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第53話

「‥筋肉痛‥?」 訝しげに首をひねるケイレンに、ジュセルは恥ずかしくなってその腕を弱々しく叩いた。 「じゃあ、薬の影響じゃないんだな?医者を呼ばなくても大丈夫か?」 「しばらく経てば治るよ。ちょっと、無理して運動しすぎただけ」 ケイレンは、再び首をかしげた。 「なんで、無理して運動‥?」 「っ、もう、それは、いいから!‥そんなことより」 恥ずかしさに顔を赤くしながらも、ジュセルは自分を支えてくれているケイレンの腕にしがみついた。一人で立っているのが今は体力的におぼつかない、という現実もあったが、それ以上にケイレンをここから離したくないという気持ちが強くあった。 「‥‥俺のこと‥どう、思ってるのか、ちゃんと教えてくれよ‥」 やっとの思いで絞り出した声は、自分のものとは思えないほどにかすれていた。 袖をぎゅっと掴んで必死に自分にしがみついているジュセル。その顔は下を向いていて見えない。しかしそんなジュセルが、ケイレンは愛おしくてたまらなかった。 あんなに望んだものが、今、目の前に差し出されている。 この手を、取っていいのか。 いつか‥自分から離れてしまうのではないか。 今自分に向けてくれている気持ちがひと時の過ちであったと、気づく時が来るのではないか。 だが。 「ジュセル」 ケイレンはそっとジュセルの顎に手をかけてこちらを向かせた。 何度も泣いたせいなのか、鼻の頭が赤くなって目元は腫れてしまっている。 自分のせいでこんな顔にさせてしまったのか、と思えばケイレンの胸はきしりと痛んだ。 腫れた瞼の下から、ジュセルの蒼い目がきらきらと光ってこちらを射抜いてくる。 その目を見た時、何を言おうかと思い迷っていたことが頭の中から全部消し飛んで、ケイレンはぐっとジュセルの身体を引き寄せるとその唇に深く口づけていた。 薄く口を開けたままだったジュセルの咥内に、ケイレンの厚い舌が遠慮なく這いまわってあまい痺れを与えてくる。 (あ、まい‥) 二人はお互いの舌を絡め合いながら同時に同じ事実を感じ取った。お互いのその唾液の甘さを確認するや否や、口づけはもっと深くなった。 「ふ、うぅ、」 「んっ、ん」 固く抱き合いながら咥内を愛撫し合う。蕩けるような甘さが溢れて腰が抜けそうだ。 「んんっ」 もっと話をしなければと思うのに、この唇から離れられない。お互いの身体を強く抱きしめ合っているこの状態を止めたくない。 どのくらい、お互いの唇を貪っていたかわからないほど時間が経って、ようやく唇を離した二人はお互いの顔を見つめ合った。 ケイレンは息を乱してじっとジュセルを見つめ、ジュセルは顔をこれ以上ないほど紅潮させてケイレンの目を見つめ返している。 「好きだよ、ジュセル」 しばらくの沈黙の後、小さな声でケイレンが囁くように言った。ジュセルはじわりと涙を浮かべながら笑った。 「知ってる」 「‥ジュセル』 「だって、こんなに、あまいよ、ケイレン」 ジュセルはそう言ってケイレンの頬に手を当て顔を引き寄せて口づけ、その咥内をくるりと舌でなぞった。舌先で掬い取った唾液はこれまでに味わったことのないような甘さだった。 ちゅぷ、と音を立ててジュセルが唇を離すと、ケイレンは感極まったような顔をしてぎゅうっとジュセルの身体を抱きしめた。全身筋肉痛のジュセルは正直死にそうに身体が痛かったが、そんな痛みなど吹き飛ばせるくらいの喜びが身体を満たしていた。 「好きだ、好きだよジュセル、愛してる、もう離せない、離さない‥」 そんなジュセルの筋肉痛のことなど知らないケイレンは、あらん限りの力でぎゅうぎゅうとジュセルを抱きしめながら熱に浮かされたように愛の言葉を吐き出していた。 「‥俺も、好き、好きだよケイレン‥離さないで」 そう呟いたジュセルの言葉を聞いたケイレンは、いきなりがばっとジュセルの身体を軽々と抱き上げ寝台の方へ戻り、柔らかな布団の上にジュセルをそっと寝かせると大きな身体でのしかかってきた。 「んう、む‥」 また深い口づけをされて身体中が溶けるような快楽にのまれる。しかし。 「ま、待ってケイレン、まさかと思うけど‥」 「‥だめか‥?」 ぐり、とジュセルの身体に大きく育ったケイレンの陰茎がすりつけられた。