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第100話

「ヨキナが殺られた‥?」 「はい、先ほど裏請負会(ダスーロ)の本部にグーラが現れたそうで‥何やらヨキナの起こしたことが気に入らなくてのことのようです」 ロザイは着替えかけていた上衣を思わず投げ捨てた。この面倒な時期に、副頭がむざむざと殺されるとは。しかもつい先日までは裏請負(ダスル)の暗殺者として名を馳せていたグーラに殺られるなど、外聞が悪いことこの上ない。 「理由は?その辺はわかってないのか?」 「それが‥」 報告しにしたレイリキシャのサレーニが、言いにくそうにして口ごもった。それでなくとも苛ついているロザイは、サレーニのその態度を見て目つきを鋭くした。サレーニもそれに気づき、小さく息を吐いた後に説明してきた。 「‥正直、これは主頭の責任も問われそうなことなんでね‥ヨキナが自分の受けた依頼を達成するために、まだ裏請負(ダスル)歴の浅い、素人同然のやつらを数十人、半ば騙すようなやり方で集めたらしいんですよ。しかも‥どうやらそいつらが全滅したらしくてね」 「何だとォ!?」 ロザイはあまりのことに一声大きく叫んだあと、ぎりぎりと奥歯を噛んだ。‥このところ色々なことに忙殺されていたから、ヨキナの動向に注意を払うのも怠っていた。アニスのこともあって、‥気が抜けていたのかもしれない。そんな最近の自分の抜けっぷりに、怒りが湧き上がる。 「‥すまん、俺の監督不行き届きだ。本当にひよっこどもは全員死んだのか?具体的な数字や死因なんかの情報はあるか」 サレーニは首を振った。 「いえ、ほんの二時間ほど前にヨキナが殺られたって知らせを受け取ったばかりなんで‥今『蝶』を飛ばしてます」 『蝶』は、ロザイが個人的に抱えている情報屋だ。二人組で裏請負(ダスル)には属しておらず、ロザイが報酬を払う形で雇っている。ロザイの子飼いである、サレーニとドルグの命にも従うように言ってある。 『蝶』が飛んだなら、後二時間もしないうちに知らせを持ってくるだろう。とにかく詳細を聞かずには動けない。そう考えて煮えたつ腹のうちを抑えながら、ロザイはゆっくりと椅子に座った。 ある程度ロザイが落ち着いた、とみたサレーニが水の入ったカップを差し出してきたのでそれを受け取って飲み込む。 ひと息ついてから、サレーニの顔を見た。 「まずはグーラの始末をどうつけるか、だな」 「はあ‥ヨキナを殺った時に、これは自分の勝手でしたことだから何かするなら受けて立つと伝えろ、と言っていたそうです」 「‥相当な覚悟だな。とはいえ、こっちにもグーラを討ち取れるだけの(やつ)はいねえ。せいぜい俺か‥」 「私くらいでしょうね」 サレーニが後を引き取る。サレーニはレイリキの高能力者(コウリキシャ)で、腕もたつ。そのうえ、様々な道具類の発明・開発にも長けていて、ロザイの替え難い右腕だ。 副頭を決めるとき、本当はサレーニが筆頭で候補に挙がっていたのだが。「政府のお偉いさん」達がロザイにちからが集中することを嫌ってヨキナを立てたのである。 「しかし、グーラを殺るのは気が進みませんよ。私でも殺したくなりますからね、ヨキナのやったことを聞けば」 「‥違いねえな」 グーラも言っていたが、裏請負(ダスル)の世界では駆け出しに日数のかかる長い仕事や難しい仕事は頼まない、という不文律がある。死なないように育てないと腕利きにならないからだ。生き残れるかどうかは本人の資質によるので、くだらない喧嘩やいざこざで死ぬものも多い。だからこそ、仕事では極力死なないように気をつけてやるのが、昔からの習いだった。 それを、一度に数十人も死なせたとは穏やかではない。察するにその中に、グーラに近いものでもいたのだろう。あの暗殺者は冷酷非情ではあるが、懐に入った者を大切にする一面があることをロザイは知っていた。 「とにかく詳細がわからねえと手の打ちようもねえ。『蝶』を待つしかねえか」 「タラッカンの依頼はどうしますか?」 「今はそれどころじゃねえな‥どうせ俺達じゃなくたっていい仕事だ、返事を待たしとけ」 「了解です、じゃあ私も出てきます」 軽く辞儀礼をしたサレーニが出ていったのを見送り、ロザイは手の甲を目に当てると椅子に背を持たせかけた。知らず、ため息が出てくる。 