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第101話
「ヨキナ、というのは確か、ハリスが懇意にしている裏請負会 の幹部、だったか?」
「よく覚えているな、そうだ」
ヤーレは短くそう答えて茶器を傾けた。新茶のいい薫りが辺りに漂う。ザイダも何とはなしに茶器を取って茶を飲んだ。先ほどの菓子の甘ったるさが、清冽な茶の風味で緩和される気がした。
茶器を置いてから言う。
「なぜ、急に?暗殺まで頼んでいたのか?」
「いくら何でもそこまでの無茶なことは頼んでいない。俺にもまだ詳しい情報は入ってきてないんだ。今夜、裏請負会 の主頭に会う予定にしてる。そこで詳しいことを聞きだすつもりなんだが‥」
そこまで言って言葉をいったん切ると、ヤーレはまっすぐにザイダの顔を見つめてきた、
「一応、聞くが、お前さんがどこかに依頼した、とかではないよな?」
「違うよ、俺はそんなことを頼める手蔓も持ってないしな。それに、どうせ頼むならハリスをやってもらうね。後々面倒だから頼むことはないが」
否定したザイダの顔を見て、ヤーレはホッと息を吐いた。
「まあお前がそんなことをするとは思っていなかったんだが‥あまりに急なことでな、俺もちょっと混乱してる」
「確かに‥ハリスがどう動くか、だな」
「あいつはあいつで自分の情報屋を抱えてるだろうから、おそらくヨキナが死んだことはもう知ってると見ていい。ただ、ジュセルの殺しは成功した、と思っている可能性がある」
「‥?どういうことだ?」
首をかしげるザイダに、先日の大人数による暗殺未遂事件のあらましを語った。裏請負 が持っていた速信鳥紙を使って偽情報をヨキナに流したと聞き。ザイダは考え込んだ。
「‥まあ、殺しが成功したと信じている可能性は五分五分だとして‥ジュセルを殺したい、のは、ハリスがケイレンを手に入れたいから、だろ?」
ザイダにそう言われて、ヤーレはハッとした。ジュセルの暗殺についてばかりがこのところ気にかかっていて、それを防げばいいとばかり思っていたが、そもそもなぜ、ジュセルが狙われることになったのか、という原因の方をすっかり失念していた。
ザイダは続けた。
「もし、ハリスが邪魔者を消したと信じているなら、最終的な目標の達成に向けて次の行動を起こしてもおかしくないはずだ。どんな行動に出ると思う?ヤーレ」
ハリスが欲しいのはケイレンだ。ケイレンほど美しいマリキシャを、ヤーレは見たことがない。そのうえ高能力者 であり、二位退異師、二級請負人 という肩書をも持っている。ハリスでなくても、手の内に入れておきたいと思わせる人物なのだ。
異生物については、その発生や討伐、また遺骸から取れる珍しい素材の売買についてなど、国家が絡んでくる事態になることが多い。
そうなってくると自然と退異師は、国関連の機関や人物などとの関係が深くなってくる。だから、高位の退異師を抱え込みたいと考える政治家は多いのだ。
無論、退異師は異生物の討伐が主な仕事であるし、政治に関わりたくないと考える退異師の方が圧倒的に多い。それでなくとも移動の制限など、退異師は国家に縛られることの多い職業なのだ。
だからこそ、退異師会という組織があり、様々な機関からの干渉をできうる限り退異師たちに寄せ付けないように管理しているのである。
こういう事情もあって、伴侶に退異師を望む政治家は多いのだ。ハリスももちろん、『黒剣』として名を馳せているケイレンを狙っているのだろうが、あながちそれだけども言えない執着をヤーレは感じていた。
「‥‥あれを、愛情、とは俺は呼びたくねえが‥まあ、ハリスが異常にケイレンに執着してるのは間違いねえな」
「そうだよな。もともとはケイレンのことを狙っていて、そのためにジュセルを邪魔に思ったんだから」
ザイダはそう言ってヤーレの言葉を受け止めた。膝の上に肘をついてから顎に手をつき、思案顔をする。
