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第108話

カラッセ族部族長会議は、カラッセ族に割り当てられているカラッセ宮で行われる。十二部族はそれぞれ専用の公邸を持っていて、それらには部族名をつけて呼ぶことが習わしだった。それぞれの公邸はそこまで大きくはない。中央に政府公館という大きな建物があるので、そちらで用が済むことの方が多いのだ。 ゆえに、それぞれの部族の公邸でしかできないことは、今回のような部族長会議しかない。 サッカン十二部族国は、国名こそそう表記してはいるが、大部分の国民は自分が元何部族だったかなど知らない。長い歴史の中で混ざり合い、各部族の特徴的なものは消え失せたといっても過言ではない。 現在、部族名を名乗っているのは、建国の昔から部族長を務めることが多かった、いわゆる『特権階級』の者たちである。現在、それぞれの部族を名乗る者たちは百人前後ほどおり、その中から族長が選ばれるシステムになっている。 つまり、この『特権階級』に生まれつかなければ、族長になることはできない。 サッカン十二部族国の最終意思決定機関は「族長会議」であるが、部族長会議は、次代族長を決定するとき以外はそこに関与しない。「族長会議」の下には「大国議会」という政治機関がある。この構成員は、部族から選出される「部族議員」と、部族外から選出される「国民議員」から成っている。部族議員も国民議員も、出生証明を持つ国民の入札によって選ばれる。 「大国議会」から上がってきた政策を実施するかどうかを決定するのが「族長会議」であり、その構成員である族長にはある特定の人々しかなれないのだから、ジュセルに言わせれば随分といびつな「民主主義」なのだ。 カラッセ宮の入り口である大きな門に正装で向かうザイダの胸の裡は、決して明るくはない。しかし、カラッセ族という特権階級に生まれた自分の責務を、どうにか果たさねばという気持ち一つでここに立っていた。 大きな入り口の門をくぐると、そこに壮年のシンリキシャが立ってザイダを待ち構えていた。 「‥カリエ様」 そこでザイダを待っていたのは、かつてザイダの婚約者だったハーナの(シンシャ)である、カリエだった。ハーナは遅く実った子どもだったので、カリエはもう120を超す年齢のはずだった。 立ち尽くすザイダの手を、カリエはゆっくりと歩み寄って握りしめてきた。 「‥‥一度、部族を離れると決意したお前に‥無理を強いていることはわかっている」 「いえ、カリエ様そんな」 カリエは激しく首を振った。 「ハリスが憎い。あの子を死に追いやったやつのことは恨んでも恨み切れない。‥‥しかし、気の弱いあの子に、お前は次期族長の伴侶になるのだ、それしか生きる道はないのだと、幼い頃から刷り込み続け‥‥あの子から他に生きるすべを奪った、私の罪もあやつと同じくらい重い」 初めて聞くカリエの言葉に、ザイダはどう言っていいかわからず、ただ黙ってカリエの独白を聞いていた。カリエは一度俯いて軽く息を吐いてから、すっと顔をあげて真っ直ぐにザイダの顔を見つめた。 「ザイダ、すまない。私の罪の清算を、お前の人生を使ってさせてしまう』 「いいえ!いいえカリエ様‥ハーナの心に寄り添いきれなかった、俺にだって罪はあるんです、それに」 ザイダは、カリエに取られていた手を一度離すと、再びカリエの両手を包み込むように力強く握り返した。その力強さに、カリエの身体がわずかに震えた。 カリエの黄色い瞳に、じわりと涙が滲む。 それを確認するまでもなく、ザイダはしっかりとした口調でカリエに告げた。 「ハーナへの罪の意識から逃げていたのは、間違いなく俺です。‥‥政治の世界から身を引いて、静かに暮らし自分だけで人生を完結させようとしていた。この国の、部族階級に生まれて、そのような勝手気ままが許されるはずもないのに」 一語一語を、自分に言い聞かせるかのように吐き出しているザイダに向かって、カリエは激しく首を横に振った。 「いや、そんなことはない!‥ハリスという怪物さえいなければ‥そして、私があまりにも意固地になっていなければ‥お前とハーナが、静かに暮らせる道もあったはずなのだ‥」 「カリエ様」 カリエはザイダの手から自分の手を取り戻し、目元から流れる涙をぐいと拭った。そしてザイダの正面に立って、静かに言った。 