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第65話
ジュセルにそう言われたアニスはぱっと顔を上げた。
「いや、ジュセル私こそごめんよ。‥ジュセルが荒事に慣れていないのは知っていたのに、目の前で、あの‥あんな尋問するのを見せちまって」
アニスが射倒した裏請負 は、わずかに急所を逸れて矢を受けたせいで、しばらくは息があった。アニスは全く表情を変えることなく深々と刺さったままの矢をぐりぐりとこじり回し、笑顔さえ浮かべて尋問したのだ。
しかも、尋問の仕方が
「どうせお前は死ぬけど、楽に死にたいか?苦しんで死にたいか?私が訊くことに素直に応えるなら楽に死なせてやるけどね」
という死ぬ一択の尋問で、それを聞いたジュセルは心底震え上がってしまったのだった。
請負人 としてアニスが受ける仕事のほとんどは、大隊商会の移動護衛だ。毎日が荒事の繰り返しで自分がそのことに麻痺していたのだと、ジュセルが蒼白な顔でふらりと倒れたのを見て、アニスはようやく思い至ったのだった。
しおたれているアニスにジュセルは驚き、慌てて言い訳をした。
「えっ、全然アニス悪くないよ!俺が荒事に慣れてなくて迷惑かけちゃっただけだから‥あの時全然力になれなくてごめんな。全部アニスに任せちまって、俺、気を失っちまったから‥」
そう言いながら申し訳なさでもじもじしているジュセルを、思わずアニスががばりと抱きしめた。
「うわ〜ごめん、ありがとう~~!やっぱりジュセルはいい子だなあ!」
「ちょっ、アニス!やめろ!ジュセルも離れてホラ!」
それを目の当たりにしたケイレンが、血相を変えてぐいぐいと二人を引き離した。アニスからジュセルをもぎ離し、自分の腕の中にぎゅうぎゅう抱きしめているケイレンにジュセルは顔を赤くした。
「ケイレンも、あんま人前でそういうことすんな!」
そう言って腕を突っ張り身体を離そうとすると、この世の終わりのような顔をして眉を下げたケイレンが呟く。
「‥だって今アニスが抱きしめてただろ‥?」
「私のは感謝の表現だから!黒剣みたいに邪なものは含まれてないからねえ~」
すっかりいつもの調子を取り戻したアニスが、明るくケイレンに向かって軽口を叩く。元気の戻ったアニスを見てジュセルは安堵しながら、それでも抱きしめようと力を込めてくるケイレンの腕の中でもがいていた。
そんな二人をいつものように揶揄っていたアニスが、ふと気づいたように言った。
「そういえば今日はヤーレが来るって言ってなかったっけ?」
言われてケイレンは壁にかかっている大時計を見た。確かに中天を過ぎてもうすぐヤーレが来る頃だ。何も知らなかったジュセルが、訝しげにアニスの方を向いて尋ねた。
「なんでヤーレさんが来るんだ?」
アニスは少し首をかしげながら答えた。
「ん~あんまり詳しいことは聞いてないけど‥」
するとジュセルの抵抗にもめげず抱きしめようとし続けていたケイレンが言葉を継いだ。
「‥ジュセルの件、依頼主の方から切り崩せるかもって話なんだ。‥本当はあんまり詳しい事情をジュセルに聞かせたくないけど‥当事者だし、一緒に話を聞いてくれるか?」
「もちろんだよ。俺のことだし、俺にできることがあれば何でもするから」
そう鼻息荒く力を込めて言うジュセルを見て、ケイレンは軽く息を吐いた。
「‥まったく、何でも自分でやろうとして全然甘えてくれないんだからな‥」
その呟きを聞いてジュセルは顔を赤くし、アニスはいひひっと意地の悪い笑い方をした。
アニスとケイレンも昼食を済ませたころ、ヤーレは一人のマリキシャを連れてやって来た。頭からすっぽりと布をかぶった状態でやって来たマリキシャはヤーレよりは少し背が低かったが、体格はよく顔立ちもきりりと引き締まっており、見栄えのする人物だった。
応接室に招き入れ、アニスが茶菓を出して全員が椅子に座る。
「医師をやっているザイダだ。よろしく」
マリキシャはかぶっていた布を取り去り低い声で自己紹介をした。それに合わせてケイレンとアニスも自己紹介をする。なぜこの人物が今、ここにきているのか、よくわからないながらもジュセルは曖昧に頷きつつ自己紹介をした。
