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第104話
「そこは心配するな」
ヤーレは請け合った。だがロザイはまだ鋭い目つきを崩さなかった。
「それに、お前に確認したいことがあるぞ」
「何だ?」
ロザイが持ってきた鞄の中に、記憶機工を整理して戻しながら応える。
「‥‥お前のところにヨキナが送った裏請負 ‥‥お前、どこかに隠してるな?」
ヤーレはぴたりと動きを止め、ロザイの顔を見た。ロザイの顔は真剣そのものだった。ヤーレはゆっくりと口を開いた。
「‥‥ヨキナがおそらく、独断でやったことだろうとは思ってる。だが‥あんな、未熟なやつらを暗殺案件に駆り出して誰もそれを止められなかった、っていうのは‥組織としてもお粗末すぎやしねえか?ロザイ」
ロザイはギリリと音を立てて奥歯を噛み、ヤーレを睨みつけた。ヤーレはその射殺さんばかりの視線を受け止めて飄々としている。
腕だけで言えば、今すぐにでもこの場でヤーレを殺せるだけのものが、ロザイにはある。しかし、このヤーレというヒトの得体の知れなさは、腕力だけではない恐ろしさをロザイにも感じさせた。
「‥言い訳はしねえ。お前の言うとおりだ。‥‥だが、あいつらがどうなった‥どうなるのかだけ教えてくれるか。命はあるんだよな?」
今度はヤーレは声を出して笑った。昏いものを何も感じさせない、明るい笑い声だった。
「おいおい勘弁してくれよ。まるで俺の方が悪者みてえじゃねえか。‥無事だよ、死んだ者はいない。怪我してるやつはいるけどな」
「‥返してくれるのか」
ロザイのその言葉に、ヤーレはきっぱりと首を振った。
「返さない。まだ具体的には考えていないが、若いやつが多い。真っ当な道で生きられるよう、手立てを考える。裏請負 には戻さない」
ヤーレの言葉を聞いて、ロザイは一瞬ぐぐっと拳を握ったが、すぐにふっとその力を抜いて肩を落とした。細い息を吐き、顔を上げる。
「‥わかった。できれば、いつか本人たちから家族に連絡できるようにしてやってくれ。家族がいる者は少ないが‥」
「わかってる。どうせハリスに暗殺失敗が伝わるのも時間の問題だしな。そんなに時間をかけるつもりはないから安心しろ」
まだわずかに残っていた杯をロザイは一息に飲み干して席を立った。
「じゃあな」
「ああ、薬の件は、はっきりと仔細が決まったら速信鳥紙を飛ばす」
「わかった」
ロザイは短くそう答えるとすぐさま部屋を出て行った。慌ただしいことだが、今は色々と問題が山積しているのだろう、
ロザイが持ってきた荷物をまとめ、口を閉めると自分の杯を手に取る。その軽さに、全て飲み干したのだった、と気づき苦笑して立ち上がった。
その時、扉を叩く控えめな音がした。
タラッカンの天候は乾燥していて埃っぽく、総じて低い気温で推移する。
ケイレンは冷たくなる鼻先を、襟巻の布を引き上げて覆った。
一カート(=約九メートル)ほど先でうごうごと蠢いている異生物を、苛だたしげに睨みつける。
異生物については、各大陸の数多の国々が長年研究しているにもかかわらず、詳しいことが判明していない。
今現在、わかっているのは、多種多様な形があること、天候が悪いときや自然環境が豊かな場所に発生しやすいこと、死んでからのちはその組成が変わること、くらいである。
それから‥‥二位以上の退異師にしか知らされていないが、ヒト型の異生物はヒトと交合したがること。ヒトと交合した後の異生物は恐ろしく強化されること。
この情報は、一般市民に知らせるとなると大恐慌を引き起こしかねないので秘匿されており、知らされている退異師たちも全員、シンリキ誓書を取られている。
ヒト型の異生物は珍しく、滅多に現れることはないが、その分討伐には時間がかかるし手間もかかる。
ヒト型の場合、再生が早いのだ。
今回、タラッカンに居座り続けている異生物がまさにそれだった。ここにいるのは下位の退異師が多く、高位の者は一位がひとり、二位が三人しかいない。
それでも必死にかき集めているのだが、他の場所にも異生物が出ないわけではないから、実力者を全員ここに集めるわけにもいかない。
だが、四位と三位の退異師がそれぞれ一人ずつ、既に命を落としている。
