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第80話
スルジャの説明をひとしきり聞いたヤーレは、眉間に深く皺を寄せ、考え込んでいた。
「‥まだ、そこまで上位材料を使ってないから断言はできないけど、‥冗談じゃなく、万能薬に匹敵するものができると思う‥。しかも、今のところそれはジュセルにしか作れない。これはあたしの予想でしかないけど、ジュセルはお茶とか料理とか作っているときに、無意識にキリキを流し込んでるんだと思うんだ」
そう説明するスルジャを見て、ヤーレは言った。
「予想とは言え、なぜそう思ったんだ?」
スルジャは、ジュセルにもらったクッキーを目の前に差し出す。
「ヤーレも何度か食べたことがあるだろ?‥‥ジュセルの料理や菓子を食べるとホッとして、元気が出る感じがする。それって、ジュセルの人柄や雰囲気がそうさせてるのかな、なんて思ってたんだけど‥僅かに回復作用があることがわかったんだ。お茶ほどではないけどね」
思いがけないスルジャの言葉を聞いて、ヤーレは言葉を失った。‥‥次から次へと、予想を上回る事態が発生してくる。
「そもそも、ほとんどキリキのないジュセルが、毎回髪を乾かしてる、って言った時に違和感はあったんだよね。そこまでちからあるかなって。‥‥多分、今普及してる検測機には感知されない種類のキリキなんだと思う。本人も自覚はないみたいだけど」
「そんな例がほかにもあるのか?」
そう尋ねるヤーレに、スルジャはため息をつきながら肩をすくめてみせた。
「聞いたことないね。検測機を作ったと言われるザンベル自身がこの機工躯体を作った時、そういう可能性がありえる、って言ってたみたいだけど‥もうずいぶん昔のヒトだし、詳しいことはあたしも知らない」
二人で頭を抱えているところに、お茶と菓子を持ってアニスが部屋に入ってきた。
「ジュセルが持ってこようとしてたんだけど、私が代わったんだ。まだ聞かせない方がいいだろうからね」
そう言いながら二人の前に温かい湯気の立ったカップと、切り分けられたパウンドケーキがのった皿を置く。ヤーレは思わずそれらをじっと凝視した。
「このお茶は普通のお茶だよ。パウンドケーキはジュセルが焼いたものだけど」
アニスはそう言いながら自分もカップを持ち、椅子がないので寝台に腰かけた。ヤーレはじっとパウンドケーキを見つめ、フォークで一切れ刺して恐る恐る口に入れた。それを見届けながらスルジャが言う。
「五分くらいしたら、わかるかも」
「‥ジュセルの身柄自体が、価値になっちまうな、これは‥」
パウンドケーキを平らげたヤーレが顎をさすりながら険しい顔をしている。ここに来るまでに、機工車での移動以外では身体強化をかけて急いできたのに、それで失われたはずのちからが今少し満たされているのを感じていた。
スルジャは力なく頷いた。
「‥料理を作るなっていうわけにもいかないから、ジュセルには黙ってる。黒剣にもジュセルが絡むと馬鹿になるから言ってない」
ヤーレは腕組みをした。
「‥‥サッカン十二部族国の請負人協会 全体で、守っていかなきゃならないだろうな。‥‥あとは、厄介だから国の中枢にかかわるやつらにもばれないようにしないと、ジュセルの人生そのものが変わっちまう」
お茶を飲み干したアニスも頷いてみせた。
「それがいいね。まだジュセルは若いし、身の回りに高能力者 もいなかったみたいだから、相談する相手もいないだろう。‥私たちでどうにかしてやらないと」
その言葉を聞いたヤーレが頭をぐしゃぐしゃと搔きむしった。
「だが、どこか時機を見てジュセル本人にも言わなきゃならねえし、ケイレンにも伝えておいた方がいいだろう。‥その前に、請負人協会 の権限でこの屋敷周辺に警戒人数を増やす。哨戒だけならそこまで腕の立つやつである必要はないしな」
アニスも賛同した。
