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第67話

「主頭、ってことは、裏請負会(ダスーロ)の長ってこと‥?一番偉いやつに会うのか?‥‥大丈夫なのか?」 思いがけない名前が出てきてジュセルは戸惑った。アニスがそう言った人物に伝手があるということにも驚いたが、そういった人物と会うことを考えているヤーレとアニスにも驚いた。アニスは何とも言えない顔のまま口の端を上げて笑顔を作っているが、ヤーレは少し眉を顰めたままだ。‥そんな二人の様子を見ていれば、その裏請負会(ダスーロ)の主頭に会うという手段は、本来なら取りたくなかったものであるということがわかった。 「アニス、そんな無理に会うことなんて」 「いや、ジュセル。これに関しては俺がずっと前から考えていたことで、お前に関係ない部分も多い。‥‥お前の暗殺依頼の件がなくても、いずれ俺はアニスに頼んでいたことだ」 ジュセルの言葉を強い調子で遮ったヤーレが、絞り出すように言った。その顔はやや苦渋に満ちているように見える。 ヤーレの言葉の強さに押され、思わず黙り込んだジュセルに向かってザイダが優しく声をかけた。 「すまないな、ジュセル。‥俺の部族の者‥ハリスがろくでもないやつなせいで、ジュセルにもアニスさんにも迷惑をかける」 「裏請負会(ダスーロ)主頭に会って、アニスに何をさせるつもりなんだ」 それまで黙っていたケイレンが声を出した。ヤーレとザイダは顔を見合わせて逡巡する様子を見せたが、俯いてしまったアニスとしょんぼりしているジュセルを見て、ヤーレが口を開いた。 「裏請負会(ダスーロ)とハリスのつながりは、長く深い。しかもそこで行われた悪事の尻尾はなかなか掴ませない。とはいえ、ある程度ハリスの悪事の証拠は掴んでおかなければ族長候補から引きずり下ろすこともできない」 横からザイダも口を挟んで説明をしてくれる。 「‥現在の主頭であるロザイと、副頭のヨキナは今折り合いがあまりよくないんだ。ハリスはヨキナとのつながりが深いから‥知り合いであるアニスさんの伝手を使って、ロザイから証拠に近いものを引き出したいと思ってる」 それを聞いたケイレンも難しい顔になる。 「‥‥そううまく行くもんか‥?」 「行かせないでは話が進まねえ。‥とにかく、これからの段取りを言っておく」 ぴしりとした調子でヤーレは言った。 「今後も暗殺者は来るだろう。ジュセルは必ずケイレンかアニスと行動すること、できる限り家からも出るな。ケイレンとアニスはジュセルを狙ってきたやつを倒したらその情報を俺に送れ。それから、主頭のロザイにアニスを会わせるときには俺も一緒に行くから」 「‥ああ、ありがとう、ヤーレ」 「面倒なことを頼んでるのはこっちだからな」 アニスに向かってそう言うと、ヤーレは言葉を続けた。 「アニスの代わりを今から探す、その人員のめどがついたら、ロザイに会いに行こう」 「‥それは、俺が代わりになろう」 ザイダがのっそりと口を開いた。ヤーレは少し呆れたような顔をしてザイダを見た。 「お前が関わってることを相手に悟られたくねえし、お前だって忙しいだろうが」 「お前が医師を手配してくれたおかげで何とかなりそうだ。俺の部族の失態だから、俺が身を削るべきだと思う。幸い剣術はある程度修めているから足手まといにはならない、と思う」 ヤーレはザイダの言い分を苦い顔で聞いていた。しばらく思案してから首を横に振った。 「だめだ、今日だってお前がここにきているってのをハリスにばれないように、あんな布かぶせて連れてきてんだ。その後にお前がここに居座ってたんじゃ、ハリスの一派にお前をこっちが取り込もうとしているのがバレちまう。それは悪手だ」 ヤーレはそうきっぱり言うと、アニスの方を見た。 「いずれにせよアニスはあとひと月半もすれば、ショレルダ大隊商会の護衛依頼が入ってる。それ以降の後釜を据える意味でも、探しておいた方がいいからな」 アニスはそう言われて「わかった」と短く答える。その顔からは何を思っているのか表情は読めなかった。 ジュセルは不安げに他の四人の顔を代わる代わるに見た。皆それぞれ思うところのありそうな顔をしている。