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第54話

「あ、そういえば忘れてた」 ジュセルを抱きしめたまま寝台の上でゴロゴロして離さないケイレンをどうしようか、と思っていると、急にケイレンが声を上げた。 「ジュセル、明日一緒に請負人協会(カッスラーレ)に行ってくれないか?前にお茶を渡した解析師のスルジャが呼んでるんだ。覚えてるか?」 「あ。うん、ヨーリキシャの綺麗なヒトだよな」 ケイレンがぐいっとジュセルの顔を自分の方に向けて覗き込んできた。近い。 「ち、近い近い!何?」 「‥‥ジュセルは、ああいう姿のヒトの方が好みなのか?」 「へっ?‥ああ!」 言われて初めて、スルジャがいわゆる肉感的美女であったことに思い至った。綺麗なヒトだった、という印象しかもっていなかったのだが。 「‥ケイレン、嫉妬してんの‥?」 「当たり前だ、俺とスルジャでは全く姿が違う。‥スルジャのような姿がいいと言われたら‥」 少ししおたれたケイレンを見て、意地悪心が動いたジュセルはかぶせるように尋ねた。 「言われたら、どうするんだ?」 ケイレンは黙ってぐっとジュセルの後頭部を押さえ、深く口づけてきた。また官能を引き出すような煽情的な口づけをされて、ジュセルは息も絶え絶えになってしまう。ドン!とかなり強めにケイレンの胸を叩き、強く押して自分から引き剥がした。 「やめろよ!すぐにこんなことするの!」 ケイレンは蠱惑的に唇を濡らしたまま、恨めしそうにジュセルを見やった。 「‥もし‥スルジャみたいなのがいい、って言われたら‥俺じゃないとだめなくらいに、ジュセルを抱き潰す‥」 なかなかに恐ろしい返答を聞いたジュセルは、思わずぶるりと身を震わせた。 「こわ!‥やめてくれよそういうこと言うの‥」 ケイレンは拗ねたようにごそごそと身体を動かし、ジュセルの薄い胸に顔をうずめるようにした。 「‥‥だってジュセルが‥スルジャみたいな姿のやつがいいとか言うから‥俺どう頑張ってもああはなれないし‥」 デカい図体の男(この世界に男女の区別はないのだが)が、拗ねて自分の胸に縋りついている、という光景が、何ともおかしいような愛おしいような複雑な気持ちになって、思わずジュセルは吹き出した。 「ジュセル!」 「ごめんごめん、俺が悪かったよ。‥ケイレンの身体‥俺好きだよ」 がば!と顔を上げて満面の笑みを浮かべたケイレンがまたそのまま口づけようとするのを、ジュセルは軋む腕でギギギと押しとどめた。 「だから今日は無理!」 アニスが買い物を終えて帰ってくると、ケイレンが重い空気を滲ませながら居間の長椅子に膝を抱えて座り込んでいた。アニスはそれを通りすがりに見て、あーと思ったが、とりあえずは買ったものを厨房に置きに行く。先にジュセルに声をかけた方がいいかな、と考えて、ジュセルのために買ってきたスープと匙を盆にのせて、二階へと上がっていった。 まだ扉が外れたままのジュセルの部屋に「ジュセル〜買ってきたよ〜」と声をかけて入る。ジュセルはまだ寝台に横になっていた。 「ありがとアニ」 ス、と言い終わるか終わらないかくらいの時に、ガタ!ドタドタドタ!という騒がしい音が響いてきて、ジュセルとアニスは驚いた。 あっという間にケイレンが息を切らせながら部屋の入り口に姿を現した。 「く、黒剣‥?どした?」 「ど、」 はあはあと荒い息を吐いたケイレンは、声の限りに叫んだ。 「どしたもくそもあるかあああ!アニスぅぅぅ!」 いきなり怒鳴りつけられてきょとんとしたアニスはささっとジュセルの傍に寄った。そしてジュセルに尋ねる。 「‥私がいない間に何かあった‥?」 「あー、あは、はは‥」 ジュセルは何と答えていいかわからず、苦笑いを浮かべた。その間に、何とも言えないいかつい顔つきのケイレンがずかずかとアニスの傍まで寄ってきて、手にしていた盆を取り上げた。 そしてそのままそっとジュセルの寝台横の小机に置くと「ジュセルこれ食べてろ」というなり、ずるずるとアニスを引きずって部屋を出て行ってしまった。「何すんだよ黒剣~~!」というアニスの抗議の声が廊下から響いてきて、ジュセルは目をつぶって胸の中でアニスに手を合わせた。 