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第66話

素直に謝罪をしてきたザイダに毒気を抜かれたジュセルは、「あ、ああ、うん、」となかなか締まらない返事をして、下を向きそっと椅子に座った。 ザイダはケイレンの方を向いて再び頭を下げた。 「根性の悪いことを言って、すまなかった」 「いや‥」 ケイレンもどう言葉を返していいかわからない、といった顔で対応に困っている。その様子を見たヤーレがぱん!と両手を打ち合わせた。 「さて、それじゃ本題に入るか」 「‥いやちょっと待ってください、本題に入っていいんですか?これ」 軽いヤーレの調子に思わずジュセルは突っ込まずにはいられなかった。ヤーレは腹黒そうににやにや笑っている。 「まあ、俺もザイダをけっこう無理やりに引っ張ってきたからな。なんか言わずにはいられなかったってとこだろザイダ?‥気は済んだか?」 ザイダの表情に、もう厳しさも鋭さも見られなかった。ただ、柔らかく笑っている。 「ああ。‥‥想い合っている恋人というのは、いいものだな」 ザイダのその言葉を聞いて、ジュセルは顔を真っ赤にして下を向き、ケイレンはにへらと相好を崩して満面の笑顔を浮かべた。 「ありがとう!俺もジュセルが恋人でよかったと思ってる!」 あまりに明るく堂々とそう言うケイレンに、恥ずかしさが極限まで達したジュセルは思い切りその背中を殴りつけた。ケイレンは口では「あいたたた」と言いつつも平然としており、ジュセルはいつか渾身の蹴りでもお見舞いしてやろうと心に誓った。 ジュセルはほとんど、政治関係のことについて学ぶ機会がなかったため、今一つこの国の政治システムを理解していなかった。大人三人がかりで説明されて、なんとなくの全体像だけは掴めてきた。 ジュセルの暗殺依頼を、根っこから排除するために依頼主であるハリス自体の力を削ぐ。それがジュセル側としては最終目的であるといえる。 その目的に達するためハリスの力を削ぐべく、カラッセ族次期族長の候補として以前候補を辞退したザイダを引っ張り出してきた、ということのようだった。ザイダは色々と事情があって辞退をしたらしいが。何やら今回は乗り気になっているらしい。最初の印象では気難しそうなヒトだと思ったが、今では随分と優しい顔をしているように見える。 族長になるためには、自分の部族から十人の推薦人、他部族から十五人の推薦人が必要らしい。現在、ハリスは自部族の推薦人は確保済みで、他部族からの推薦人も十人近くは確保しているということだった。 「現在のカラッセ族長は122歳、まだ代替わりには間があるが、次代を決めていてもおかしくない年齢ではある。幸いにして油断もしているのか、今現在正式にハリスが次代だと決定されているわけではない」 「だから、そこに食い込むわけか」 アニスが珍しく真面目な顔をしてそう言った。ジュセルはなんとなくアニスの顔を見る。アニスはジュセルの視線に気づいて、にこっと笑って言った。 「少し前に、次代が決まってないから大変な騒ぎになった国にいたことがあるんだ。‥次代がはっきり決まっているというのは、国を運営するうえで案外大事なことなんだよ」 「他の部族は決まっているのか?」 単純に疑問に思ったジュセルが好奇心のままにそう尋ねると、ヤーレがそれに応えてくれた。 「そうだな‥カラッセ族以外の十一部族のうち次代が決定しているのは七部族だから、決まっている方が多いな。決まっていない四部族のうち二部族は代替わりしてまだ十年と経っていない。残り二部族は‥まあ揉めてるところだな」 ジュセルは目線を天井に向けながらぶつぶつと独り言つ。 「‥つまり、三部族は後継者で揉めてるってことか‥」 「そうだな。狭い社会の中で何をしてるんだか、という気はするが」 ジュセルの言葉を受けて、ザイダが苦笑しながらそう答えた。なんとなく申し訳ないような気がして、ジュセルはぺこっと頭を下げた。それを見てザイダは声を上げて笑った。 「ジュセルは何も悪くないし関係ないんだから、頭を下げることはないよ。