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第79話
アニスとスルジャ、そして力仕事要員としてケイレンが加われば、あっという間に寝台が組み立てられた。三人が寝台の組み立てをしている間に、ジュセルは食事の用意をした。
食事が終わり、それぞれ部屋に引き取った後、寝台に横になろうとしていたジュセルの部屋の扉が叩かれる。はい、と返事をすればケイレンがそっと扉を開けた。
「‥入ってもいい?」
「うん」
扉を閉めて中に入ってきたケイレンを、部屋に備え付けの椅子に座らせ自分も向かい側に座った。何を言われるか、なんとなく予想はついていたが、ジュセルの胸のうちで色々と迷っていた。
ケイレンは少しジュセルの顔を見ていたが、すぐに話し始めた。
「ジュセル」
「うん?」
「今日、怖かったよな」
「あ、うん、でもケイレンがいたから、大丈夫」
「いやそういうんじゃなくて‥俺もアニスに言われて初めて気づいたからなんも言えねえんだけど‥」
ケイレンはそう言いながら左手で頭をぐしゃぐしゃとかいた。艶々した髪が乱れる。
「え、何?」
何のことを言われているかわからずに素直に問い返す。ケイレンが続けた。
「ジュセルが、ヒトが怪我したり死んだりすることに、凄く‥心を痛めてる、っていうか、傷ついてるってこと、俺ちゃんとわかってなくて」
「‥‥ああ、」
そう言われてジュセルは下を向いた。
その通りだった。
自分を守るためとはいえ、そして金ずくでヒトを傷つけ殺す商売をしている相手だとはいえ、「自分のせい」でヒトが死んだり大怪我を負ったりするのは考えるとたまらない事実だった。無論、日本で生きているときにそんな目に遭ったことはないし、この世界 でさえも、請負人 になるまでそういった荒事とは無縁で過ごしてきたのだ。
自分に咎はない、責任はないと思おうとしても、なかなか呑み込めない。だが、ケイレンやアニスが生きる世界ではごく当たり前のことで、しかも自分の安全のためにされていることなのに変に傷ついた様子を見せてはいけないと思って努力していたつもりだったのだが。
アニスにはお見通しだったようだ。
「あの、仕方ないことだし俺のためにみんなが戦ってくれてるのも守ってくれてるのもわかってるから、大丈夫」
「いや、そういう問題じゃないだろ?わかってても、吞み込めないこともあるだろ?」
そう言ってケイレンは立ち上がり、ジュセルの椅子の横に来て跪きジュセルの肩を抱いた。
「俺も、アニスに言われるまでちゃんと理解してなくてごめん。できるだけ早く、この問題が片付くように頑張るから」
「うん、でも、ケイレンのせいじゃない」
「俺のせいだよ。俺が初動を間違えたから‥ごめんな」
回された腕に頭をもたせかける。温かい温度とケイレンの香りがジュセルの身体に沁みとおっていく。
「‥もっと、心を強く持てるように頑張る」
「頑張んなくてもいい、俺がいるから、辛いときは泣いていい」
「ありがと‥」
「だからさ」
そう言ってケイレンはジュセルの顔を覗き込んだ。
「これから、俺と一緒に寝ないか?‥‥ていうか。ジュセルが了解してくれたら‥隣の主寝室で一緒に寝たい」
ジュセルは目を丸くしてケイレンの顔を見返した。ケイレンはごく真面目な顔をしている。
ここに来たばかりの頃、ケイレンと揉める原因の一つにもなった主寝室、つまり伴侶用の寝室だ。暇に飽かせてそこも丁寧に掃除はしたので、家具さえ整えればすぐに使える状態にはしてあった。主寝室の大きな寝台は、少し壊れている部分はあるが修繕すれば問題なく使えるものだ。
「と、隣の、あの部屋、で?」
「うん」
「一緒に、いつも、寝るの?」
「できればそうしたい」
「‥って、ことはさ」
いつも、性交するってこと?
