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第111話

生粋の外国人と顔を合わせたのは、ジュセルにとってサイリが初めてだった。 サイリは小柄なシンリキシャで、多分小柄とされるジュセル(=174㎝)よりも半カル(=4~5㎝)ほど背が低い。しかし身体つきはしっかりしていていかにも退異師、という印象を与える。 年齢も四十二歳とまだ若い。ややナジェルより年上のようだが、ナジェルがサイリのことを話すときはまるで小さな子どもであるかのように話すので、ジュセルは年齢を聞いてまた混乱しそうになっていた。 サイリはシンリキシャだが、ほとんどシンリキはないという。 「だから高能力者(コウリキシャ)じゃないはずなんだけど、なぜか回路にちからを通せちゃったんだよね~」 と明るく言っていた。 サイリの(シンシャ)は、現在カルカロア王国の北部、フェンドラで領主をしているらしいが、そろそろ次代に譲って引退するそうだ。(シンシャ)の一人は元退異騎士だったらしく、回路のついた武器などがふんだんに身の回りにあったことから、自分の能力に気がついたのだという。 回復薬の生成作業に追われながらも、しっかりと食事とおやつは(主にスルジャの主張により)取ることになっていたので、その時はいつもサイリも一緒だった。サイリは「能力はないけど雑用ならできるから」と言って、生成作業も色々と手伝ってくれた。 主に請負人協会(カッスラーレ)本部とのやり取りをしてくれたり薬剤の原材料の受け取りや仕分けなどをやってくれたりして、ずいぶんとスルジャとジュセルは助かっていた。 基本的に生成作業にジュセルの存在が欠かせない、ということはこれ以上広めたくないことだったので、いくら緊急事態といえどもこの生成作業自体に他のヒトを関わらせるわけにはいかない。だからこそ、ナジェルの恋人であるサイリがいてくれたことは僥倖だった。 サイリの出自は疑いようのないものであるし、サイリ本人はもちろん、ナジェルからも重ねてシンリキ誓書を取れている。 何よりも、スルジャもジュセルもサイリと話してみて、信用できると感じられたことが大きかった。 サイリはジュセルお手製の「うどん」を豪快に食べている。このところ、ジュセルはカッソで出汁を取ることにはまり、小麦粉に似た粉を使って麺も打ち出したのだ。コモを使った麺とは違う食感は屋敷内の人々には好評だった。 「いや~美味しいねこれ!ウドンだっけ?ジュセルは色々な料理をよく思いつくよねえ!アニスもきっと食べたかっただろうなあ」 スルジャがそう言いながら残っていた出汁を飲み干した。スルジャはもう三杯は食べている。アニスは今頃海の上だろうか。出立前に少しだけ聞けた話によれば、サッカン大陸よりもやや南西にあるトイ大陸に向かったらしい。ジュセルは別の大陸についてはほとんど知識がないので、アニスがどのような場所に行っているのか想像もつかなかった。 「違う大陸、ってどんな感じだろうなあ‥」 「あ~そっか、ジュセル行ったことないんだよね」 自分でお替わりの出汁を注ぎながらスルジャが言った。既に麺は食べつくされているので、おそらく今朝焼いておいたパルトにつけて食べるつもりなのだろう。 小柄なサイリもよく食べる。スルジャと同じく三杯のうどんを平らげ、一足先にジュセルの焼いたショートブレッドもどきを口にしていた。 「アニスの話もナジェルから聞いてる。腕利きのヨーリキシャだって?」 「うん、アニスはヨーリキシャのできることなら何でもこなせる感じかなあ。腕っぷしも強いしね」 サイリは頷きながらお茶を啜った。ジュセルはスルジャに尋ねてみた。 「トイ大陸ってどんなとこなのかな?スルジャ行ったことある?」 「うん、一回だけね。別の大陸としては、トイが一番近いし。でも狭い大陸だし国の数は少ないよ、四つ?くらいかな」 「アニスが向かったのはなんていう国?」 「クゼレイラ連合国。サッカン大陸に一番近い場所にある国で、トイでも一番大きい国かな。