‥‥我が部族のものが、本当にすまない」 そう言って頭を下げるザイダに驚いて、ジュセルはアワアワしながらケイレンとヤーレを交互に見る。横に座っていたケイレンは優しくジュセルの頭を撫でた。 「‥ジュセルは完全に被害者だからな‥俺のせいでもあるし」 「‥‥もぉぉ、誰のせいでもない!ハリスってやつが悪いだけ!みんな俺に頭下げ過ぎ!」 そう叫んで顔を赤くしているジュセルを、他の四人はあっけに取られて見つめ‥一斉に笑い出した。まさか笑われると思っていなかったジュセルは、驚いて四人を見つめた。最初にザイダが目に滲んだ涙を拳で拭くと、ジュセルに言った。 「そうだな。悪いのはハリスだ。あいつは‥利己的で狡猾なやつだからな」 「あ、うん。だから、え~と、どうすんの?」 真面目にザイダに返されたジュセルは、また少し焦りつつそう尋ねた。ヤーレが後を引き取る。 「‥ザイダに頼んで、候補にまた立ってもらうことにした。そしてこのまま族長会議に持ち込んでハリスを候補から引きずりおろす。そうすればジュセルへの依頼も引き下げられるだろうし‥引き下げられないにしても、|裏請負会《ダスーロ》との交渉の余地は出てくるからな」 ジュセルはザイダの方を見ながら遠慮がちに言った。 「‥でも、ザイダさんはそれでいいんですか?あの‥やりたくないから候補を降りたんじゃねえの?」 「君は本当に優しい子だな、ジュセル」 ザイダはそう言ってまたにこっと笑った。 「‥確かに‥族長なんて俺のがらじゃないと思ってたし、色々あって‥やりたくないと思ってた。だが‥あいつを族長にすれば、今後もまた酷い目に遭わされるやつが出てくるかもしれない。‥俺は‥俺も後悔しないように、自分のできることはしておきたいとそう思ったんだ」 「なら‥いいんですけど」 そう言って少し心配そうにザイダを見るジュセルに、ヤーレがまた声をかける。 「‥とは言え、ハリスを引きずり下ろすだけの材料がある程度必要になってくる。この辺は、ザイダを推す一派のヒトから依頼という形で請負人協会(カッスラーレ)の方でも受けてる。ただ、なあ‥”裏”が絡んでることだから、なかなか一朝一夕には事態は変わらないだろう」 「そうそう簡単に尻尾は掴ませないだろうからな」 ザイダもそう話を引き取った。横でケイレンも思案顔をして頷いている。そこでヤーレが、くっとアニスの方を見つめた。 「‥‥アニス、頼まれてほしい」 そう言われたアニスは、真顔のままぴくりとも動かなかった。ヤーレがそう言葉を発する前から、アニスは自分に求められる役割があるのだろうと踏んでいた。が、できればそれはやりたくない役割ではあったので、口を噤んでいたのだ。 しかし、ヤーレから真剣な顔でそう名指しされたからにはやらずばなるまい。この四十年来、顔を合わせていなかった人物と会うことになる。 「‥わかった」 常とは違うアニスの顔にジュセルが素早く気づいて、不安そうにアニスの顔を覗き込んできた。 「アニス‥?何か嫌なことしなくちゃならないのか?‥俺のせいで‥アニスが嫌な思いをするのは‥俺も嫌だ」 そう小さな声で呟いたジュセルを見て、アニスは少し戸惑ったような顔をして笑った。 「いや、これは‥多分そのうちやらなくちゃいけないことなんだよジュセル。たまたま機会が今になっただけで」 アニスの言葉を受けてヤーレも頷いた。 「アニスには申し訳ないが、その通りだな‥。おそらく今年中には頼んでいたかもしれない」 「具体的にはどういうことなんだ‥?あの、俺が、聞いてよければなんだけど」 ヤーレとアニスはわかっているが、ケイレンは特に何も知らされていないようでジュセルとともに年長者二人を見つめた。ザイダは、誰の顔も見ずにゆっくりと茶を喫していた。アニスは少し迷った様子を見せた後、ヤーレと目顔で合図をしてから答えた。 「裏請負会(ダスーロ)主頭のシンリキシャ、ロザイと私は少し因縁があるんでね。‥ロザイは私が出ればひょっとしたら釣れるかもしれないということなんだよ」

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