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第97話
「‥あ?何言ってんだアニス」
アニスはすっと立ち上がって辺りを見回した。
「寝室くらいあるんだろ?寝台がないのか?」
ロザイは呆気に取られた顔のまま、口を手で覆いもごもごと答えた。
「寝台、はあるが‥お前、本気なのか?」
「私を抱きたいんじゃないのか?ロザイ」
ロザイも立ち上がってアニスの顔を正面から見つめる。
「抱きてぇよ。‥長年、惚れてる相手だからな」
「寝室は?」
「‥こっちだ」
案内された寝室は思っていたよりも広かった。少し大きめの衣装棚と大きな寝台。寝台の両脇に飾り机。衣装棚の横に大きめの姿見があるだけの簡素な寝室だった。
寝室に入って衣装棚の方へ行き、上衣を脱いだ。胸帯だけになったアニスにロザイがうろたえる。
「マジかお前‥」
「この棚の中の衣装掛けを借りるぞ」
そのまま下衣も脱ぎ靴も脱ぐ。胸帯と下着も脱いで素っ裸になると脱いだそれらを衣装棚にしまった。
きれいに筋肉が乗った美しいアニスの裸身が露わになる。広めの肩幅に豊かな乳房があり、腰はすっと細くなっている。だが下半身にもしっかりと筋肉がついていて、日本の見方でいうなら細身の美しい男に豊かな胸がついている、といった形だった。
数十年ぶりに見たアニスの美しい裸身に、ロザイはごくりと喉を鳴らした。
「来いよ、ロザイ」
アニスはそう言って裸のまま、ぎしりと寝台に腰かけた。唯一まだ結われたままきっちりとしている髪が、却って色気を感じさせる。
「‥‥くそっ」
ロザイはそう言い捨てると上衣を脱ぎ捨て、アニスに覆いかぶさっていった。
硬い筋肉のはずなのにどこか柔らかい、アニスの身体。ロザイは数十年前の記憶を思い起こすように、アニスの身体中に舌を這わせた。
「アニス」
「‥んっ」
「口づけてもいいか」
アニスのルコの実のような乳首を軽く噛んでから、ロザイは顔をあげてそう訊いた。性交幻覚剤 を服用していない状態で、望まぬ相手と身体を重ねると嫌悪感や体調不良を引き起こすことが多い。特に粘膜同士の接触はそれが顕著に出るのだ。
だから、わざわざ聞いたのだろう。
アニスは自分の上に乗りかかっているロザイをしみじみと見つめた。アニスが十七の時に出会ってからもう四十年近く。決して短い期間ではない、その年数をこのシンリキシャは変わらずずっとアニスばかりを追いかけてきていた。
さらには、アニスと伴侶になるためなら自分の人生を投げ出すとまで言った。
アニスの脳裏に、快活に笑うティルガの顔がふと横切った。ティルガとまともに話をしたのは、十七、八の頃が最後だ。
(もう、会わないかもしれないな)
アニスは両手をゆっくりとロザイの首と頭に回し、自分の方に引き寄せた。
そして唇を重ねる。
一瞬、驚いたロザイだったが。すぐに唇を吸ってその間から舌を挿し込んできた。お互いの舌が絡む。唾液が交わる。
(‥あ)
「ん、」
アニスが気づいたのと、唇の間からロザイの声が漏れたのは同時だった。ロザイはじゅるっとアニスの舌を吸ってから唇を離した。
「‥アニス、お前‥」
「余計なことは話さなくていい」
アニスはすぐにそう言ってもう一度ロザイの頭を引き寄せ、口づけた。意外に柔らかいロザイの唇に吸いつき、離すのを繰り返す。
ロザイと交わした唾液は、昔のように苦くはなく、無味で‥‥その奥に、ほのかな甘みを伴っていた。
結局、アニスの身体に溺れたロザイは一晩中離してくれなかった。アニスも自分の身体と意識の変化に驚きながらそれを受け入れたのだから、ロザイばかりを責められないかもしれない。「抱かれる」方に回ったのは、ティルガと別れるときに抱いてもらって以来だった。
ロザイは固くなっていたアニスの蕾を、根気強くじっとりとひらいていき、アニスの身体を悦ばせることに終始していた。
そんなロザイに抱かれて、交わす体液が少しずつ甘くなっていく事実を突きつけられ、アニスは自分の変化を認めるしかなかった。
この、自分勝手で傲慢で、それでいてアニスには従順な無骨なシンリキシャを、自分は好きになりかけているのだと。
ようやく緩んだ蕾にロザイのたくましい肉楔を受け入れながら、アニスは心の中で苦笑していた。
ジュセルが、とってくれていた昨夜の食事とそれとは別に用意した昼食とを、アニスは綺麗に平らげた。ヤーレは請負人協会 に戻っていていなかったので、スルジャ、ナジェル、アニスとジュセルの四人分の昼食を作ったのだが、毎回余るかな‥?と思って作ったものが全て高能力者 達の腹の中に収まるのを何度も目撃して、ジュセルはようやく
