も受けづらくなり、昇給も難しくなる。 ジュセルの受けた薬草採取の依頼は、期限が五日。昨日で一日使ってしまったので残りの日数は四日だ。サラグアの数もまだ依頼された量には足りないし、残り三種類の薬草に至っては全く集められていない。 はあ、と軽くため息をついたジュセルにアニスが微笑んだ。 「それは気にかかるよな‥どうせ裏請負(ダスル)が来るなら、自宅だろうが森だろうがどこにいても来るんだろうしね」 軽く言われたアニスの言葉に、ああ、そういえば自分は命を狙われていたのだ、と自覚させられる。また沈んでしまったジュセルの様子を見て、アニスはしまった、と後悔した。 この年若い請負人(カッスル)は、そんな命のやり取りをする場所で生きてきたことがないのだ。気丈に振舞ってはいるが、内心きっと恐ろしく思っているに違いない。自分が荒事の中で生きているせいで、ついつい他人のそういった心情に疎くなってしまう。そのような自分自身を戒めながら、アニスはジュセルの肩をぽんぽんと叩いた。 それを見ていたケイレンがドアの方からまた声をかけた。 「アニス!ジュセルに触るなって言っただろ!」 ジュセルは気分が落ち込んでいたことも手伝って、ケイレンのその言い方にカチンときた。‥何でお前が俺に関わるヒトのことを色々勝手に決めるんだ? 「ケイレンうるさい、俺は別にアニスに触るなって言ってないだろ!そういうのは俺が自分で判断するから!」 そう言って立ち上がり、アニスの部屋からケイレンの脇を通りすぎて出て行き自分の部屋に入ると、バン!と音を立ててドアを閉めた。 ケイレンは、しまった、という顔のまま固まり、アニスにけらけらと笑われていた。 ジュセルは自分の寝台の上に寝転がって考えていた。 実感はなかなか湧かないが、命を狙われていることに間違いはない。となれば、身を守るためには今受けている依頼は断った方がいいのだろうか。一度引き受けた依頼を断るためには、違約金を払う必要がある。基本的に違約金は達成報酬の五割だから、今回のジュセルの場合共銀貨一枚と共銅貨五十枚の支払いになってしまう。 今後の収入の当てがない状態で、その出費はなかなか痛いものだ。 金の問題を言い出せば、きっとケイレンは自分が出すから問題ないとでも言うだろう。しかし、これ以上ケイレンに借りを作るわけにはいかない。‥百歩譲って、万が一ジュセルがケイレンの伴侶になったとしても、こういった金銭問題をすべて相手に解決してもらうような関係にはなりたくなかった。 とはいえ、今の状態でジュセルが依頼を達成するためには、誰か護衛についてきてもらわねばならなくなる。そうすれば護衛の費用も発生する。‥‥すでにアニスがケイレンによって雇われているから、ジュセルが森へ行こうが行くまいがその費用は変わらないのかもしれないが、何となく自分の都合だけで森へ行くのは憚られた。 「どうすればいいかな‥」 誰に言うともなく独り言ちた時、ケイレンが顔を覗かせた。 「ジュセル‥」 ケイレンの声を聞き、その顔を確認すると、ジュセルはどういう態度をとっていいかわからなくなって、ふいっと顔を背けた。顔を逸らされたケイレンは少なからず衝撃を受けた様子だったが、それでも控えめに声をかけてきた。 「あのさ‥昼飯食べない?何か買ってきてもらおうかなって思ってるんだけど‥」 ドアの隙間からそうおっかなびっくり声をかけてくるケイレンに、ジュセルは目を閉じて静かに息を吐いた。 自分はケイレンに何か言える立場ではない。‥こんないい家に住まわせてもらって、大金をかけて命を救ってもらって、これから先もしばらくは守ってもらう立場なのだ。 自分の都合ばかり言っている場合でもないし、そうできる立場でもない。そのことを自覚しなければならない。 ジュセルは目を開けた。 「‥ありものでよければ、俺が作る。オジャンの肉がまだあるし、野菜もまああるから‥コモで麺でも作るよ」 コモは、コメに似てほのかな甘みのある穀物である。そのまま炊いても米のようにはならないが、挽いた粉を使って麵にしたり団子にしたりして食べる。色は薄茶色なので、麺にするとぱっと見蕎麦のように見えるが、味はどちらかといえばベトナムのフォーに似た味わいだ。 「ありがとう、ジュセル。悪いな、掃除とかで疲れてるのに‥」 俯き加減にそう言ってくるケイレンに対して、ジュセルはたまらない気持ちになった。 俺が命を狙われてるのは、間接的にこいつのせいで でも、俺の面倒見てくれてるのも、命を助けてくれたのもこいつで、高額な万能薬を使ってくれたのもこいつで この先も命の保証はなくて、無事に過ごすためにはこいつに頼らなくちゃならなくて でも、俺を見て顔を赤らめて笑うのも、真剣な顔でキスしてくるのも、飯をうまいと言っていつも笑って食ってくれるのも、どうでもいいことで嫉妬する様子を見せるのも やっぱりこいつで。 そこまで考えたとき、ぼろっと涙がこぼれ出た。次々と頬を伝う大粒の涙に、ケイレンだけでなくジュセル自身が驚いた。

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