「うあはははははは!!あは、あはははは!」 「‥笑い事じゃねえ!」 「あは、はははは、はっ、うぐっふ、んふっ、ごめんごめん」 ことの顛末を余すところなくケイレンから聞き取ったアニスは、横隔膜が攣るかと思うほどに笑い転げた。自分のしたことがそんな風にヒトの恋路をうまいこと邪魔したというのが信じられなかった。が、目の前のケイレンのぶっすりとしたこの上ない不機嫌顔を見ればどうやら本当らしい。 買い物にかこつけて家を出たときには、こじれまくったこの二人をどうすればいいかと本気で悩んでいたのに、今の状況を聞けば悩んでいた自分が莫迦らしくも思えた。 しかし、若い二人が紆余曲折を経て、素直に気持ちを打ち明けられたことはよかったのだ、とも思った。 ジュセルの筋肉痛のせい?で性交には至らなかったらしいが、まあ時間の問題だろう。‥ん?ということは今後の警備は、ちょっとその辺も考慮に入れなければならないということか? アニスは笑いすぎて乱れた息をはーはーと整えた。そして目の前で仏頂面をしているケイレンに聞いた。 「はー‥ふう、えっと黒剣。そんじゃあ今後はお前とジュセルで一緒に寝るのか?防護機工の警報が鳴ったとき、すぐに行かない方がいい感じ?」 ケイレンはぴくり、と眉尻を上げた。それから少し悩ましげな顔になって、はあとため息をついた。 「‥いや、そんなことはない。‥ジュセルはまだ、俺と肌を合わせたくないみたいだから‥」 「へっ!?なんでだ?お互いの気持ちは確認したんだよな?」 ケイレンはむきになって言い返した。 「もちろんだ!ジュセルとの口づけは途方もなく甘くて最高だった!」 ふん!と鼻息荒くそう言い募るケイレンに、アニスはやや身体をひきつつ返事をした。 「おう、そっかあ、じゃ、まあ‥想い合ってはいるんだな‥」 「そうだ!」 ケイレンはそう言うと、へらっと相好を崩した。‥内心かなり喜んではいるらしい。今朝がたへし折った木に謝れよなお前、とアニスはひそかに心の中で毒づいた。 気持ち悪くニマニマしていたケイレンは、アニスの方を見るとすっと顔を引きしめると軽く息をついた。 「‥ただ、ジュセルは‥恋愛に対して腰が引けてるな、とは思うな‥。俺に対してもなんか気兼ねしてる感じもするし‥」 ん~、とアニスも唸った。 「それねえ‥恋愛、っていうか‥ジュセルと話してるとさ、なんか‥別大陸の異国人と話してるような気になるときがあるんだよなあ‥」 ケイレンは、胡乱気な表情を浮かべた。 「‥どういうことだ?俺はジュセルの(シンシャ)下子(きょうだい)一つ実(ふたご)にも会ってる。間違いなくサッカン十二部族国人だぞ」 「ああ、そこを疑ってるわけじゃないんだ‥例えばだけどさ。‥口づけのこと、ジュセルって「きす」って言ってただろ?」 ケイレンは顎に手を当てた。 「‥確かに言ってたな」 アニスは長椅子の背もたれにぐっと寄りかかりながら答えた。 「私は仕事柄、結構異国にも行くし、別大陸に渡ることもある。まあほとんどの国で共通語が通じるが、少しずつ言葉が違う国もある。‥しかし「きす」って言葉は聞いたことないんだよな」 「それだけでは何とも言えないだろ」 「うん‥でもさあ」 アニスは姿勢を正してじっとケイレンを見つめた。 「ジュセルの料理。食ったことのない感じのもの、多くないか?菓子とかもさ。‥っていうか、菓子の製法(レシピ)知ってる十六歳はなかなかいないよ?」 菓子自体が、そこまで普及しているわけでもなく、どちらかといえば富裕層の食べ物だ。ジュセルの家は決して富裕層ではなく、どちらかといえば日々の生活にやっとの家である。そこで育ったジュセルが、様々な菓子の製法を知っているというのも言われてみれば不自然だ。 ケイレンはぎゅっと眉をよせて難しい顔をした。そのケイレンの顔を見て、アニスは横から軽く肩を叩いた。 「‥だから何か怪しいとか思ってるわけじゃないんだ。‥ただ、そういうことを頭の隅にはおいておくべきだな、とは思ってさ」 「‥わかった」 ケイレンは短くそう答えて、また少し考え始めた。

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