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第98話
ジュセルがそう言うと、他の三人は真顔で顔を見合わせて沈黙した。
「‥みんな、予想してたんだ‥そりゃそうだよな‥」
ジュセルはそう呟いて、俯いた。他の三人は何か言おうとしてやめを繰り返し、お互いにお互いの顔色を見ている。
ジュセルは考え込んだ。
‥‥深く考えないで色んなことをしてきたのがよくなかったんだろう。
なぜ、自分が作ったものに力素回復の効果が出るのかはわからない。転生者特典なのか、それにしてはわかりづらい特典だな、とも思う。ジュセルがお茶を作らなかったら、高能力者 が飲まなかったら、おそらくそういった効果があることも知らずに人生を終えていただろう。
なぜ、自分にそのような能力があるのかはわからないが、もう世に出てしまったものだ。たとえ、そのことでわが身が危なくなったとしても、もうそれは仕方のないことなのだろう。以前に言われたように、請負人協会 というきちんとした機関がそれを管理してくれるのであれば、まだ幸運な方なのかもしれない。
自分が何も知らないまま、自分の作るお茶の効果を知った人に悪用される可能性だとて大いにあったのだ。
となれば。
今後、ハリスからの暗殺依頼がなくなったとしても、不特定多数のヒトに狙われるということも考えられる。しかもそれは、自分の能力に起因するものなのだから一生ついて回る。
では、自分はどうすべきか。
そこまで考えたときに、アニスがそっと声をかけてくれた。
「ジュセル、前にも聞いたと思うけど、ヤーレがうまくやってくれる。ジュセルの名前は出さないし、ジュセルが作っていることを知っているヒトには全員シンリキ誓書を書かせてる。それに、イェライシェンの請負人協会 が全面的に守ってくれるはずだ。‥‥だから、あまり怖れる必要はないよ」
その言葉を聞いて、ジュセルはある決心をした。そして三人に向かって言った。
「そうだとしても、危険なことには変わりがないと思う。だから、俺は、俺の命くらいは自分で守れるようになりたい。ケイレンが帰ってきたらケイレンにも習うけど‥それまで、ここにいる間は、みんなが俺に護身術を教えてくれないか?俺は体力もそこまでないし、武術の心得も何も持っていないから、習ってもなかなか身につくまでは時間がかかると思うけど‥」
そういうジュセルの顔を見て三人は、ジュセルがしっかりと今後の人生についての覚悟を決めたのだな、ということを悟った。スルジャが少し涙を浮かべながらジュセルの手を取りぶんぶんと上下に振った。
「もちろんだよジュセル!あたしはしばらくここに居候する予定だから、あたしができる限りは教えるよ!」
アニスもにっこりと微笑んだ。
「私もここにいる間には、武器の取り扱い方くらいは教えられるよ」
二人の言葉を聞いていたナジェルも言葉を重ねた。
「同じキリキシャだし、キリキののせ方なんかも教えられると思う。サイリが来たらサイリにも習うといい。サイリは少し小柄でジュセルと同じくらいの体格だから、教わりやすいかも」
「‥ありがとう」
三人の方を向いてお礼を言うと、目頭が熱くなってじわりと涙が滲んできた。
十六歳になって成人したら、どうやって生きていこうかと不安になった。
自分なりに考えて請負人 のビルクに弟子入りをした。
それでも、自分のことは自分でなんとか始末をつけるしかないと思っていた。
だが、まだ請負人 としては半人前の自分に、こんないいヒト達との出会いがあって、‥‥ケイレンという、愛すべき人との出会いがあって。
そんな周囲のヒト達が、自分を守るために色々と目を配って気にかけてくれている。
自分の置かれた状況は特殊で、決して穏やかな人生にはならないかもしれない。それでも、自分の身を案じて心を配ってくれるヒト達がいるこの世界でなら、生きていける。
そう考えると、熱い涙が次々と溢れるのを止めることができなかった。
スルジャは慌てて色々と言葉をかけて慰め、アニスは優しく背中を撫でてくれ、ナジェルはそんな三人の様子をほほえましく眺めている。
ジュセルはぐすっと洟をすすり、涙を拭きながら言った。
「その代わり、俺頑張っておいしいもの作るからね」
「ありがとう!」
図らずも三人の声が綺麗に重なり、みんなで笑い合った。
グーラは怒りをふつふつと煮え滾らせながら裏請負会 の本部を目指していた。
