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第52話

「ジュセル」 ケイレンはジュセルが潜っている掛け布団にそっと手をかけた。布団越しに触れられるケイレンの手の感覚に、思わず身体がびくんと揺れた。それを感じてか、ケイレンはただ手を置いただけで動かそうとはしなかった。 「ジュセル、‥さっき言ってたのは、嘘だよな?そんなことしないよな?」 「‥‥俺には、他に大金を稼ぐ方法もないから。‥狙われてても、花街や奴隷なら囲われていて安全かもしれないし‥」 「絶対だめだそんなこと!」 激しいケイレンの言葉に、ジュセルは思わずかっとなって布団を跳ね飛ばして起き上がった。筋肉痛でガタガタの身体が軋むように痛んだが、そんなことには構っていられなかった。 「じゃあどうすればいいんだよ?!あんたの世話になって、あんたの金に頼ってこの先生きて行けっていうのか?!いつまでそんな生活になるかもわからないのに?‥‥‥俺、の、こと‥ケイレンは‥好きでも、ないのに‥」 そこまで言うとジュセルは言葉を詰まらせ、ぼすんと寝台の上にうずくまってボロボロと涙を零した。それがケイレンに見えないようにくるりと背を向けたが、ケイレンの目には泣いているジュセルの顔がしっかりと映ったあとだった。 ジュセルは膝を抱えケイレンに背を向けて身体を震わせている。思わず腕がジュセルを引き寄せようと伸びたが、そのままぐっと拳を握って自分の方に引いた。 何と声をかければいいのか、わからない。 どれだけ気にするなといっても、ジュセルはどうしても様々な費用のことを気にかけてしまう。本来なら自分が払うべきものだ、と思ってしまうようだった。ケイレンからすれば、自分のせいでジュセルが狙われてしまったことは明白なのに、そこまで頑なにジュセルが費用のことばかり気にするのが解せなかった。 そういったジュセルの気質は、前世から持ち越されたものでこの世界の人々にとっては理解しがたいものだったのだが、無論ケイレンにその辺りの事情がわかるわけはない。 ケイレンにとっては、『困っているのに、余剰の力がある自分には頑なに頼ってくれないジュセル』という風にしかとれないのだ。 直接、ジュセルに好きだと言われても素直に受け止めきれない理由はそこにもあった。 なぜ、もっと自分に頼ってくれないのか。 「すきだ」と言ってくれるのに、自分はそこまで頼るに値しないヒトだと思われているのか。 そう考えてしまうとケイレンはどうにも身動きが取れず、またそんな自分に苛立ちを覚えるのだった。 あんなに真っ直ぐ、ジュセルに向かって好きだという気持ちを表していたのが嘘のようだ。ジュセルに向かって、ただ愛を乞うている間は幸せだった。何も考えず誰に気兼ねすることもなく、自分の気持ちをあけすけに表現できることが、相手を愛せることがあんなに幸せなことだとは知らなかった。 だからこそ、それができることが嬉しかったのに。 ハリスの依頼があって、ジュセルの命が狙われるようになって、すっかり状況は変わってしまった。 そしてその状況を作り出したのは自分に他ならないのだ。 目の前で震えている、この小さな体を抱きしめることすら躊躇われる。そしてそれは、ジュセルの気持ちが変わることを恐れる自分の臆病さ、頼ることをしてくれないジュセルに不信感を持ってしまう自分の心から来ていることなのだ。 しかし、今、目の前でジュセルが身体を震わせて泣いている。 自分の気持ちのまま慰めれば、ジュセルは安心してくれるのだろうか。 この、暗殺対象になっているという異常事態がなくなっても、自分のことを好きなままでいてくれるのだろうか。 だが、身の安全が確保されれば、費用の問題が解決してしまえば、自分の元から飛び去って新しい世界に行ってしまうのかもしれない。そしてそこで新しい出会いがあって、他のやつを好きになるかもしれない。何の制約もない、ジュセルに見合ったヒトと。 気がついた時には、ジュセルはいつの間にかまた布団をひっかぶって丸くなっていた。 