そう頭の中に浮かんできて、かっと顔が熱くなった。その頭をケイレンが撫でる。
「‥明日か明後日からでもいいからさ」
「‥でも‥」
また、いい雰囲気の時に襲撃があったらいたたまれない。素っ裸にシーツを纏って寝台の下に隠れているのは、かなり間抜けで惨めな気持ちだった。ああいうことが頻繁に起こるなら、とてもではないが安心して、最後まではできない。
ジュセルは恥ずかしさに少しどもりながら、そういった趣旨のことをぽつりぽつりとケイレンに訴えた。それを聞いたケイレンは難しい顔をして考え込んでいる。
しばらく下を向いて考えていたケイレンが、いきなり天井に向かって「ああああああもう!」と叫んだ。思わずびくっとしてジュセルは身体を引いた。
「わかった!」
そう言ってケイレンはがしりとジュセルの腕を掴んだ。じっと目を見つめながら話を続けてくる。
「ジュセルと、最後までするのは、この件が落ち着いてからにする!‥でも、心配だから一緒には寝たい!それに全然手を出さないのも俺には無理!最後までは、やらないから一緒に寝てください!」
そのままガッと頭を下げるケイレンの勢いに驚いて、ジュセルは知らず知らずのうちにこくりと頷いていた。
そのころ、アニスは呼ばれてスルジャの部屋に来ていた。スルジャは厳しい顔をして目の前に並べられたガラス瓶と書類を眺めている。
アニスはふうとため息をつきながらスルジャの前に果実酒のグラスを置いた。おそらくこれが欲しい頃だろう、と思ってのことだったが、予想通りスルジャは無言でグラスを掴むと一気に中身を呷った。
「‥ぷは」
「無茶な飲み方だね」
「飲まなきゃやってられないよ‥」
スルジャはそう言いながら両手で頭を抱えた。
「訳がわからないよ。全く同じ製法で作ってるのに、ジュセルが作ったものは明らかな力素回復の効果がみられて、あたしが作ればそんな効果は気持ち程度だ。‥しかも材料をよくすればするほど力素の回復量が上がる」
「‥そうか‥」
「これじゃ、ハリスが手を引いたってジュセルの身柄は狙われるばかりだよ』
「でも、このことを知ってるのはまだ少ないんだろ?」
慰めるように言ったアニスの言葉に、スルジャは嚙みついた。
「でも!馬鹿なあたしが力素回復するみたい~とか言っちゃったせいで、請負人協会 解析師の中には広まってる!お試しで飲んだりしてみてたし‥人の口に戸は立てられないよ‥」
スルジャはがっくりと肩を落とした。
「ジュセルは、ハリスの依頼さえなくなれば安全に暮らせるって思って色々我慢してるのに‥これじゃ‥」
今にも泣きだしそうなスルジャの肩を、アニスはぽんぽんと優しく叩いた。
「大丈夫、まだ色々手立てはあるよ。ヤーレと‥それからカズリエにも相談した方がいいかも。ジュセルを、請負人協会 全体で守れるようにすればいい。すぐにヤーレに連絡してみるよ」
そう言われてスルジャは目を擦り、頷いた。
「緊急用の鳥を使う。‥これはもう、あたしだけじゃ抱えきれないことになってきたしね‥」
そう言って荷物から何やら白いものを取り出した。使い切りの速信鳥だ。
「お茶について至急話をしたい、すぐに屋敷へ」
短くそう伝えると、白い速信鳥は一度大きく羽ばたいてふわりと消えた。
「これで、明日にはヤーレが来るかな」
「だろ?これが今、喫緊の問題だしね」
そう言ってまだ目にうっすら涙を浮かべているスルジャの頭を、アニスは何度も撫でてやった。
翌日早朝に、ビーッという無機質な呼び鈴が鳴った。一番に起きていたジュセルが、すぐさまケイレンの部屋に行って来客を知らせる。ジュセルは一人で来客に応対しないよう言い含められていた。
来客を知らされたケイレンが玄関に向かえば、そこにいたのはヤーレだった。ヤーレが来ることを知らなかったケイレンは怪訝な顔をした。
「え?今日来る予定、あったか?」
ヤーレはそんなケイレンには構わず、ぐいぐいと中に入ってくる。
「スルジャとの約束だ。邪魔するぞ」
そう言って、そのまますたすたとスルジャの部屋に向かっていく。ケイレンは解析関連の話か?とあまり深く考えることなく、その後ろ姿を見送った。
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