グーラが自分の扱う暗器や毒物、薬剤を頼んでいる職人のところに行った帰りである。グーラが頼んでいるのは昔から同じ職人で、タ・エイというヨーリキシャとカナカというキリキシャの伴侶である。セキセイ(ヨーリキシャとキリキシャの組でお互いの力を合わせ動力を作れる者達を言う)でもあるので、二人で様々なものを作り上げることができるのだ。腕もよく、寡黙で口の堅いこの職人の伴侶を、グーラは信頼していつも仕事を任せていた。
今回、少し摩耗してしまった武器や暗器の修繕と、使ってしまった毒物の注文をしており、そろそろできたころ合いだろうと思ったのだった。
この職人の伴侶たちにはヴィルルという十二歳のマリキシャの子どもがいる。グーラもマリキシャなので色々と目をかけてやっていたから、幼い頃からとても懐いてくれていた。
しかし、今回訪ねてみればこのヴィルルが随分と沈み込んでいる。浮かない顔をしているヴィルルに事情を聴いてみるが、なかなか打ち明けてくれない。
「‥もう、ヴィルルは私を信用していないんだね?」
グーラが半ば拗ねたようにそう言ったところ、ようやくヴィルルは重い口を開いた。
「‥親 達には言ってないんだけど‥あたしは好きな人がいてね。チェイっていう成人したばっかりのレイリキシャなんだけど」
まだ十二歳のヴィルルにそんな人がいるとは思っていなかったグーラは少なからず驚いたが、黙ってヴィルルの話を聞いた。
「‥グーラには悪いんだけど‥チェイが裏請負 になりたいって言ってて‥止めたんだけど、登録しちゃったみたいなの。請負人 だと試験があるから、自分は受からないだろうからって」
ここまで聞いてグーラはひくりと眉を上げた。‥大した技量のないヒトが伝手もないまま裏請負 などになれば、いいように使われて早死にするのがおちだ。なんとなくそれを知っていたヴィルルだから、止めたのだろう。しかし、その若者 は自分より幼いヴィルルの言うことなど聞かなかったのに違いない。
やや嫌な予感がしながらグーラは先を促した。
「それで?そのチェイってやつがどうかしたのかい?」
ここまで話が来ると、とうとうヴィルルは大きな黒い目に涙をいっぱいに滲ませた。泣き声にならないように喉の奥にぐっと力を込めながらゆっくりと話していく。
「‥‥特に技もないチェイだから、きっと依頼なんて来ないだろうって思って‥しばらく様子を見てみようって親 とも話してたの。でも‥『デカい仕事を受けられた!』ってチェイが言いにきて‥前金で共銀貨一枚、終わったら共銀貨五十枚の仕事だぞって‥」
グーラはすっかり顔を顰めてしまった。こういった仕事の場合、前金と後金はほとんど同額なのが常道だ。ここだけ聞けば、質の悪い奴に騙されたとしか思えない。‥しかし、それが裏請負会 からの正式な依頼、なのか?
グーラの疑問にヴィルルが答える。
「副頭直々の依頼だから間違いないって‥他にも何人か新人の裏請負 が呼ばれたみたい。でも‥もう三日帰ってきてないの。家に行ってもずっと留守で‥まさかあたしが本部に行くわけにもいかないから‥」
そう言うと、ヴィルルは堰を切ったように泣き出してしまった。
グーラはチェイの特徴などを聞き出し、頼んでおいたものを受け取ると確認のために裏請負会 本部に向かうことにしたのだ。
しかしその途中で馴染みの裏請負 に会い、思わぬ話を聞いてしまったのである。
「ヨキナは何をさせるつもりなのか知らねえが、素人同然のような奴らを数十人集めてたぜ。前金が異常に安かったから、下手すると捨て駒に使われてるのかもしれねえ。俺はもう、ここの裏請負会 のやり口が、ヨキナがいる限り気にくわねえから辺境に行くつもりさ。グーラも元気でな」
事ここに至ってグーラは色々なことが一つにまとまって腑に落ちた。
ヨキナは、グーラが断ったジュセルの暗殺をしようとしているのだろう。‥下手をすると年若い裏請負 たちを犠牲にしてでも暗殺を達成させようと非道なことをやっているのかもしれない。
‥‥‥いくら非合法なことを一手に請け負う裏請負 とはいえ、仲間を犠牲にしてまで何かをするということなどこれまでになかったことだ。そういった仁義は、薄くとも裏請負 にはあった。
「ヨキナ‥‥お前は、もう裏請負 とも呼べないやつに成り下がったのかもしれないね」
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