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第115話

「これは三日前のケイレンの言葉ってことだ。討伐隊もよっぽど早く回復薬が欲しいんだろな、請負人(カッスル)でもあるケイレンの伝言を持ってくれば俺に多少いい印象を与えるとでも思ったんだろう。 伝言は記憶機工に入ってる。こんなもんまで使わせるたあ豪儀だね」 ヤーレはそう言って小さなものをポイッと投げて寄こした。慌てて落とさないように受け取る。大きさは手のひらにすっぽりと収まるほどで、楕円形の機工躯体だ。 「握ってちからを少しこめると声が聞こえるはずだ。耳の横に当てて‥そう、そのまま握ってちからを流せ」 言われたとおりに楕円形の少し尖っている方を耳に当て、自分のキリキを流す。すると僅かな雑音と共に声が聞こえてきた。 『ジュセルありがとう。パウンドケーキ美味かったよ。少しずつ食べてる。食べたら元気が出る。いつもジュセルからの手紙に元気をもらってるし、ずっと胸の隠しに入れて持ち歩いてるよ。絶対に無事に帰るから心配するな。ジュセル、愛してる。心からお前が好きだよ。待っててくれ』 まだ、離れてからそこまで長い時間が経っているわけではない、たった二週間足らずほどだ。それはジュセル自身にも重々わかっているはずなのに、機工躯体から聞こえてくるケイレンの声がとても懐かしく感じて、涙がぼろぼろと零れた。 ヤーレとサイリはその涙に気づいている筈だが何も言わず、ジュセルのことを見守ってくれていた。ジュセルは耳に当てた記憶機工躯体にもう一度キリキを流した。 『ジュセルありがとう‥』 間違いなくケイレンの声だ。元気そうだ。お菓子、美味しかったのか。よかった。‥愛してるって‥いつも言い過ぎだよ‥でも、嬉しい。 音声が途切れたのでジュセルはもう一度キリキを流した。またケイレンの声が聞こえてくる。涙を流しながら聞き入っていると、ふっとその声が遠くなり目の前が暗くなった。 あれ、と思っていると身体の芯がぐらりと回るのを感じてバタン!という音とともに強い衝撃と痛みを感じて、 ジュセルは気を失った。 「ばっっかじゃないのホントにさ!ちょっと考えたらわかりそうなもんだろ!」 大きなスルジャの声が耳に入ってきて、ジュセルはふと意識を取り戻した。瞼が重くて開けられない。だが、自分は多分、寝台に寝かされているようだ。なぜ‥?と考えて、倒れる前のことを思い出した。 そうだ、ケイレンからの伝言聞いてたんだ。そしたら急に音が遠くなって‥ その後倒れたのだろう、と想像がついた。では、誰かがここまで運んでくれたのだろう。 「‥そのくらい気を利かせるか、もう少し様子見るとか‥ん?ジュセル?気がついてる?」 スルジャの声が途中で少し小さくなって、温かい掌が頬に当たった。重たい瞼を何とか少しこじ開け、微かに頷いてみせた。 僅かに開けた瞼の隙間から見えたスルジャの顔は、それまで聞こえていた声の刺々しさを感じさせないくらい、心配そうなものだった。思わず、ふ、と口元に笑いが浮かぶ。次の瞬間背中に誰かが手を当てて起こしてくれるのがわかった。 「少しこれをのんで‥うん、ゆっくりでいいから」 サイリの声がして、ぬるい液体が口元に当てられた吸い飲みから流れてくる。懐かしい味だと思ったら、自作のお茶の味だった。しかしなぜかいつもより美味しく感じられて、ごくごくと一気に飲めた。 ふう、と息を吐くと、少し身体は楽になっているのに気づいた。あんなに重たかった瞼が普通に開けられる。 ぱちりと見開いた眼で周りを見回してみれば、ジュセルの身体を支えていたのはサイリで、その横でジュセルの寝台にスルジャが手をついて顔を覗き込んでいる。そして少し離れたところで悄然としているヤーレの姿が見えた。 「おれ、なんで‥?」 