するとマリキシャ‥ザイダは少し目を細めてジュセルの顔をじっと見た。
「君がジュセルか。‥本当に成人したばかりの|若者《ワクシャ》なんだなあ」
「あ、はい、でもちゃんと十六は超えてますから」
なぜそう言われたのかわからないまま、ジュセルは答えた。ザイダはそれを聞いて優しく笑った。
ケイレンがやや警戒しながらジュセルの手を取って自分の方へ引いた。
「ヤーレ、このヒトがお前が言ってた‥?」
「ああ」
ヤーレは力強く頷く。ジュセルはさっぱり訳がわからず、自分以外の三人の顔を代わる代わる見つめるばかりだった。
ザイダが口火を切った。
「‥ケイレンと言ったか」
名指しされたケイレンはザイダの方に顔を向けた。ザイダは厳しい顔をしてこちらを見ている。
「‥正直、君がハリスの要望に応えればこの若者 の命は狙われることはないと思う。その道は考えなかったのか?」
そう問われたケイレンは、目を見開いた。手にしていたジュセルの手をぎゅっと握って目を瞑る。すると、小さなジュセルの手がしっかりとケイレンの手を握り返してくれた。驚いて横を見れば、ジュセルは微笑みながらケイレンを見上げている。
その視線に励まされ、ケイレンは一度息を整えてから答えた。
「考えた。その方がいいのだろうとも思った。‥しかし俺は今までヒトとつきあったことも性交したこともない。その俺が初めて好きになったジュセルがいるのに、‥ハリスに身体を預けることはできないと思った。だから。俺がジュセルを守ろうと」
「守れないから俺のところに話を持って来たんじゃないのか」
ケイレンの言葉は、ザイダの鋭い言葉によって遮られた。
ケイレンは何も言えなくなって、口を閉じた。ザイダの言うことは何も間違ってはいない。本当に自分が守り切れるものなら、わざわざ候補を降りた族長関係者を引っ張り出さずともよかったはずだ。自分では将来的にも守り切るのが難しいと思ったからこそ、こういった手段に出たのだから。
ヤーレもアニスも何も言わず、ただ二人を見守っている。いうべき言葉が見つからないケイレンは苦しそうな表情のまま俯いた。
その時、横からジュセルが声を上げた。
「それの、何がいけないんですか?」
普段のジュセルに似合わぬ、冷たい口調だった。その場にいた四人が思わずといった形でジュセルの顔を見た。
ジュセルの瞳はらんらんと輝き、その頬は紅潮していた、
こんなに怒りを覚えたことはない。目の前のマリキシャの言葉は到底看過できないものだった。無論、ジュセルが命を狙われたのはケイレンに関わってしまったからだということは承知している。それでも、自分への気持ちを偽ることなく、自分が守るからと苦しそうに告げてくれたケイレンの姿を思い起こせば、ザイダの言い様は見過ごすことのできないものだったのだ。
ジュセルはずいと身体を乗り出し、自分よりはるかに体格のいいザイダを下から睨み上げた。ザイダは内心驚いてはいたが、それをおくびにも出さずジュセルの鋭い視線を受け止めた。
「命を狙われてるのは俺だ。理由がどうあろうと俺が狙われてるんだ。その俺が、ケイレンにそんなことしてほしくないと思ってる。そもそも、理不尽な理由で無体を吹っ掛けてきたやつの言いなりになることを、なんで選ばなけりゃならないんだ?一番いい道を模索して何が悪い。あんたも、嫌なら断ってこんなところまでこなきゃいいだけの話だろうが!」
息を弾ませながら一気に言い放って、ジュセルはぎろりとザイダを睨めつけた。他の三人も唖然としてジュセルを見つめている。ジュセルの厳しい視線を受け止めながら、ザイダは吹き出した。
「ぶっ、くくっ、ああ、そうか、ははっ、わかった」
ジュセルは自分が今しがた、啖呵を切った相手が心底おかしそうに肩を揺すって笑うのを見て、ぽかんとした。なぜそういう対応になっているのかがよくわからない。笑っているザイダの顔は、先ほどケイレンに厳しい言葉をかけた時とは比べ物にならないほど柔らかく、優しげに見えた。
ひとしきり笑ってから涙を拭いて、ザイダは改めてジュセルの方に姿勢を正した。そして軽く頭を下げた。
「すまない、余計なことを言った」
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