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第110話

部族長会議が行われているカラッセ宮の会議室には、重苦しい空気が充満していた。 カラッセ族の現族長であるゼーダは目を瞑ったまま、背中を深く椅子に預け、微動だにしていない。 ザイダとカリエを始めとする「ハリスからの被害を受けた」という人々が、資料を基に次々とハリスの罪科を明らかにしていっても、ゼーダは何も言わず、ただ目を瞑ったままそれを聞いているような姿勢を見せていた。 「‥以上の罪科から見てもハリスは次代の族長にはふさわしいとは言えず、このまま次代の座につかせておくわけにはいかない。一度はその位置を辞退した身ではあるが、私ザイダが次代族長へ名乗りをあげたいと考える」 低いながらもはっきりとしたザイダの声が朗々と響き渡った。 事の次第をよく理解していない人々は、ザイダのその声を受けてハリスがどのように言い逃れをするのか、と固唾をのんで見守った。ザイダ側についた人々は、また別の意味で同じようにハリスを見据えた。 ハリスは、口元に薄く微笑を浮かべていた。 その表情は、笑っているのに何の温かみも感じさせず、却って空恐ろしさを引き出すようなものだった。 何人かが、ぶるり、と身体を震わせたとき、ようやくハリスの声が響いた。 「‥ザイダ、推薦人は集まっているんですか?」 ザイダは怖れることなく、淡々とハリスの疑問について答える。 「同じカラッセ族からの推薦人十人、他部族からの推薦人十五人はすでに決定している。切り崩しを防ぐために、その名をここでは明かさない。次代交代を決めるための族長会議の場で明らかにする」 推薦人の名が明かされるのは、各族長が集まる族長会議の場で、というのは今回に限らず規定されていることだ。ハリスはザイダの言葉を聞いても、表情を変えなかった。 薄い笑みを、口元に浮かべたままだ。 今回の部族会議には、大国議会警察の警察官も同席している。これは異例のことだ。基本的に部族会議には自治性と秘匿性が担保されている。そこに、大国議会が関与したりましてや警察官を派遣してくることなど、まずない。 しかし、今回は会議室の壁際に、警固杖(リクトル)を携えた大国議会警察官がずらりと十人以上並んでいる。 あまり事情を知らなかった部族の者たちも、この物々しい様子を見て、今回の会議は通常のものとは全く違うものになるのだ、という予感を覚えていた。 そして、その結果としてこれまで揺るぐことのないように見えたハリスの次代族長の座からの解任要求となったのだ。しかもその理由が今列挙された様々な罪科のせいだというから、カラッセ族の人々は心底驚いた。あの人当たりのよい穏やかなハリスが、今つらつらとあげられたような怖ろしい犯罪に手を染めていたとは思いもしていなかったのだ。そして新たな次代族長として立候補したザイダについても、人々は驚いていた。 カラッセ族の人々は、ザイダの婚約者であったハーナがなぜ急に姿を消したのかについて、詳しい事情は知らなかった。ザイダが次代族長の座を辞退したことを悲観して、姿を消したのだろう、ハーナの(シンシャ)は次代の伴侶になれと随分うるさかったようだから、という程度の認識しかもっていなかったのだ。 しかし、今、各種の証拠とともに挙げられたハリスの罪科に、人々は驚きと呆れを通り越してすっかり混乱してしまっていた。 ザイダが用意していた資料を見れば、違法薬物の売買、人身売買、暗殺依頼による殺人及び殺人未遂、略取誘拐まど、眩暈がするような凶悪なものばかりだ。 ‥‥このような人物が、このカラッセ族から次代の族長候補として立っていたとは! 人々はそれぞれ自分の座っている位置から大国議会警察官たちの方をこっそりと眺めた。彼らは何の感情も見せず、その身分の象徴たる警固杖(リクトル)を身体の前につき、そのてっぺんに両手を重ねた形で起立していて微動だにしていない。 彼らを呼んでいるということは、大国議会警察の中でもハリスの罪状は既に認知されているということなのだろう。 おそらく、この会議が終わるとともに、ハリスの身柄を拘束するつもりでここにきているのに違いない。 