といっても十二部族国の三分の一くらいの規模だけど」 「やっぱりスルジャも仕事で行ったの?」 「そうだねえ、野獣狩りしてた時に親方に連れて行かれてさ。だから都心部なんてほとんど見てないの、荒野の記憶と船酔いの記憶しかない」 スルジャはそう言ってあっはっはと豪快に笑った。やはり、旅行や遊びなどで外国を訪れるというのは珍しいことなのだ、とジュセルは思った。 横で大人しくお茶を飲んでいるサイリにも訊いてみる。 「サイリは、この国以外にも行ったことあるの?」 サイリは少し首をかしげて考えるようにした。 「う~~~ん。行った、と言えば行った、というか‥見た、というか‥」 「?どういうこと?」 不思議そうな顔をしているジュセルと、カッソの出汁にパルトを浸してご機嫌に食べているスルジャとを交互に見比べながら、サイリは唸り、うん、と一つ頷いて顔を上げた。 「回復薬についても黙ってるから、あなたたちも黙っててほしいことがあるんだけど」 「‥?うん」 返事をしたジュセルと口いっぱいにパルトを頬張ったままのスルジャが頷くのを見て、サイリは少し声を低め、話し出した。 「龍人(タツト)様って、わかる?」 「えっ、あれっておとぎ話じゃないの?」 というスルジャだが、ジュセルは全くの初耳だ。 「俺、初めて聞いたかも‥」 「ああ、そうなんだね。う~んどこから話せばいいのかなあ‥」 サイリは少し迷った様子を見せたが、できうる限りジュセルがわかるよう簡単に説明してくれた。 龍人(タツト)。 ヒトならざる者、千年を超えて生きるもの。ヒトを見守り世界を見守る調整者。ゴリキを全て備えたタツリキという独自のちからを使える。飛竜に乗って天空を駆ける。ヒトがどうしようもできない事態が起こったとき、龍人(タツト)が手助けをしてくれるのだ、と言われている。 「千年!?も生きるの?!」 「正確には寿命はないみたい。生に飽きたら寿命を返上する龍人(タツト)様もいるらしい」 「は~‥」 基本的に龍人(タツト)は積極的にヒトと関わることはしない。生きる世界が違うからだ。困ったから助けてくれと願っても助けてくれるわけでもない。龍人(タツト)がどういった事態に対して手を貸すかは、龍人(タツト)なりの基準があるらしい。しかしそれはヒトには計り知れないものだという。 「あ~じゃあ大型野獣がいて困ってるから助けて~とか言っても助けてくれるわけじゃないんだ」 「うん、そうだね。まず龍人(タツト)様との連絡手段がないしね」 「‥神様みたいだなあ‥」 ぽつりとそう呟いたジュセルに対して、サイリは優しい顔で頷いた。 「そうだね。神の宿る山や海や河‥私たちに恵みをもたらしてくれるけど、災いをもたらすこともある。龍人(タツト)様もそんな感じかな」 「何でサイリはそんなに龍人(タツト)‥様に関して詳しいの?」 サイリはまたう~んと唸りながら鼻の頭を擦った。そして言った。 「私、龍人(タツト)様の番い様に、何ていうか子どもみたいに可愛がられちゃってて‥」 スルジャとジュセルは顔を見合わせ、 「えええええ!?」 と声を揃えて叫んだ。 サイリは、「あはは‥」と眉を下げて笑っていた。 その後詳しく聞いたところによると、その龍人(タツト)の番いとサイリの(シンシャ)たちの間で何やらの交流があったらしい。サイリ自身は、龍人(タツト)を見た記憶は三度ほどしかないらしいが、龍人(タツト)の番いは自分の飛竜に乗ってかなり気楽にサイリの家を尋ねてくるのだという。 「マヒ‥番い様はまだお子様が実らなくって、私のことを本当の子どもみたいに思ってくださってるみたいなんだよね‥ありがたい話なんだけど」 「えっ、龍人(タツト)って子どもできんの?」 驚いてそう言ってしまったジュセルに、サイリは少し悲しげな顔を見せた。 「うん‥龍人(タツト)様には(ホト)孔がないから、龍人(タツト)様の子を腹に実らせられるのはヒトの番い様だけみたい。‥でも、もう番いになって五十年以上経つのに、まだマヒロには子果が実らなくて‥」

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