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第78話
防護機工が感知したのは、三人組の裏請負 だった。どうやらずっとケイレンの屋敷を見張っていて、アニスとスルジャが出かけたのを確認、なかなか帰ってこないので襲撃に踏み切ったらしい。
ケイレンは憤怒の形相で下衣だけを素早く身につけ片手剣を握ると、ジュセルには寝台下に隠れているように言いつけ、ビルクの破裂玉と万能薬が入った袋を押しつけた。
そこまでやってケイレンが部屋を飛び出した時には、裏請負 たちはもう屋敷に侵入してきていた。一階部分を走り回っている音が聞こえる。
ケイレンは、初めてのジュセルとの性交を邪魔された怒りで目の前が赤く燃えているように感じていた。こんなに頭に来たことはない。だッと走って表階段のところまで来ると、階段下に大剣を構えたマリキシャと槍を持ったレイリキシャの姿が見えた。
「いたぞ!」
と叫んだマリキシャは次の瞬間、ケイレンが飛び上がりながら振り下ろした剣の餌食となった。ざくりと左肩から袈裟懸けに斬られたマリキシャは濁った叫び声をあげてどうと床に倒れた。怯んだレイリキシャが槍を構えながらも後ずさったが、ケイレンがそれを逃すわけもなかった。1カート半(=約13m)ほどもあったその距離を一息に駆け寄ると、下からそのレイリキシャの身体を斬り上げた。こちらも大きな叫び声をあげてバタンと床に崩れ落ちた。
二人の暗殺者は、息はあるがその身体の下からどんどんと血液が流れ出ていて、このままなら絶命しそうに見える。この弱さなら取るべき情報もさしてないだろう、とケイレンは助ける意思もなく冷酷な視線を投げた。暗殺者らは低い声で呻きながら、床の上でわずかにもがいていた。
まだ侵入者がいるかもしれない、とケイレンは警戒して感覚を研ぎ澄ませた。ジュセルは寝台の下でじっとしているはずだ。何か動く者の気配がするなら、暗殺者に違いない。
その時、軽い足音のようなものが建物の奥から聞こえた。裏階段を上っているのか。
「チッ」
ケイレンは鋭く舌打ちをすると表階段を駆け上がり、二階の廊下を裏階段の方に向かって走った。すぐに階段を登り切っている小柄なレイリキシャが見えた。
「動くな!」
叫びながら迫りくるケイレンの姿を認めたレイリキシャは、手元を大きく振り払うような仕草をした。レイリキシャの手元からぐうんと伸びてきたのは鋼鞭だった。
ケイレンの足を狙って伸ばされたそれを軽く飛び上がって躱し、レイリキシャとの距離を詰める。鋼鞭を避けられたレイリキシャが何かこちらへ投げてきた。それを剣でカキン!という音を立てて薙ぎ払った。その間もケイレンの足は止まっていない。
瞬く間に距離を詰め横から撫で斬るようにしてきたケイレンの剣を、レイリキシャは両手で伸ばした鋼鞭でガチリと受け止めた。先ほど倒した二人よりも、こちらの方が腕がいいようだ。鋼鞭でケイレンの剣を受け止めたレイリキシャは、剣を押し出すようにしながらぐるりと鞭をケイレンの剣に巻き付け絡め取ろうとした。すかさずぐいっと剣を引き寄せてそれを躱し、逆に相手を引き寄せる。ケイレンの前に出てきた小柄なレイリキシャの身体を、容赦もなく足で蹴り上げた。「うがっ」と鈍い声をあげてレイリキシャの身体が跳ねる。しかし鞭と剣が絡んでいるので身体が吹っ飛ぶこともなく、却って蹴りの威力が相手の身体に重く沈んだ。
げえ、と言いながら胃液のようなものを吐くレイリキシャの顎のあたりを狙い、今度は剣を握ったままの手で殴りつける。がきょっという音がして歯が二つ飛んでいった。そのまま相手の身体にのしかかり、膝頭で首元に乗るようにして圧迫してやった。ひ、ひ、とかすれた息が潰された喉からしている。
「俺は今最高に頭に来てるからな。正直に言わねえならここで殺す。お前は裏請負 だな?ハリスからの依頼で来てるのか?」
「知ら、な‥」
かすれた声でそう言おうとしたレイリキシャの腹を、もう片方の膝頭でぐぶっと押しつぶす。ぐえ、という潰されたような汚い声が響いた。