このところ、自分が腑抜けていたという実感はあった。どうしてもアニスのことが心のどこかに引っかかっていた。そのせいで仕事をおろそかにしたとは思っていないが、いつもならできていた目配りが同じようにできていたかと問われれば、否というしかない。 「本当に駆け出しが全員死んだというなら‥」 身内にも知らせねばならないし、裏請負(ダスル)全体にも周知しなければならないだろう。未だロザイが主頭であることに反対している者だとて少なくはないのだ。ここで足元をすくわれては、‥‥穏便な引退などできようはずもない。 (腑抜けたもんだぜ、俺も‥) 目を閉じると浮かんでくるアニスの姿態。赤らんだ顔、硬かった蕾、幾度も精を吐き出していた陰茎。そして濡れたような唇の味。 (少しずつ、甘くなった‥) 始めは苦みがないことに驚いた。性交幻覚剤(パルーラ)を服用していない状態で苦くない、ということは、少なくとも「嫌い」という感情ではないということだ。そのことに歓喜し、どんどん身体をひらいていけばほんのわずかだが、甘みが出てきた。 (‥‥ようやっと、好きなヒトに応えてもらえたからって、‥十代二十代の若者(ワクシャ)じゃあるまいし) そう考えてぶんっと頭を強く左右に振った。とりあえず今日の予定にあった会談を別日に設定せねばならない。予定表を見ようとしたとき、小窓から速信鳥紙がひゅッという音と共に風を切って入ってきた。 手を伸ばせばすっと着陸してくたりと横たわる。紙にシンリキを流すと、速信鳥紙がぱさりと羽搏いて伝言を再生し始めた。 速信鳥紙は、請負人協会(カッスラーレ)副会長ヤーレからのものだった。 『ヤーレだ。昨日、ジュセルを襲いに大勢の裏請負(ダスル)がやって来た。その始末についてと、さっきヨキナが死んだという一報を受け取ってる。それが事実なのか、事実だとしたら俺達の話に今後どう影響するのか、話したい。今夜月の二時に例のところで待ってる。都合が悪い時だけ返事をくれ』 ひと息に伝言が再生され、かさり、と机上に落ちた。 「月の二時か。‥『アルバの夜明け』だな。そんなら‥」 ぶつぶつと独り言を言いながら予定表をめくり、ロザイは自分の頬をぱしんと強めに叩いてから新しい速信鳥紙を取り出した。 「よ、久しぶり」 「ヤーレ!」 ザイダは驚いて書き物から顔を上げた。この事務所にヤーレがやって来たのは初めてだ。公式な場所だからか、黒色の準礼装を身につけている。そのような恰好をしていると編み上げられたヤーレの白髪が映えて凛々しく見えた。 ザイダは事務所の者に目顔で合図をしてから、奥まったところにある場所にヤーレを案内した。遮音囲いが施してある場所で、ザイダの用心深さをうかがわせる。 ほどなく事務所の者が持ってきた茶器をザイダが自ら受け取り、机の上にそれらを置いた。 「あの子が作っていたものほどうまくはないが‥菓子もあるぞ。お前甘いもの好きだろ?」 机の上に置かれた伝統的な焼き菓子を見て、ヤーレが少し目を細めた。それを見てザイダはくすっと笑った。 「まあ飲めよ。茶葉も新茶で美味いはずだ」 「随分と余裕が出てきたようだな」 ヤーレが言う余裕とはおそらく金銭的なことを指しているのだろうが、ザイダ自身は精神的な余裕の方が大きいと考えていた。 ザイダは自分も茶を口に含みながら頷いた。 「ヤーレのお陰で、色んな支援者に会えた。今のところうまく行ってるし、ここで働いてくれるヒトもみな信用できる」 「お役に立ったようでよかったよ」 皮肉とも取れそうな言い方でそう言葉を投げると、ヤーレは焼き菓子にかぶりついた。中から滴る甘ったるい蜜の匂いがふわりと広がる。 「‥甘過ぎるな」 「あはは、あの子の作る菓子は優しい味だったからな‥こういうもんは保存がきくように甘ったるく作られてるもんだ。伝統的なもの程な」 ザイダはそう答えると、自分も菓子を口の中に放り込んで咀嚼した。確かに、甘すぎる。 ごくりとそれを飲み込んでヤーレの方を見た。 「で?お前が直接ここに来るのは珍しい。何かあったのか?」 「ヨキナが死んだ」 一瞬、何を言われたのか理解できず、茫然としてザイダはヤーレの顔を見つめた。ヤーレはごく真面目な顔をしていた。

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