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第83話
「‥‥つまり、ジュセルの身の安全は、ハリスを倒しても確保されない、ってことか‥?」
「端的に言えば、そうなるね」
説明を聞いたケイレンが唸るように言った言葉を、それまで説明していたスルジャが頷いて肯定する。ケイレンの横で顔面を蒼白にしたジュセルが、口もきけず身体を硬くしていた。
俺のお茶で力素が大幅に回復‥?しかも俺しか作れない?‥‥知らない間にキリキを練り込んでる、なんて言われても訳がわからない。そもそも俺のキリキなんて微々たるものなのに。
奥歯を噛みしめ膝の上できつく拳を握りしめているジュセルが、あまりにもかわいそうに見えたスルジャは、申し訳なさそうに言葉を継いだ。
「‥ジュセル、ひょっとして力素検測機で力素含有量を計ったことがあるのかな‥?あれは、製作者によればすべての力素を感知するわけじゃないらしくてさ、ひょっとしたら表に出にくい種類の力素含有量が多いのかもしれないんだ」
「‥‥」
共通学校の卒業年度に、希望者は力素を計測してもらえる機会がある。この時の計測は国が費用を負担するので、ほぼ全員が計測を希望する。無論、ジュセルも計測してもらい「有用な力素含有は無し」という計測結果を得ていたのだ。
以来、丸三年間自分には有用な力素はないと思って過ごしていたのに。
言葉の出ないジュセルの肩を、ケイレンが優しく抱き寄せた。
「ジュセル、大丈夫だから」
その言葉で、ジュセルは頭の中の緊張の糸がぶつりと千切れるのがわかった。
「な、なんで、俺ばっかり、こんなことになるんだよ!俺はただ、ひとり親 のアミリに楽になってもらって、サンカとリーエンに少しでもいい暮らしをさせてやりたかっただけだ!ただ、普通に暮らして稼いでいきたいだけだったのに何で」
溢れ続ける涙とともに喉奥に何かが詰まってきて言葉を続けられない。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだろう。ジュセルは零れ続ける涙を堰き止めるように両手で顔を覆った。
「何で、なんでだよ‥そんなチート要らねえよ‥普通でいいのに、なんでなんだよ‥」
呟くようにそう言いながら泣き続けるジュセルを、三人は黙って眺めているしかなかった。
ケイレンが、手巾を取り出してそっとジュセルに差し出してやる。ジュセルは顔を覆っていて気づかない様子だったので、ケイレンはジュセルの手を取って手巾を渡してやった。
ジュセルは渡された手巾で、ごしごしと乱暴に顔を拭った。そして下を向いたまま、はあっと深く息を吐いた。
‥‥‥子どものような文句を言ってしまった。精神年齢だけで言えば、俺は五十年近く生きているはずなのに、恥ずかしいな‥。泣きすぎて熱くなった頭の隅で、ぼんやりとそんなことを考える。
できるだけジュセルの受ける衝撃が大きくないように、ケイレンやアニスが揃っているときに言葉を選んで説明してくれたスルジャに申し訳なかった。きっとどうやって伝えるか、色々と迷って言葉を選んでくれただろうに。
そもそもジュセルの身に起こっている事象に対し、ここにいる誰にも責任はないのだ。
それなのに、子どものような泣き言をぶつけてしまった自分が、情けなかった。
少し呼吸が落ち着いてきたジュセルに、アニスが声をかける。
「ジュセル、成人したばかりなのに次々と異常なことが起きて、辛いよね。その気持ちは想像できるよ。‥でも、ヤーレもジュセルの身を守るために色々動いているし、ここにいる黒剣だって、きっと一生でもジュセルを守っていくつもりでいると思う。無論、私も自分の力が及ぶ限りジュセルの秘密を守ると誓おう。ヤーレもこの薬に関して知っている人物全員に、シンリキ誓書を書かせるつもりだと言っていたし」
ひくっとしゃくりあげてジュセルはアニスの顔を見た。いつもいたずら気に微笑んでいるアニスの顔は、真剣そのものだった。