‥自分の身を守ってもらうための話が、なぜか族長候補の話にまでなり替わってしまい正直理解の範疇を超えそうだった。 ケイレンがジュセルの頭にぽんと手を置いた。 「なんか、色々複雑になってきちまってるけど‥ジュセルの身の安全を恒久的に守れるようやっていることだから。‥まあ、たまたま今回政治が絡む話になっちまっただけだ」 「‥‥この国に生まれたから、基本的には政治とは無関係で生きて行くんだと思ってたな‥」 サッカン十二部族国の庶民が政治に参加できる機会は、五年に一度の部族員選挙の時だけだ。それだってあまり候補者の情報も知らないまま、なんとなくで終わってしまう。自分が生まれた国のこういった情報を知るにつれ、ここは民主主義の国ではないんだな、とジュセルは思ったものだった。 そもそも、民主主義、という考え方がこの世界(トワ)にあるのかどうかもわからないが。 いずれにせよこれ以上考えたところで、ジュセルにできることは多くなさそうだ。そこまで考えて、ジュセルは顔を上げて言った。 「ヤーレさん、どうしても俺の身を守ることが難しいようなら、俺は国外に出る。一生守ってもらうことなんてできないだろうし、現実的じゃない。‥その、ザイダさんが候補になって、ハリスってやつの権力がなくなるんならありがたいけど‥俺のために他のヒトの人生まで左右されるのは嫌だから」 「ジュセル、俺が一生でも守るから」 そう言って横から抱きしめてこようとするケイレンの腕を押しやりながら、ジュセルは言葉を続けた。 「そんなのも無理。この先一生、ケイレンの時間を俺のためだけに使いたくない。そんな人生は嫌だ。‥‥事態の改善が見られないようなら、国外退避も考える。だからヤーレさんの計画の選択肢の中にそれも考えといてほしい」 そうきっぱりと言い切ったジュセルを見て、ザイダが目をみはった。この、一見荒事に無縁そうな若者(ワクシャ)が、これほどまでにしっかりと自分の意見を通そうとするとは思わなかったのだ。 「ジュセル、まだ若い君にこんな試練を与えてしまっていることをすまなく思う‥できうる限り早く、ハリスを何とかする。‥‥最悪証拠が見つからなくても、俺が何とかするから心配するな」 ザイダがそう力強く言うのを、ヤーレはまた呆れたような顔をして引き取った。 「だからお前は何でも勝手に進めようとするなよ。今ようやく対処しようとし始めたばっかりだろ!?ったく、何でどいつもこいつも起こってないことばっかし心配しやがるんだ‥うまく行くときのことも考えろよな。そのために色々対策しようとしてんだからよ」 綺麗に編み上げている豊かな白髪が乱れるのも構わず、ヤーレがぐしゃぐしゃと頭をかきむしる。その姿を見て、なんとなく一同がほっと息をつき、少しだけ和やかな雰囲気で話し合いを終えることができた。 アニスは防護機工の定期点検をしてから自分の部屋に帰ってきた。 そして、なんとなく、今日は寝台ではなく吊り網(ハンモック)を吊ってその中に入り込んだ。ぎちりと網が身体を包み込んでくる感覚は、仕事中の緊迫した空気を思い出させる。 どうせ、今日は眠れない。 裏請負会(ダスーロ)の主頭ロザイは、アニスが花街で客を取らされているときに足繫く通ってきた客の一人だ。 もう少しティルガが救い出してくれるのが遅かったら、アニスはおそらくロザイに身請けされて、一生をロザイの元で送ることになっていただろう。 ロザイはアニスに相当に入れ込んでおり、ティルガが花宿を摘発してアニスを開放した後もしつこく居場所を嗅ぎまわってきていた。当時ロザイはまだ主頭ではなかったが、裏請負(ダスル)としてはそれなりに名を売っていた。それに対抗するためにティルガはアニスを請負人(カッスル)に仕立てたともいえる。 ロザイは何度もアニスに向かって「愛している」と言っていたが、それは愛などではなく、執着だったと今でも思っている。このロザイの執着から逃れるために、アニスは護衛旅の依頼をよく受けているといってもよかった。主頭になってからはさすがに忙しいらしく、前ほどの頻度でアニスに接触してくることはなくなっていたのだが。 ロザイの意志の強い頑固そうな顔を思い出して、アニスはまたため息をついた。

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