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第99話

本部に来たのは、ラスの遺体を担いでやって来た時以来だ。やや乱暴にバン、と音を立てて扉を押し開け、中に入って辺りを見回した。 受付台の向こうにいる何人かは目を丸くしてこちらを見ているが、それ以外の空間‥いつも色々なヒトが座って酒を飲んだり情報交換していたりする場所なのだが‥そこには数えるほどのヒトしかいなかった。 ここでまた、グーラはぎりりと奥歯を噛みしめた。これは、あの馴染みの|裏請負《ダスル》が言っていたことが事実だと裏付ける現象だ。 ぐるりと辺りを見回して、本来であれば一番人数が多い筈の裏請負(ダスル)歴の浅い者たちがいないことを確認する。グーラの突然の出現に、そこにいた者達はみな驚き、目をみはっていた。 受付に座っていた者がおそるおそるグーラに声をかける。 「あの、グーラ様、何か御用でしょうか‥?」 グーラは鋭い視線をその者に投げた。その強さに受付にいた者はびくりと身体を震わせる。それを見て、グーラは一度目を閉じてゆっくりと話し出した。 「ヨキナはいるかい?」 「あ、はい、あの‥上階にいらっしゃいますが‥お取次ぎ致しますか?」 「いや結構だ。いるんなら勝手に通る」 受付台の向こう側にいた者達に緊張が走った。取次無しで裏請負会(ダスーロ)の幹部に会うことは本来禁止されている。しかも、先日ひと悶着起こしたグーラが相手だ。グーラの腕のほどはみな知っているし、ここにいる者でグーラに敵う者はいない。 それでも、ここでグーラを好きに通らせるわけにはいかない。そんなことがまかり通れば、裏請負会(ダスーロ)そのものの権威が失墜してしまう。そのことを重々承知している者たちが、ある種の覚悟を決めながらそれぞれ獲物を掴みしめた。 グーラは最高潮に苛々していたしムカついてもいたが、受付台の向こうで裏請負会(ダスーロ)の秩序を守る者たちの気持ちがわからないでもなかった。だからその者達が決死の覚悟で自分の獲物を取ったのを見たとき、チッと鋭く舌打ちをした。無用な殺戮をしたいわけではない。 グーラは、ふうう、と深く息を吸って、吐いた。そしてもう一度、受付台に震えながら座っている者を見た。 「‥悪かった。ただ、今すぐにヨキナに会いたい。すぐに下に降りてくるように言ってくれ』 「か、かしこまりました」 受付の者が慌てて内部機工通信の鍵番を押す。随分と揉めたようだったが、最後に何か強い調子で受付の者が言って、ヨキナは観念したらしかった。 内部機工通信を切ってから、顔をあげてグーラに告げる。 「すぐに降りてこられるそうです」 「‥‥すまないね」 今や一階の広間でお喋りをしている者も飲み食いをしている者もいなかった。受付台前の広いところで仁王立ちになっているグーラの姿を、|裏請負《ダスル》達は固唾をのんで見守っている。 ややあってヨキナがその身体を揺すりながら階段を降りてきた。裏請負(ダスル)にしては少しふくよかな身体をしているせいだろう。それでも若い頃には様々な謀事を巡らして、小暗い依頼をこなしていたという。 ヨキナはグーラの姿を認めて嫌そうに眉を顰めた。 本当であれば、愛しいひとり子を殺したグーラのことは到底許せるものではないし、請け負ってくれるものがいるならグーラの命をも奪い去りたい気持ちでいっぱいなのだ。憎んでもあまりある相手ではあるが、グーラよりも腕利きの暗殺者がイェライシェンにはいないのでそれが実行できないだけのことなのである。いつか他の地域からでも暗殺者を募って殺してやる、という気持ちをヨキナは持っていた。 そんな相手が自分を呼び出しているという受付の言葉に、苦々しい思いを持ちながら降りてきたのだった。 ところが、仁王立ちになっているグーラの姿を見てヨキナは心中で震えあがった。ここまで怖ろしい顔つきをしているグーラを見たことがなかった。どちらかと言えば他人に興味など持たず、その心情を明らかにすることなかったグーラの、むき出しの怒りにヨキナは驚き慄いた。 それでもさすがのもので、その慄いている自分の気持ちを悟らせないくらいの態度を取ることはヨキナにもできた。ヨキナは特段、常とも変わらぬ声音でグーラに声をかけた。 「何か用か?‥お前さんは依頼を不履行にしてどこかに行くのではなかったのか?」 グーラは何事もないようなそぶりをしながらそう言うヨキナの唇の端が震えているのを見てとった。 ‥‥こいつは怯えている。私が何をしに来たかわからないから不安なんだろう。それでも精一杯粋がってみせているんだ。 グーラは軽く息を吸った。 「ヨキナ、あんたに訊きたいことがある」 「‥‥なんだ」 ヨキナが警戒の度合いを強めたのがわかった。ヨキナの後から降りてきて控えている大柄なマリキシャは、ヨキナの護衛だろう。ライジからヨキナの暗殺依頼の話を聞いてのち、グーラはなんとなくヨキナの身辺に探りを入れていたので知っている。