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第41話
「くくっ、ジュセルそんな慌てなくてもいいよ。‥ケイレンは頼まれなくてもあんたの傍にいるだろうさ、きっと」
優しくそう言ってから、「ねえ、ジュセルのお茶淹れてくんない?なんでもいいからさ」とねだった。ここに滞在するうちにアニスはすっかりジュセルのお茶が気に入ってしまい、何度もねだっては飲んでいる。言われるがままに手持ちの中から茶葉を取り出して湯を沸かす。それを待っている間にもアニスは話し続けた。
「‥ジュセルは多分、色んなことを考えて頭の中がいっぱいになってるんじゃないかと思うけど‥あんまり考え過ぎずに気持ちに素直になるのがいいと思うよ。‥それが、だんだんできなくなったりもするからさ。ジュセルのいいところは素直なところなんだから」
「気持ちに、素直に‥」
急須を持つ手を止めて、ぼそりとジュセルは反芻した。‥それが、とんでもなく難しいことに感じるのに。
沸いた湯を急須にさし、茶葉を蒸らす。しばらく時を数えてからくるりと急須を回し、カップに注ぐ。ジュセルのお茶はどれもやや苦い。そこで、朝食の後の時間に焼いておいたパウンドケーキもどきを一緒に添えて出してやった。アニスは喜んでまずそのケーキを頬張った。
「ん~!うまい!ジュセルの料理ってなんか不思議なんだよなあ。うまいんだけど、なんか初めて食べるような感じのものが多くってさ」
「そ、そう‥?美味しい、って、言ってもらえるのは嬉しいよ‥」
アニスの言葉にややドキドキしながらジュセルは取り繕った。
今世の実家にいる時も、前世の味が懐かしくて色々と試行錯誤したものだ。似たような調味料や材料はあるが、完全に同じものはなかったりするため再現には至らないものがほとんどだった。このパウンドケーキも分量が単純だったことと、材料がそこまで高くなかったこととで試行錯誤ができたものだった。無論この世界にも甘いものは色々あってそれなりにうまいのだが、やはりどうしても前世で食べた色々なものが懐かしくなってしまうのだ。
だから、ケイレンと初めて行った店で食べた「ショートケーキ」は衝撃だった。
あれはどうも材料や器具も手に入りにくいようなので家で作るのは早々に諦めたのだが、あれを食べたことによって、他にも何とか再現できるものがあるんじゃないか、とまたジュセルは試行錯誤を繰り返していた。
今のところ近い形でできたのは、パウンドケーキとクッキー、オムライスにハンバーグだ。味噌汁はそもそも味噌に相当する調味料がないので作れなかったし、和菓子はあんこにできる豆がどうしても見つからず挫折していた。
アニスは大きな一口でまたパウンドケーキを頬張るとお茶を口に含んだ。
「うん、このお菓子とお茶、凄く合うよ。うまい!いや~今回本当に当たりの仕事だな~」
「アニスは普段の仕事の時、食事はどうしてるんだ?」
ジュセルの問いに、アニスはケーキをごくりと飲み込んでから答えた。
「移動の時は携帯食が多いかな。食事の面倒まで見てくれる依頼主の場合は、一緒に食事させてくれることもあるけど、食事は別で、ってところの方が多いからね」
「俺、携帯食って食べたことないんだけど、どんな感じのものなんだ?」
アニスは柳の葉のような眉を少し寄せた。
「ん~‥まあ、味気ないよ。乾燥させたものばかりだからね、肉も野菜も。水で戻して食べるか蒸して食べるか。火が使えないところだと、水と一緒に無理やり飲み下すような感じかな。‥食事、っていうより作業だね、あれは」
嫌そうにそういうアニスを見て、なかなか旅というのもつらいものなのだな、とジュセルは思った。ジュセル自身はイェライシェンから出たこともないし、国内でさえ長い距離を移動したことはないので、この世界における旅というものがどういう位置づけになるのかさっぱりわかっていなかった。
「俺、イェライシェンから出たことないし、旅もしたことないからさ‥携帯食ってそんなに味気ないものなんだね」
そう言われたアニスはお茶をすすってからカップを置くと、軽く肩をすくめてみせた。
「まあ、金があれば大型機工車なんかも手配できるだろうし、そうじゃなくても日程に余裕のある旅ならそんなことにもならないと思うよ。隊商会の旅はやっぱり仕事だからね‥あまり金はかけられないことが多いんだ。請負人 に余計な金をかけてくれる依頼主なんてめったにいないのさ」
「そっかあ‥護衛も大変だね‥」
納得顔でジュセルが頷いていると、アニスはアハハ、と明るく笑った。
「でもまあ、その分護衛の依頼料は高いよ。仕事の旅から帰ってきて、ここでゆっくり旨いものを食ったり自分の行きたいところに行ったりして楽しむのもいいしね。‥どういう幸せを自分が望んでいるか、だよな」
「どういう、幸せを、自分が望んでいるか‥」
ジュセルはアニスの言葉を繰り返した。‥自分もそういったことをきちんと考えて生きていかねばならないのではないだろうか。
ジュセルがぼんやりしている間に、アニスは大きなパウンドケーキを綺麗に平らげてお茶を飲み干していた。
「うん、元気が湧いてくる!やっぱりいいねえ、ジュセルのお茶。この件が片付いたら、私にもまとまった量売ってくれないかい?」
「え、うん、構わないよ。そう言ってくれるのは嬉しいな、こんなの売り物になるとも思ってなかったから‥あ〜でも、その場合は本格的に採取に行かないとだな。そろそろもう材料がないんだ」
アニスは、あっと何かに気づいたような顔をした。
「‥そうだよねえ、ジュセルこのところ全然外に出れてないもんなあ‥」
「うん‥まあ、ちょっとだけ庭に出たりはしてるけどね‥」
暇を持て余したジュセルが、庭でも改造しようかと草取りを始めた途端、ケイレンがすっとんできたのを覚えている。
「長い時間、外にいるのはダメだ」
というケイレンのお達しにより、庭に出られるのはケイレンかアニスが一緒にいる時の二十分やそこらだけ。それでは作業など何もできない。
庭に出るのは、ただ日に当たるためにぼんやりするだけの時間となってしまっていた。
アニスは少し考える様子を見せた。
「そろそろ万能薬も調達できるころかなと思うんだけど‥」
少し前に、ケイレンが『万能薬と破裂玉の用意ができたら、森にも行ってみよう』と言っていたことを思い出す。破裂玉は今手元に三つはあり、ジュセルとケイレン、アニスがそれぞれ一つずつ携帯している。
「確か、ヤーレの話だとあの手紙が来た時点で十日後くらい、って言ってたんだよな。そろそろじゃないかと思うから。それが来たら森にも行ってみようか。黒剣にも相談しなきゃだけどさ」
ケイレンはどうしても受けねばならない退異師の仕事があり、今日は家にいなかった。このところ、イェライシェン周辺でも異生物の発生が相次いでいるようなのだ。異生物は退異師でないと討伐することができないので、命令が出たらよほどのことがない限り従わねばならないと決まっていた。
ジュセルが狙われていることがわかってからケイレンは退異会の登録を解除しようとしたのだが、さすがに二位退異師の解除は認められなかったのである。
シンカンの森の襲撃から不気味なほどに相手からの接触はなかった。防護機工に引っかかったのは小型の野獣や近所にいる子どもくらいのもので、不審なものの情報なども上がってきていない。
しかし、”裏”に依頼があったのは間違いないという確認は取れている。油断することはできないが、それにしてはあまりに平和な日が続いてジュセルは身を持て余していた。
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