「しかし‥もう、起きてしまったこと、過ぎてしまったことを悔いていても詮無い。お前の人生を歪めてしまったことは幾重にも詫びる。しかし、この国のためにも、我が部族のためにも、‥お前の犠牲を求めざるを得ない。それを許してくれとは言わぬ。だがこのカリエの残りの命はすべてお前に与える。如何様にでも使ってくれ」 そういってカリエは深く、頭を下げた。ザイダは敢えて、その辞儀礼を止めなかった。 「ありがとう。‥では、行きましょう」 「お供致します」 口調もがらりと変えて、カリエはすっとザイダの後ろに回った。今後、ザイダを次代の族長として尊重するという姿勢の表れだった。 ザイダは静かにカラッセ宮の中に歩みを進めていった。 ヤーレがザイダの元から請負人協会(カッスラーレ)本部に戻った頃、まだ出張しているはずのカズリエが戻っており、その童顔を怖ろしいほどに歪ませてヤーレの帰りを待ち構えていた。ヤーレが自分の部屋の扉を開けると仁王立ちしているカズリエの姿があり、ヤーレは思わず「ぎゃっ!」と情けない声を上げた。 カズリエは歪めた顔を下から睨みつけるようにしてヤーレの顔を覗き込んできた。 「‥‥あんたこのくっそ忙しい時にどこで油売ってたのよ!どこに連絡してもいないし速信鳥紙を飛ばそうとしても飛ばないし!なんで速信遮断なんかかけてんのっ!?そんなことしていいってあたしは言った覚えはねえからな!?」 どんどん言葉が荒っぽくなっているカズリエから、ヤーレはそうっと目を逸らして言い訳を考えた。‥ザイダのところに行っているときに、何か不測の事態によって邪魔されたくなかった、というのが正直なところである。 自分が不用意に漏らしてしまった言葉によって、ザイダに大事な局面で負担をかけたくなかったのだ。だから無理にも時間を作って会いに行った。 しかし、この究極に仕事人間であるカズリエに、そういったことを言っても認めてくれるとは思えない。‥カズリエに伴侶がいるのか、子どもがいるのかなど、私的なことは誰も知らないのだ。とは言え、とても家族がいるとは思えないほどカズリエは仕事に取り組んでいるので、協会の者たちはなんとなくカズリエは独り者なのだろうと思っていた。 ヤーレもそう思っている一人だったので、今の自分の心境をうまくカズリエに説明できる自信がなかった。そんなヤーレが絞り出したのは、 「‥‥野暮用、で‥」 という、何とも情けない言葉であった。 それを聞いたカズリエの柳眉がキリキリと逆立った。 「‥‥あんた、しばらくあたしの監視下から逃さないからね。速信遮断なんかかけたら、蹴り殺してやるからそう思っとけ」 「‥ハイ‥」 どこを蹴るとも言われてはいないが、ヤーレは思わず股間を両手で覆い隠した。それを横目でちらっと見てから、カズリエは何枚かの書類をヤーレに寄こして冷たく言葉を続けた。 「今すぐ読め」 そう言われて、手に取った書類に目を通す。書類はイェライシェンの退異師会から来た書簡だった。ざっと目を通したヤーレの顔色が変わる。 「これ‥」 「そう、そんなときにてめえは連絡を遮断してやがったんだよ。ふざけてんじゃねえぞ」 「すまん‥」 退異師会からの書簡にはタラッカンでの異生物討伐状況が詳しく記されており、そこには新たに三位退異師が落命したとの報告があった。 およその内容にヤーレが目を通したとみたカズリエは、また言葉を続けた。 「その書簡とは別に、大国議会の対異生物委員会からも要請が来てる。くそ忙しくなるぞ」 退異師会からの書簡で要請されていることは、 1,最近売り出したばかりと聞く、力素回復薬のできうる限りの融通。価格は全部で共金貨八十枚までなら払う準備があるので割り増しでも構わない、ということ 2,光級請負人(カッスル)ティルガのできうる限り早急な召喚 3,一級請負人(カッスル)ナジェルのできうる限り早急な召喚 4,四位以上の資格を持つ退異師を兼ねた請負人(カッスル)がいれば、できうる限りタラッカンに向かわせてほしいこと 5,以上四項目のできうる限り早い達成 となっている。 大国議会の対異生物委員会からの要請は、退異師会からの要請にできうる限り答えること、料金が足りなければこちらの委員会からも予算が出せる、ということだった。

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