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第96話
ハリスは報告を聞いて考え込んだ。
ケイレンがタラッカンへ異生物討伐に出かけた、という報告だった。タラッカンでは大型の発生が予想され、幾人もの退異師が集まっているという。おそらくある程度の期間、そこで討伐に従事することになるだろう。
面倒だからまだ折り返しの連絡はしていないが、先ほどヨキナからも機工通信が来たらしい。あの小心者が連絡をしてきたということは、おそらく依頼を達成したという報告に違いない。
邪魔者が消えた。とするなら次の段階に進まねば。
今度は、ケイレンを確実に手に入れるための手立てを考えねばならない。これはただの若い請負人 暗殺とは比べ物にならない難事だ。
ただケイレンを監禁して言うことを訊かせるだけなら、いくらでも手立てはあった。ハリスの元には定期的に強制性交幻覚剤 が入ってくる。同じように症状緩和剤 も手に入れられる。力ずくでケイレンを攫ってきて、それらを使い好きにすることは造作もないことだった。
ただ、ハリスはケイレンの心も欲しかった。ケイレンの口から、自分を愛すると言ってほしいし、自分を欲しがってほしい。強制性交幻覚剤 に浮かされて言ってもらうのは最後の手段だと考えている。
ハリスは強力なシンリキシャだ。国から義務付けられた能力抑制の腕輪さえなければ、ヒト一人洗脳することくらい訳もない、ということを自覚していた。
しかし、この国から課せられている能力抑制の腕輪は、ちょっとやそっとのことでは外すことはできない。そのための鍵は、高能力 管理局にて厳重に保管されている。そして無理に壊そうとすれば、管理局で警報が鳴るような造りになっているのだった。
この厄介な能力抑制腕輪さえ外すことができれば、きっとケイレンを自分の思うように洗脳することができる。
そのためには、この腕輪を人知れず解析し解除してくれる技術者を探さねばならない。そしてできれば。その技術者はこの国のものではない方が望ましい。後の処理が面倒ではないからだ。
ハリスは、自分が抱えている諜報部隊の首領を呼びつけた。合図があってしばらくすると、首領は音もなくやってきた。
「何か御用で?」
「ああ、この国のものではない、解析師か機工道具師を探してほしい。何人か見繕えたらその名前と詳しい情報を私のところまで送れ。できるだけ早く頼む」
「では前金で共金貨十五枚をいただきたい」
淡々とそう言う首領に、ハリスは顔色を変えることなく手元の抽斗から共金貨を取り出し、十五枚を数えて机の上にじゃらりと投げ出した。
「受け取りをもらおう」
シンリキ誓書に受け取った旨をさらさらと書いて署名し、そのまま黙って首領は去った。
ハリスは首領が消えた扉の方を向いて含み笑いをした。‥うまく行きそうな気がする。ようやく、自分の思い描いた未来がやってきそうだ。
その前にヨキナの用事の確認をしておくか、と、ハリスは通信機構に手をかけた。
アニスが戻ってきたのは、大人数の裏請負 襲撃から一夜明けた昼前だった。浮かない顔をして戻ってきたアニスだったが、爆弾であちこち破壊されている屋敷の外交を見ると血相を変えて屋敷の中に飛び込んできた。
「ジュセル!スルジャ!ヤーレ!いないのか?ナジェル!」
色んなものが散乱してあちこちに血痕が飛び散ったままの玄関ホールを見て青褪めながら、アニスは必死に名前を呼ばわった。
すると階段横の廊下からひょこっとジュセルが顔を出した。
「あ、アニスお帰り!遅かったんだね。ヤーレさんはもう帰ったよ」
「ジュセル!」
暢気な返事を返すジュセルが、無事な姿を見せてくれたことでホッとするあまり、アニスがジュセルに飛びついてぎゅうぎゅうと抱きしめた。アニスの豊かな胸に潰されそうになりながらジュセルが背を叩く。
「あ、アニス、ちょっと、苦しいって」