楽観視できない状況だった。
しかも、今回の異生物はヒト型でその場にある植物や動物を吸収して、すぐさま損傷を再生してくる。殺された四位退異師の腕も一本、取られた。
全体の形としては巨大な大熊だが、その背中からは蔓のような植物型の者も生えており、足の部分には触手のような柔らかな棒状のものが無数に生えている。
胎の部分には、大鷲 の顔のようなものがついており、大きく鋭い嘴で触れるものを全て引き裂き呑み込んでいる。
無論、異生物特有の瘴気を身体全体に纏わせており、近づくのも精いっぱいだ。
しかし何よりも、そこにいる退異師たちを震撼させているのは、大熊 と大鷲 の顔の間にちょこんと座っているかのように見えるヒト型の異生物だった。
見た目は、十二、三歳くらい子どもにしか見えない。いっそ顔立ちは整っているようにさえ見える。だが、それが恐ろしい異生物なのだ。
そして、この子どものような異生物は、三位の退異師と交合して吸収をした。
恐ろしいまでに巨大な陰茎に股間を引き裂かれた三位退異師の断末魔の叫びは、そこにいた人々の耳について離れることはない。
異生物は、移動することもなく嘲笑うかのようにそこに居続けて、生物を吸収し続けている。
退異師たちにできることは、隙を見てその身体を削り落としていくことだけだ。それも、他の生物を取り込まれればあっという間に再生してしまう。
まるで、こちらを弄んでいるかのような異生物の有り様に、退異師たちは皆、歯噛みをして悔しがり苛々しているものだから、前線には鬱々とした空気が広がっていた。
戦っていれば、退異師たちのちからはすぐに尽きる。それが回復するには、早くとも半日はかかる。だからこそ持久戦になっているのだ。
ケイレンがやってきた時、同じく一位退異師であるウゼルもやってきた。二人で協力して、異生物の身体の三分の一を切り飛ばしたのだが、その時に四位退異師の腕がとられてしまった。
ウゼルも右足に重傷を負ってしまい、今は動けない。万能薬は外傷による内部組織の回復にはあまり作用しない。
退異師たちは、追い詰められた状態で、幾日も異生物と対峙していた。
(ジュセルごめん、‥‥しばらくは‥帰れない、かも)
大剣を構え、異生物を視界にとらえながらケイレンは胸の裡でジュセルの姿を想った。
「‥部族長会議が開催される‥?」
ハリスは報告を受けて眉を顰めた。報告に来た秘書は、ぴりっとした空気を感じたのか視線を逸らして身体を縮めた。
以前、排除したはずのザイダがこのところ色々と動いているのは知っていた。しかし、ザイダには人脈も財源もないはずである。まずはケイレンの周囲をうろついている虫のことが片付いてから、確実に対処するつもりだったのだ。それで十分間に合うと思ったからである。
そのほかにも手掛けている裏稼業が忙しくて、そこにまで気を配る余裕がなかった、という事情もあった。
「あ、あの、それから」
「まだあるのか」
言葉を継ごうとした秘書に、思わず鋭い口調になってしまう。秘書はびくっと身体を震わせ
たが、それでも喘ぎながら言うべきことを言った。
「あの、部族長会議と同日に、全族長会議も、開催されるということで‥参加命令が来て、ます」
「参加‥『命令』だと‥?」
要請、ならまだわかる。次期族長と目されている自分に対して当然、為されるものだからだ。
しかし、『命令』とは穏やかではない。
どんなことがあろうとも必ず来い、という言葉通りの『命令』だ。このような不遜な呼び出しを、今までハリスは受けたことがなかった。
ぐぐっと眉間にしわが刻まれる。
「‥ザイダを見くびっていたか‥?」
しかし、ザイダが動き出したと聞いてからまだひと月も経ってはいない。こんな短期間に、そこまで根回しができるものだろうか。
何か、ある。
「‥諜報員をすぐに呼び出せ、誰でもいい」
不機嫌に秘書にそう言い捨てると。ハリスは自分の部屋に引っ込み、棚から秘蔵の酒を出して瓶のままごくごくと飲んだ。
口元を拭ってゴトンと瓶を卓上に置く。
「‥負けはしない‥私は、誰にも、負けない」
低い声でそう呟き、もう一度酒を呷った。
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