「正直に言わねえならここで内臓ぶちまけさせてもいいんだぞ」
レイリキシャは苦し気に細い息を吐いている。その喉をまたぐっと膝頭で押さえ込むと、レイリキシャは弱々しく鞭を取り落とし、手を挙げた。それを見てケイレンはかける力を少し弱めた。
かふっと軽く咳き込みながら、細い声でレイリキシャは答える。
「‥わ、たしは、ヨキナに、言われて、請け負った、だけだ‥ハリス、が依頼した、という、噂は、聞いたが‥よく、知らん」
「ふん」
ケイレンは鼻で嗤うとレイリキシャの足を折り曲げさせ、膝の間と身体をレイリキシャの鋼鞭でぐるぐるに巻き付け拘束した。鋼鞭に備えられた細かい刃がじりじりとレイリキシャの肉を食い破り、じわじわと出血しているがそんなことには構わなかった。腕の方はレイリキシャの衣服の紐を使って縛り上げる。
そしてそのままそこに転がすと、一階に取って返して前に倒した二人の様子を見に行った。二人はすでに息が絶えていた。
一度、ジュセルの元へ戻ってもう心配ないことを告げる。不安げな顔をしていたジュセルは、ほっとした顔にはなったが、ケイレンの様子を見て顔を顰めた。
「ケイレン、怪我してる?血が‥」
言われて自分の姿を見れば、相手を斬り捨てたときの返り血や鋼鞭で縛り上げたときの細かい血飛沫などで血まみれだった。
「あ、いやこれは相手の血。俺は無傷だから大丈夫」
「‥襲ってきたヒト達って‥」
昏い顔をしてそう訊いてくるジュセルに、少し迷ってケイレンは答えた。
「‥ごめん、二人は殺した。まだ死体があるからこの部屋から出ないでほしい。一人は生きてる。ちょっと警備隊を呼んでもらうから待ってて」
「‥うん」
ジュセルは頷いた。シーツを身体に巻き付けたまま少し震えている。
せっかく二人で甘い時間を過ごすはずだったのに、こんなに怯えさせてしまって申し訳ない、とケイレンは思った。ケイレンの中で二人を殺した罪悪感より、ジュセルを怯えさせてしまった罪悪感の方が大きい。荒事に慣れていないジュセルには、ヒトの生き死にや怪我が途轍もなく重いことに感じるのだろう、ということはわかっていた。
おそらく、それが普通に生きているヒトの感覚なのだろう、ということも。
ケイレンは、自分自身が荒事の中で生きていたせいでその普通の感覚が失われていることを、ジュセルを通して理解していた。
夕方ごろにアニスとスルジャが寝台の部品をのせた大きな荷車とともに帰ってきた。六本足の大きな馬は、かなり大きな荷車でも引いていける。とりあえずそれらの部品を玄関ホールに納めながら、アニスはケイレンにこっそりと訊いた。
「‥襲撃があったのか?」
「なんでわかった」
「掃除したんだろうけど、血の臭いがするし少しまだ残ってる。大勢来たのか?」
「いや、三人だ。しかも二人は雑魚だったから心配ない」
アニスは天井を見上げて吐息した。
「‥じゃあ、ジュセルはまた落ち込んでんじゃないの?」
「いや今回は何も見せてない、すぐに警備隊呼んで死体も生きてるやつも引き取ってもらったし」
「莫迦!」
アニスはやや強い調子でそうケイレンを罵ると、ばこんと後ろ頭をはたいてきた。思いがけぬ痛みに頭をさすりつつ恨めしそうにアニスを見やれば、厳しい顔をしてこちらを睨んでいる。
「‥何だよ‥」
「莫迦だねあんたは。ジュセルは死体や怪我人を見て落ち込んでるんじゃないんだよ。‥‥自分のせいで誰かが傷ついたり命を落としたりしちまうことに心を痛めてるんだよ。優しい子だからな」
斬り伏せるようなアニスの言葉に胸を打たれ、ケイレンは立ちすくんだ。アニスはバン、とケイレンの背中を強く叩いた。
「ジュセルのことを好きなら、その心の裡もよく見てやることさ。あの子は強いように見えて繊細なところがあるからね」
「‥わかった」
やれやれ、と肩をすくめてまた荷運びに戻るアニスの後ろ姿を見て、ケイレンは唇を噛んだ。
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