「ごめん、‥ちょっと驚いたから‥襲撃があったんだね?」
アニスの腕の中から逃れたジュセルが、息を整えながらこくりと頷いた。
「うん、昨日‥すごく、大人数で来たんだ。そんで、その時爆弾とかもいっぱい使われたから結構屋敷のあちこちが壊れたりしちゃって‥外構部分はヤーレさんが職人を派遣してくれるって言ってたから、早ければ明日には職人さんが来ると思う」
「ジュセルは、どこも怪我してない?大丈夫だった?ごめんな、私がいなくて‥」
ジュセルはぶんぶんと首を横に振った。
「全然!俺、隠し部屋みたいなところにスルジャと隠れてたから‥具体的には何があったか、あまり知らないんだ。でも」
そこまで話した時、ナジェルが二階から表階段を降りてきた。
「ああ、アニスお帰り。用向きは終わった?」
アニスは、そう訊かれてすぐに返事ができず口ごもった。その様子を見てナジェルが口の端を上げた。
「‥うまく行ったみたいだね。こっちも、結構いい感じになってるよ。詳しく話そうか」
そう言ってナジェルは顎をしゃくり、団欒室の方へ行こうと促した。
「あ、アニスお腹空いてない?昨日、アニスの分もご飯作ったから取り分けておいたんだ」
「ジュセル、俺も食べたい」
「‥そうだよね〜。まあ、なんかちょっと用意するから待ってて」
もはやナジェルの「何か食べたい」攻撃に慣れてきたジュセルは、そう言葉を返すと厨房の方に引っ込んだ。それを確認してからナジェルはアニスとともに団欒室に入った。
「‥昨日は全部で三十八人の裏請負 が来たんだ」
アニスは驚いて大声をあげそうになった。
「三っ‥!」
声を落とすようにとのしぐさをナジェルはしてみせ、厨房の方を窺った。ジュセルのところには聞こえていないようだ。
「なりふり構わない、って感じだよね。ただ、やってきた裏請負 は揃いも揃って腕の未熟なものばかりだった。ヨキナは随分追い詰められてるんじゃないかってヤーレは言ってたね」
「まあ、そうだろうね。そんな襲撃の仕方は聞いたことがないよ。しかも、そんな未熟な者を数頼みにするなんて‥」
ナジェルはちらりと意味ありげにアニスの顔を見た。
「アニス、昨夜は裏請負会 主頭のシンリキシャと会ってたんだろう?ロザイと言ったっけ」
アニスはナジェルの言葉に、一瞬身体を硬くした。が、次の瞬間には平静を装って答えた。
「そうだよ。ヤーレに頼まれて、例の薬剤を渡しに行ってた」
「それだけにしては、随分と帰りが遅かったようだけど」
特に含むところのない口調のナジェルの言葉だったが、アニスはそれに返事をしなかった。
昨日、アニスはロザイと寝た。
アニスから言い出したことだった。
ロザイの真剣過ぎる、そして突飛すぎる申し出に、どう対応すればいいかわからずアニスは言葉を失っていた。そんなアニスの様子を見て、ロザイは首に手を当てそっぽを向いた。
「返事は、急がねえ。俺の方にもいろいろ都合があるしな。どうせ裏請負会 から抜けるのも、主頭になっちまった今じゃ時間がかかる」
ロザイはそう言って立ち上がり、厨房の方に行って新しい木筒 を持ってくると中身を自分の茶碗に注いだ。ふわっと酒精の香りがする。なみなみと注がれたそれを、ロザイは半分ほど一気に呷った。
「‥‥ロザイ」
「何だ、お前も飲むか」
「今日は、私を抱かないのか」
ロザイは机の上に茶碗を置いて、じっとアニスの目を見つめた。熱い感情のこもった視線がアニスの目を射抜く。
「‥今日は性交幻覚剤 の準備をしてねえ」
「‥‥‥なくても、構わない」
「‥は‥?」
何を言われたのか理解が追い付いていない、といった体のロザイに、アニスは顔を見ないように視線を逸らして早口に言い切った。
「性交幻覚剤 がなくても、構わない。‥私を、抱けよ、ロザイ」
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