ジュセルの身体の震えはごく小さくなっていて、しゃくりあげるような声も聞こえなくなっている。随分と長い時を、黙ったまま過ごしてしまっていたことにようやくケイレンは気づいた。時折洟をすするような音がかすかに聞こえるので、完全に泣き止んだわけでもないようだった。 ケイレンはごくりと喉を鳴らしてから、小さくジュセルに呼びかけた。 「ジュセル、起きてるか?」 「‥‥起きてる」 「金のことは、気にするなって言っても気にしちまうと思うけど‥とにかくジュセルの安全が確保されるまでは忘れててほしい。‥ずっとジュセルにそんなこと思わせてる、と考えるのは俺も‥辛い」 ジュセルは、もそりと掛け布団から顔を出した。先ほど無理に跳ね起きたせいで余計に身体がみしみし痛む。顔半分だけを出してケイレンの方を見れば、不安そうな顔と目が合った。 「‥わかった」 莫大な費用のことを考えるなという方が無理がないだろうか。ジュセルはそう思ったが、ケイレンの顔にこの上ない悲壮感が見えたので素直にそう答えた。 ケイレンはその答えを聞いて、ようやく安堵したように大きく息をついた。 そしてそのまま言葉を継いだ。 「‥‥もう、絶対に、花街とか生涯奴隷とか‥考えないでくれ。ジュセルの家族だって驚くし悲しむだろうし‥俺が、嫌だ。そんな金で払ってもらうことをジュセルが考えるなら‥今後一切の金をジュセルから受け取らない」 ジュセルは目を見開いた。そんな抵抗の仕方をされるとは思っていなかったのだ。またそれと同時に家族が心配するという言葉は、自分でもそう思っていただけにジュセルの心を深く刺した。 「わかった‥でも、時間がかかっても、‥俺にかかった費用は返したいと思ってる」 「だからそれは!」 「ケイレンのせいでもあるから、って言うんだろ?でも、実際に狙われているのは俺だし、俺の命を守るために色々金がかかってるのも事実だ」 ぐっ、と言葉に詰まったケイレンが一瞬黙った。しかしすぐに反論してきた。 「‥わかった、じゃあ半額。半額を返してくれ。期限は設けないから、ジュセルに資金の都合がついた時でいい。これ以上は譲れない。‥無理だけはしないでくれ。俺は‥俺のせいでジュセルが身を売ったりするようなことになったら‥自分を絶対に許せないよ‥」 苦悩の表情を浮かべながら絞り出すようにそう言うケイレンの様子を見れば、ジュセルは頷くしかなかった。 「俺‥今後安全になるまでは収入の当てもないし、時間はかかると思うけど‥きっと払うから。これからも迷惑かけちゃうけど‥ごめん」 「迷惑だなんて思ったことない!俺はジュセルのことが好きなん‥だ‥から‥」 ケイレンは、はっとして口を片手で覆い茫然としていた。思わず、口を衝いて溢れ出てしまった想いだった。 その言葉を聞いたジュセルは、軋むような全身の痛みも忘れて身体を起こした。 「ケイレン‥?俺のこと‥すき、なの‥?ほんとに‥?」 ケイレンは口を覆ったまますっくと立ち上がった。そのまま足早に部屋から出ようとする。ジュセルは縋るように声をかけた。 「待ってよ、ねえ!‥ケイレン!」 その声を聞いてケイレンはぴたりと立ち止まった。ジュセルからは大きな背中しか見えない。ジュセルは必死で言い募った。 「ケイレン、俺のこと‥嫌になってない?俺が‥ケイレンのこと好きなのって、迷惑じゃねえのか‥?」 その言葉を聞いたケイレンがばっと振り返った。切れ長の目が大きく見開かれ、きらきらと輝いているように見えた。 「迷惑なんて思ったことない!‥俺の方が‥余程迷惑をかけてる」 「ケイレン」 ジュセルは痛む身体をおしてよろよろと立ち上がった。思いもよらないジュセルのよろけ具合いに、ケイレンは驚いてすぐに駆け寄りその身体を支えた。 「ジュセル、どうしたんだ?身体の調子が悪いのか?やっぱり眠り薬の影響が出たのか?」 「‥‥‥‥‥‥ただの‥筋肉痛‥‥」

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