それでも自分を狙うものなどいないだろうと考えているのか、護衛はそのマリキシャ一人であることも知っていた。 グーラは右手を細い柳腰に当てた。今日のグーラの装いはいつものぴったりした戦闘服ではなく、少しゆったりしたワンピースのような上衣に細身のパンツのような下衣を合わせたものだ。しかし何気ないこの衣服であっても、至るところに仕掛けは施してある。今も腰に手を当てただけのように見せながら、グーラの指先はごく細い投擲針を一本挟み込んでいつでも投げられるようにしている。 そしてゆっくりとまた口を開いた。 「‥‥どうもあちこちで、裏請負会(ダスーロ)の副頭直々の依頼で、ひよっこたちが集められているって噂を耳にしてね。まるで雀の涙のような前金でヒトを集めていたそうじゃないか。なのに後金はその五十倍だってさ」 グーラとヨキナを見守っていた広間の者達が、一斉にごくりと息をのんだ。ヨキナが無茶な条件でやたらとヒトを集めていたことは、ここにいる者達は皆周知の事実だったからだ。 ヨキナはヨキナで苛立っていた。‥ヨキナがヒトを集めようがグーラには関係のないことだ。なぜそんなことをいちいち詮索されねばならないのか。 「依頼をかけたのは間違いないが、お前には関係ないことだろう?どうしてそんなことをつつき回しに来るんだグーラ」 明らかに怒りと侮蔑を含ませたそのものの言い様は、その場に一層の緊張感をもたらした。何人かはこっそりと建物から出て行った。 グーラはくっと唇の端を上げた。 「なに、私の知り合いの駆け出し裏請負(ダスル)が三日も戻ってないっていうんでね。駆け出しに長い仕事を振るのはご法度じゃなかったかい?私の知らない間に、裏請負(ダスル)の習いが変わったのかねえ」 グーラは静かにそう言いながら、ゆっくりとヨキナに近づいて来た。その恐ろしい雰囲気にのまれたヨキナは、受付台向こうの階段に戻ろうとして後ずさる。後ろにいた護衛のマリキシャが、ずいと身体を前に乗りだした。 グーラは止まらない。 「私はさ、一人の言うことだけ聞いてもなと思って他にも色々と訊いてみたのさ。私も情報屋を持ってるんでね」 ひらり、と身も軽くグーラが受付台を飛び越えた。受付台にいた人々も奥の方に固まって恐ろしげにこちらを見ている。 近づいてきたグーラに向かって、マリキシャが鉄鞭を繰り出してきた。グーラは指に挟んでいた投擲針を素早く投げつけた。針は狙い違わずマリキシャの肘に命中した。 「う、あっ」 無論グーラお得意の毒が仕込まれていたその針を身に受けたマリキシャは、力なくそこにくずおれた。ヨキナはそれを見て、「ひ、」と小さな悲鳴を上げた。 今やグーラは悪鬼のような表情を浮かべていた。 「私が聞いたところじゃあ、お前がはした金でかき集めた駆け出しは、誰一人として戻ってきてないそうじゃないか。‥遺体は全部、市中警護隊が始末したとの情報だったよ。ヨキナ」 背中側の帯に挟んでいた鋼鞭をしゅるりと取り出し、バシン!と激しく一度、床に打ち付けた。 「あんた、ハリスの依頼を達成するために、駆け出しを犠牲にしたんだね?」 「う、う、う、うるさいっ!」 恐怖と苛立ちにのみ込まれたヨキナは、とうとう理性を失ったかのような叫び声をあげた。 「わ、私は、きちんと金は払ってる!失敗して、死んだのなら、それはそいつらが未熟だっただけだろっ!?私のせいじゃない!」 グーラはまた一歩、ずいとヨキナに近づき、目を細めた。 「‥‥それで、三十人もの駆け出しを殺しても、かい?‥裏請負(ダスル)も落ちたもんだ」 三十人、という数字を聞いて広間にざわめきが起こる。いかに副頭の立場にあるヨキナが行ったこととはいえ、その数字が非常識なものであることくらいはそこにいた者たち全員がわかった。 グーラはへらりとしていた顔をぎりっと厳しくした。 「ヨキナ、お前は裏請負(ダスル)の面汚しだ。仲間を守れないような奴はいる意味がない。だから」 そう言ってグーラはぶん!と鋼鞭を振り上げた。 「お前を殺す」 ぶん!という音がまたして、ヨキナの首に鋼鞭が振り下ろされた。グーラの鋼鞭には細かい刃が無数についている。巻き付いただけでも大けがをするそれを、グーラはヨキナの首にふり下ろして素早くぐいっと引き抜いた。 ぶしゃっ!とヨキナの首から鮮血が噴き上がった。首の太い血管を大きく切り開かれ、ヨキナは一瞬で絶命した。どさりと倒れたところにヨキナの鮮血がどんどんと広がっていく。 もはや広間には、息をする音さえも聞こえなかった。皆、しんとしてグーラを見ている。 グーラは血に汚れた鋼鞭を手元でぶんと振り、その血を払った。そのまま鋼鞭を丸めて背中の帯にしまう。 そして受付台のところにいたヒトに言った。 「ヨキナを殺したのは、私の勝手でしたことだ。これで何か私に咎を科すんなら受けて立つさ。ロザイにそう言っておいてくれ」 グーラは短くそう言い捨てるとさっさと建物から出て行ってしまった。

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