ハリスは、人々の緊迫した空気をものともせずに大仰なため息をついた。そしてすっと身体から力を抜き、だらしなく足を組んで頬杖をついた。 一瞬で変わったハリスの雰囲気に、そこにいた人々は思わず息を詰めた。 ハリスは、ちらっと警察官たちに目をやってから、ザイダの方を向いた。 「随分短期間で色々やり遂げたんだねえ」 「‥俺にも、協力してくれるヒトは少なからずいる」 「‥‥・まあ、そうなんだろうね」 そういうとハリスはカリエの方に目を向けた。カリエはこの会議が始まってからずっと、ハリスを睨み殺さんばかりの勢いでそこに座っていた。 「あ~あ、思ったよりヨキナが使えなかったなあ。簡単に騙されるし殺されるし。挙句の果てには何のつもりだか余計な証拠は諸々残してるし。‥‥しかも、ジュセルってキリキシャ、まだ殺せてなかったのかあ」 世間話のように淡々とそう語るハリスに、そこにいる人々はみな心の中をざわざわと砂で混ぜられるような気持ち悪さを覚えた。 「‥おのれは自分のしたことに対して罪の意識もないのか!?」 カリエが、その場にいた者の思いを代弁するかのように吐き捨てた。しかしハリスは全くその言葉に心を動かされた様子も見せなかった。 「罪?‥‥まあ、罪なんだろうね。私は、私がしたいことをしていただけなんだけど。でも、私の陰で色々助かったヒトも儲かったヒトもいるはずだけどねえ?」 ハリスはのんびりとそう言って、そこにいる人々の顔をじっくりと眺めまわした。身に覚えのある者たちは、わかりやすくハリスの視線を避けた。 ハリスはくくっと喉の奥で笑い、ザイダをもう一度見つめた。 「うまくやったね。ザイダ。私は次代を下ろされる。お前のようなものに族長が務まるのか、甚だ疑問ではあるけど、ちゃんと見届けてあげるよ」 不遜なその言葉にザイダの支持者たちは色めき立ったが、ザイダは動じなかった。 「自分の責務は、最後まで全うするつもりだ」 「ふうん」 ハリスは面白くなさそうに左手で自分の唇を弄んだ。そしてすっくと立ち上がった。そこにいた人々がハッとしてハリスを見た。 「じゃあもう行くよ。時間の無駄だしね」 「ハリス」 今まで沈黙を貫いていた族長、ゼーダが初めて口を開いた。ハリスは立ったまま、自分の(シンシャ)の方を見た。 ゼーダはハリスの顔をじっと見つめて言った。 「私はお前の育て方を誤ったようだ。お前の能力を知ればこそ厳しくしてきたつもりであったが‥。本日、お前の身柄は大国議会警察に拘束され、族長会議での本格的な解任と譴責追及を受けることとなるだろう。族長会議でお前の処分が下されるまでは、警察監獄に収監となる。‥連行せよ」 ゼーダの言葉が終わるや否や、ハリスの周りを警察官が取り囲み、四人がかりでその自由を奪って連行していった。 ハリスは抵抗する様子も見せず、大人しく連行されていった。 ハリスと大国議会警察官たちが扉の向こうへ消えたとき、会議室がようやく、ほっと緩んだ空気になった。 しかし、すぐに放たれたゼーダの言葉によって、またぴしりと緊張が走った。 「ザイダ、すまない」 ゼーダはそう言ってザイダの方に向かい、頭を下げた。これは異例のことだった。 「ハリスが‥お前の下子(きょうだい)をたてに取り、族長候補を退くように脅していたこと‥私は知っていた。だが、確固たる証拠がないからと言って、その時何もしなかった‥。ハーナが死んだのも、その他ハリスの罪科も、もとはと言えば現族長たる私の監督の至らぬゆえだった‥本当に、すまない」 しん、と静まり返った会議室。誰も言葉を発しようとはしなかった。 ゼーダは一人、話し続ける。 「本来ならすぐにでも族長を退き、ザイダに譲るべきかと思うが‥まだザイダも学びたいことが多かろうし猶予も欲しかろう。‥ザイダが欲するその時まで、私はこの席に座るが、重要な事案の決定に際してはザイダを通し考えたいと思う。‥‥カラッセの者たちよ、それを許してくれるか」 会議室の楕円形の円卓に座っていた人々は一斉に席を立って、ゼーダの方を向き、一礼した。 全員の賛同が得られた証だった。

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