(このヒト達、作ったら作っただけ全部食べるんだ、きっと‥)
と気づいた。
熟成肉のローストに少し辛く味付けたコモ麺、木の実と豆を使ったサラダを三人はうまいうまいと言いつつきれいに食べた。たくさんの食事を作るのは、正直体力もいるし大変ではあるが、これだけ美味いと言ってくれて嬉しそうに食べてくれるのは単純に嬉しかった。
食事が終わって、ジュセルが焼いたクッキーの皿を抱えながら(大皿に置くと静かな戦いが勃発するので最近はそれぞれに取り分けて出している)、スルジャが言った。
「ジュセル、昨日襲撃があったばかりでこういうのもなんだけど‥そろそろ本格的に回復薬の生産に注力したいと思ってる」
三人と自分にお茶を注ぎながら、ジュセルはその言葉に頷いた。
「うん、そのうちそうなるだろうなとは思ってたから‥別にいつからでもいいよ」
既に自分のクッキーを全部平らげてしまったナジェルが、お茶を飲みながら尋ねた。
「生産量や販売方法は詰められたのか?」
「うん。最初は少しずつにしようかってヤーレとも話した。買えるヒトや数量も限定して、毎日は売らない」
ナジェルは茶器を卓上に静かに置いて頷いた。
「それがいいだろうね。今までなかったものだから、大量に出回るとどんな弊害が出てくるかわからないし」
「価格も決めたのか?」
アニスがそう尋ねているのを横に、俺が作る薬剤だけど、俺何にも知らねえなあ、と思いながらジュセルは聞いていた。
スルジャも一口お茶を飲んで喉を潤してから答えた。
「最悪、売れなくても|請負人協会《カッスラーレ》が全部引き取る用意があるから、ってことで、共金貨一枚だよ」
ぶふぉっ!!とジュセルは飲みかかっていたお茶を吹き出した。他の三人が驚いてジュセルを見る。アニスが「大丈夫か?変なところに入っちゃった?」と言いながら背中をさすってくれるが、それどころではない。
「きょっ、共金貨、一枚ぃぃ!?なんていう値段設定してんだよ、そんなん売れるわけねえし、万が一売れても怖いよ!」
何とかそれだけ言葉を吐き出したが、他の三人はなぜそんなにジュセルが憤慨しているのかわからない、といった顔をしている。
スルジャが不思議そうに言った。
「いや、でもこれは材料を押さえて作ったやつの仮定の値段だよ?もっと解析進めて、いい材料で効果が上がるものができたら多分、共金貨二枚になると思うけど」
「ばっ、万能薬と同じじゃねえか!?」
今や顔色が蒼くなってきたジュセルをよそに、ナジェルが不思議そうに首を傾げた。
「何でジュセルがそんなに興奮しているのか、俺にはよくわからないな。俺ならたとえ共金貨二枚でも買うけどね。それくらい欲しい薬だよ、あれは」
「えええ‥‥」
真顔のナジェルに押されて、ジュセルは呻き声をあげることしかできない。横からアニスも補足してきた。
「ここぞ、という時の力素欠乏は、私たちのような仕事をしているものには結構きつい状況になるんだ。だからジュセルの薬は画期的だし、その値段は妥当、というより良心的だと思う」
付け加えるようにスルジャも言葉を継いでくる。
「あんまり安くしちゃうと、転売するやつらも出てくるかもしれないしね。これくらいの値段が落としどころかな、ってなったんだ。最初から共金貨二枚でもよかったんだけど」
「ひえ‥」
高能力者 たちに次々と言われて、ジュセルはへなへなと椅子に座り込んだ。
(なんか‥考えてたよりどえらいことになっていってる気がする‥)
値段が高ければその分、ジュセルには言ってくる手数料も高くなるのだろう。裕福になれるのはありがたいが、自分と家族が普通に暮らしていければいいだけの話なので、過分な収入があっても使うところがない。
うわ~、と頭を抱えていたジュセルだが、ここであることに気づいた。
「‥‥力素を回復できる薬って‥今んとこ俺しか作れないんだよね?他にはないんだよね?」
「そうだよ。ジュセル無しで作っても効果は微々たるものしかない」
スルジャが最後のクッキーを口の中に落とし込んでから言った。
「‥‥じゃあさ‥俺のこと‥攫って薬を作らせよう、なんてやつも出てこないとも限らない、ってことだよな‥?」
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