「昨日来た三人は黒剣がひとりで片づけちまったけど、この先数を恃んで襲撃してくることがないとも限らないからね。昨日襲撃してきた裏請負 は、決して弱い方ではなかったけど‥まあ‥‥ちょっと襲撃した時が悪くて、黒剣が激怒状態だったみたいだから‥」
そう言葉を濁しながらアニスが説明するが、その違和感にヤーレは気づくことなくまだ考え込んでいる。
そしてうん、とひとりで頷いてからスルジャとアニスの顔を見た。
「とりあえず、ジュセルの身分を請負人協会 抱えの調剤師、ってことにする。ジュセルの作るものはすべて請負人協会 での専売。才能ある調剤師だから、警護をつけるってことでカズリエと調整しとく」
ヤーレの言葉を受けて、二人は頷いた。
「協会総出で守る体制を整えられるならそれがいいよ。‥あとは本人にどうやってこのことを伝えるかだよね」
スルジャが言うと、横からアニスも口を出した。
「先に黒剣に話しておいた方がよくないか?変に警戒されても困るし」
二人の言葉を聞いたヤーレがぱし、と膝を叩いた。
「わかった、ケイレンには俺から説明する。それが落ち着いたら‥ジュセル本人にはスルジャから説明してやってくれ。色々細かいことも言っておいた方がいいだろうからな。当分の間、ここに住み込んでもらうことになるが構わないか?」
「あ~うん、じゃあ、緊急用の鳥をいくつかちょうだい?ここにいることを詳しく説明してないままの体友 (=セフレ)がいるから、言っとかないとさ~」
ヤーレはじろりとスルジャを睨んだ。
「俺もヒトのこと言えた義理じゃねえが、お前は刺されねえようにしろよ」
「だ~いじょうぶ~ちゃんとヒト見て寝てるから!」
「‥なんか心配だな‥」
そう呟くヤーレの肩を、アニスがぽんとたたいてにこやかに言った。
「ヤーレ、十年前のあの三股騒ぎに私を巻き込んだこと、まだ忘れてないからな?」
そう言われたヤーレは肩をすくめて俯いた。刃傷沙汰になりそうなところをアニスに仲立ちしてもらって何とか大ごとになるのを防いでもらったのだ。気まずそうに頭を掻いているヤーレにアニスは少し呆れた顔をしながら、くるりとスルジャの方を振り向いた。
「スルジャも、あんまり遊び過ぎない方がいいと思うよ?」
情人関係に口を挟まれることが何よりも嫌いなスルジャなのだが、なぜかアニスの迫力に逆らえず素直に「はい‥」と返事をした。
「そう言えばアニス、裏請負会 のロザイに会うの、‥急なんだが明日でもいいか?」
思いがけない言葉に知らずアニスの身体は硬直した。ヤーレの言葉を聞いて、スルジャが心配そうにアニスの顔を見つめる。アニスはごくりと唾液を飲み込んでから、努めて冷静に言った。
「‥構わないよ。いずれ会わなきゃいけないんだし」
「すまん、ロザイ側と、それからナジェルの都合を合わせると明日が一番都合がよくてさ。急なことで申し訳ない」
アニスは首を振った。
「構わないよ。‥‥どこで会うんだ?」
「北アラマサ地区にある、<アルバの夜明け>っていう店だ。知ってるか?」
「‥ああ、昔一度だけ行ったことがある。何時ごろ行けばいい?」
「中天(=正午)だ。ナジェルは朝のうちにここに来るはずだから、ナジェルが来たらすぐにここを出てくれ。馬を貸してくれるようにケイレンにはいっておく」
「‥わかった」
聞きたいことを聞き、言いたいことを言ってしまうと、ヤーレはそそくさと部屋を出て行った。またきっと忙しくなるのだろう。扉が閉まるのをぼんやりと眺めていたアニスの手を、スルジャがそっと引いた。
ハッとしてスルジャを見たアニスを、心配そうな顔で見つめている。
「‥アニス、気が進まないんだよね?‥あたしも一緒に行こうか?」
アニスは無理にも微笑んでみせた。
「いや、‥別に昔を思い出して辛いってわけじゃないんだ。‥だから大丈夫」
そう言って笑い、静かに部屋を出て行ったアニスに、スルジャは何とも言えない気持ちを抱えたまま、考え込んでいた。
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