「だとすると、次にハリスがやりそうなのはケイレンを無理にでも攫ってくることだよな」
「そうだな‥だが、今厄介な異生物が発生しているらしくて、ケイレン自身はタラッカンまで遠征してる途中なんだ。行くまでまあ随分とごねたけどな‥」
ジュセルが来る前まではよく見ていたケイレンの仏頂面を思い出し、ヤーレは苦笑した。ザイダはまだ何か思案している。
「しかし‥ケイレンは腕も立つしむざむざ攫われたりはしないだろう?‥ハリスが、どんな手を考えているのか‥ちょっとわからない」
「確かにな‥しかし、異生物討伐中の退異師に手を出すほど、ハリスも馬鹿じゃねえはずだ。ケイレンがタラッカンにいる間はとりあえず心配いらねえと思う」
「その討伐自体はどれくらいかかりそうなんだ?」
ヤーレは眉間に皺を寄せ、唇を曲げた。
「わからねえな。あっちの状況なんかもまだ俺のところまでは届いてねえし‥結構時間はかかりそうな気はしてるよ」
「そうか‥」
ザイダはそう言ってぐりぐりと蟀谷を押した。ザイダも色々と疲れているようだ。
「忙しいところにすまんな。‥ここに来たのは、今夜のロザイとの話し合いによっては欲しい情報が一気に手に入る可能性があるから、ハリスを追い込むのが早まるかもしれない、というのを言いに来たんだ」
「それは、つまり族長会議の開催を申請しておけ、ってことか」
次代の族長候補は、自分の部族内での会議で決定後、十二部族会議を開催して、その中で過半数以上の族長に承認してもらう必要がある。
ザイダの少し沈んだ顔を見て、ヤーレは心配そうに声をかけた。
「どうした、難しそうなのか?」
「‥‥いや、根回しは思った以上に順調に進んでる。‥‥‥俺の、覚悟が、まだ足りないだけだ‥」
そう言って項垂れるザイダを、ヤーレは少し申し訳ないような気持ちで眺めた。
このヒトは別に政治家なんぞになりたかったわけではない。できれば医師として生涯を送りたかったのだろう。しかし、こちらの都合でザイダを再び、権謀術数の飛び交う政治の世界に引っ張り込んでしまった。きっかけはジュセルの事件だったが、そのことがなくともハリスには族長になってほしくなかった請負人協会 は、ザイダを担ぎ出していたに違いない。
「後悔、してるか?族長候補に戻ったこと」
おそるおそるそう尋ねて来たヤーレに、ザイダはゆっくりと顔をあげてわずかに微笑んだ。
「‥いや‥俺が何も知らないまま、何もしないまま、ハリスが族長になって後から悔いるより‥今の方がよかった、と思ってる」
その言葉を聞いても、しょんぼりした顔をしているヤーレを見て、思わずザイダは吹き出した。
「お前のせいとか思ってねえから!‥どちらかと言えば、お前のお陰で色んな人と知り合えて、よかったと思ってる。お前や、ジュセルや‥アニスさんや」
アニスの名が出たときのザイダの言葉の調子に、ヤーレはさっと顔をあげてザイダの顔を見た。いきなり視線を合わされたザイダは驚いて目を丸くした。
「な、なんだよ」
「お前‥アニスのこと気に入ってるのか?」
ヤーレの言葉に、面白いほどザイダは慌てふためき顔を赤くした。
「いやっ、別にっ、そんなことはない、うん、ない!」
「‥何だよ、アニスみたいなのがいいのか‥俺もお前のこと、結構いいなと思ってたのになあ」
「‥‥は?」
今度は真顔になったザイダが、口を開けたままヤーレを見つめた。ヤーレはニッと笑って席を立った。
「さて、じゃあ色々と整理して対処していくか!お前も会議の開催申請しておけよ!じゃあな!」
ヤーレは明るい声でそう言うと、残っていた菓子を口の中に放り込み、茶で流し込んでからすたすたと事務所を出て行った。
残されたザイダは、今言われた言葉が本当だったかどうかもわからなくなって、唖然とした顔のまま、しばらくそこに座り込んでいた。
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