かあっと身体中が熱にのみ込まれそうになりながらも、ジュセルは必死の力で腕をケイレンの分厚い胸に突っ張った。 「きょ、今日は無理!」 「‥どうして、なんだ‥?ジュセル‥?」 捨てられた仔犬のような哀れっぽい目つきでこちらを見つめてくるケイレンに、ジュセルは軋む身体の痛みをこらえながら、必死に現況の説明をした。 寝台の上に向かい合って横たわっているジュセルの頬をしきりに撫でながら、ケイレンは幸せをかみしめていた。しかしその一方でアニスに毒づくのも忘れなかった。 「‥‥くそっ‥アニスが余計なことしなかったら今頃・・」 「ん”ん”っ、あの、ケイレンやっぱりこういうことはさ、もう少しよくつきあってからの方がさ‥」 「‥ジュセルは俺と肌を合わせたくないのか‥?」 しょんもりとまた捨てられた仔犬のような目をして、ケイレンが見つめてくる。ジュセルは求められているのだ、と実感して、胸の内がふわっと温かくなるのを覚えた。とは言え。 「いやあの、別にそんなことは思ってない、けど、なんていうか、あんまり急にそういうことになるのに抵抗があるというか‥」 「なんでだ?」 本当に不思議そうにそう尋ねてくるケイレンに、ジュセルの心の中だけでそっとため息をついた。 ジュセルは前世でも、本当に好きになった人とつきあったことがない。もっと言えば好きな人とセックスをしたことがない。少ないながらに女性と関係をもったことはあったが、それだとて相手の女性がかなり頑張ってくれて何とか使い物になった、というような状態だった(無論そんなことが続いてしまったせいですぐにふられてしまったが)。 だから、本当に想い合ったヒトとどう段階を踏んで愛を交わすのが正しいのか、ジュセルにはわからないのだ。ジュセルの周囲にいる恋人や伴侶たちは、もう出来上がっている者が多かったし、共通学校での友人たちは、かなり即物的に性交をしてその快感や甘さ具合で互いの愛情を測ったりしていた。 この世界(トワ)では、愛情が互いにあればあるほど快感を得られるし互いの体液も極上の甘露に感じられる。そういった仕組みがある上に、単純に性交だけで子どもを授かるわけでもないという事情から即物的な交際をしている者が多かった。そのこともジュセルは知ってはいたが、どうにも自分自身にはそれがしっくりこなかったのだった。 しかし、この世界(トワ)の人間であるケイレンにとっては、ジュセルのこういった心の裡は理解しがたいものだろう。どうやって説明すればいいものか、と考えあぐねていると、ジュセルの身体にケイレンがそっと腕を回して優しく抱きしめてきた。首筋にケイレンの厚い息がかかって、こそばゆいような気持ちいいような微妙な感じがする。それを知ってか知らずか、ケイレンはジュセルの首筋にちゅっと音を立てて口づけた。あまい痺れが身体の内を奔る。 「んんっ、ケイレンっ」 身をよじって抗議の意を示すと、ケイレンは首元に顔を押し当てたままククッと笑った。 「‥いいよ、ジュセル。ジュセルが俺と肌を合わせていいと思えるまで、俺は待つよ」 耳のすぐ横でそう囁くケイレンの言葉に、ジュセルは身体がぞくぞくと震えるのを覚えた。 ケイレンは、自分の欲よりも自分の気持ちの方を尊重しようとしてくれているのだ、というのが、その言葉でよくわかった。 「ありがと‥」 嬉しくなって小さく礼を言うジュセルを、またケイレンはぎゅうっと抱きしめた。 「その代わり、抱きしめるのと口づけは許してくれよ?‥‥それから‥他のやつに‥あんま触らせないでくれ‥」 後半の言葉はもごもごとケイレンの口の中で消え入るようになる。しかし耳元で囁かれたジュセルの耳にはしっかりと聞こえて、思わず笑ってしまった。 「俺なんかにちょっかいかけたいと思う物好きはいないって。考えすぎ」 「‥だって。ジュセルはこんなにかわいくて素晴らしいヒトなんだから、心配するに決まってる!何かあったらすぐに俺を頼ってくれよ?」 正直、ケイレンの目に自分はどんなふうに映ってるんだ、いつかその変なフィルターが外れていきなりがっくりされたりしないだろうな‥と思いながらジュセルは笑って請け合った。

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