アニスの言葉を聞いていると、またじわりと涙が浮かんできた。手巾を握った手を、横からケイレンが握ってくれる。アニスの横で心配そうな顔をしたスルジャが、涙声で言った。
「ジュセル、ごめんね、あたし結果にしか目がいってなくて‥万能薬以来の大発明だってことにばかり目がいっちゃって、ジュセルの人生のことを考えるのが遅かった‥もう少し慎重に情報を扱ってれば、解析部のヒトに広がることもなかったのに‥」
ケイレンがお茶の解析を頼んだ際、被検体として解析部のヨーリキシャにも何人かお茶を飲んでもらっていた、だから解析部のヨーリキシャはすでにこの薬の効能を体感していたのだった。その時はスルジャもまさかジュセルにしか作れない代物だと思わず、仲間と情報交換しながら成分の解析に励んでいたのだ。
眉尻を下げて詫びてくるスルジャに、ジュセルは首を横に振った。
「‥‥ごめん、俺なんか変なこと言っちゃって‥誰も悪くないのに、ちょっと冷静さを欠いてた。スルジャだってこんな事態になるって予測してなかったんだしなんにも悪くないよ。
誰のせいでもない、こういう俺の運命だったっていうだけなのに、‥‥文句みたいなこと言っちまってごめん‥」
「ジュセル‥」
じわりと目を潤ませているスルジャに、ジュセルは無理にも笑ってみせた。
「‥ヤーレさんが色々考えてくれてるなら、それに従えばいいんだし‥。本当に、ごめん」
そう言って軽く頭を下げたジュセルの身体を、横にいたケイレンが強く抱きしめてきた。ジュセルの腕ごとがしりと抱きしめてその肩口に顔を寄せる。
「ジュセルが謝ることなんかない‥結局俺のせいだよ。俺が茶葉を検査してみようなんて言わなきゃこんなことにはならなかった」
そう言うケイレンに、少し冷静になってきたジュセルは首を振った。
「それは違うよケイレン。むしろ俺が気づいていない時に、ケイレンに気づいてもらえてよかったんだ。知らないところでお茶の効能に気づいたヒトに、悪用される可能性だってあったんだから‥ちゃんと、請負人協会 みたいなところで解析してもらえたのは‥やっぱり幸運だったと思う」
顔をあげてジュセルを見つめてきたケイレンに笑顔を見せ、その頭に手を伸ばして撫でてやった。相変わらずつるつるとした手触りの美しい髪だ。髪を撫でるジュセルの手に、ケイレンは自分の手を重ねた。
「‥‥どんなことがあっても、俺がきっとジュセルを守る。ずっとジュセルの傍にいるから‥心配するなっていうのも無理だとはわかってるけど、俺を頼ってくれていい」
そう言って再び腕をジュセルの身体に回しぎゅっと抱きしめる。その力強さが今は心地よく、身体をケイレンに預けると少しまた気分も落ち着いてきた。そんな二人を見つめながら、スルジャが静かに声をかけてきた。
「だからジュセル、悪いけどしばらくあたしと一緒に回復薬作りに専念してくれる?正確な効果のものを作りたいし、製法 も含めて色々と解明しておきたいこともあるし、納入しなきゃならない関係先もあるから。‥それからまた今度ヤーレが来た時に話すと思うけど、ジュセルの身分は請負人協会 専属の調剤師、ってことになる。だから自動的に級位が四級に昇格するよ」
「え、昇格?俺、こないだ初級に受かったばかりで依頼も全然達成してないんだけど」
驚いてケイレンの腕の中からするりと抜け出し、スルジャの方に身体を向けた。スルジャは頷いて話を続ける。
「そもそも、専属、っていうのが四級からしかなれないからね。ジュセルのこの回復薬はすごい代物だから、昇格に文句をつけるヒトはいないと思うよ。この先、この薬が売れていけばきっともっと昇格できると思う。それに、専属になると基本給が出るから依頼を受ける必要もなくなるし」
ジュセルは驚いて立ち上がった。
「えっ、給料もらえるってこと!?」
「うん、専属料っていうのがもらえる。後は貢献度や品物の売れ行きに応じて報酬がもらえる形になると思うよ。お金が入ってくるのはジュセルも嬉しいんじゃない?」
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