声を出してみたら、かすれてはいたが何とか言葉になった。ジュセルの疑問に対してスルジャが泣きそうな顔で早口に説明してくれた。 「ジュセル、急性の力素欠乏症になったの!元々そんなにキリキを持っていないのに、ケイレンの記憶機工躯体を何回も再生したでしょ?!それも、少しの力でいいのに目いっぱい‥」 言われてみれば、なるほどと納得できる理由だった。 ケイレンの声を聞きたいあまりに、夢中になってキリキを流した覚えはある。声が流れてくれば嬉しくて涙が止まらなくて、またキリキを流して‥ はた、とジュセルの思考が止まった。 うわちょっと待って俺‥これかなり恥ずい状況なのでは‥?! ケイレンの声が聞きたいあまりにキリキを使い果たしてぶっ倒れたってことじゃん‥! か〜っと顔が赤くなるのがわかった。それを見てまたスルジャが心配そうな声を上げた。 「どしたのジュセル?まだ具合悪い?なんか熱とか出たのかな‥でもほら、これ試作で作っといたジュセルのお茶!薬よりもこっちの方が、もともとジュセルの持ってるちからに合うだろうと思って‥ほら、もう少し飲んで!」 スルジャがそう言って再びお茶で満たした吸い飲みを押しつけてくる。サイリは相変わらず優しく背を支えてくれているままだ。何となく言われたとおりにそれを受け取って飲んだ。 確かに身体中が温かくなって楽になってくる。 「ジュセルは高能力者(コウリキシャ)じゃないから、回復薬よりはこっちの方が適してるんじゃないかと思ったんだ。よかったね」 サイリがそう言いながら、いくつもの枕をジュセルの背中に当てて楽な姿勢にできるようにしてくれた。その横でスルジャがまたぷんすか怒っている。 「大体ヤーレがポンコツ過ぎるんだよ!ジュセルはこういった機工使うのが初めてなことくらい、ちょっと考えればわかるじゃん!使う前にちからの流し方とかもう少し注意してあげてれば、こんなことにならなかったのに!莫迦!」 「‥‥‥面目ねえ‥」 ヤーレはスルジャに言われっぱなしでしょんぼりとした顔をしている。よく見ればヤーレ自身も目の下に隈を作っていて疲労の色が見えた。 「ヤーレさんのせいじゃないよ。俺が、その‥ちょっと、考えなしだっただけ!ヤーレさんもよかったらお茶飲んで!まだ俺のお茶あるよね?」 「‥もう、ジュセルは優しいというか甘いというかさぁ‥」 スルジャが納得いかない顔をしながら、急須に残っていたお茶を、ヤーレの茶器に注いでやっている。「すまねえな、ありがとうジュセル」と言いながら、ヤーレはぬるいそのお茶をぐいっと飲み干した。サイリはジュセルの横に立ったまま、くすくす笑っていた。 お茶を飲み干したヤーレの顔色が、目に見えてよくなった。ほう、と息をつきながらヤーレがしみじみと言った。 「お茶でさえこの効果だからな‥いや、助かった。随分と身体が軽くなったぜ」 低い机に茶器を置き、ヤーレが少しジュセルの近くに寄ってきた。そしてジュセルとスルジャの顔を交互に見て言う。 「こんな時に悪いが‥回復薬はできたか?」 ジュセルがスルジャに視線をやると、スルジャがやや不服そうな顔のまま頷いた。 「‥‥これで頑張ってたからジュセルの体力削られてたところもあるんだからね?‥ったく‥できてるよ。三十四個。それが今の限界、材料的にもあたしたちの体力的にも」 思ったより多くの薬剤ができていたことに驚くヤーレを見て、またスルジャがぶつぶつと文句を言う。 「どっかの誰かがさ、個人的に薬剤を譲れないとか言っちゃうからさ!ジュセルがちょ~~張り切っちゃって頑張っちゃってのこの結果だからね!しばらくジュセルは絶対安静!」 スルジャは泣いてるのか怒っているのかわからないような顔でそう叫んでヤーレを睨み、そしてジュセルの寝ている寝台の布団をぽすんと叩いた。 「スルジャ‥心配かけて、ごめんな」 ジュセルが寝台の上からそう声をかけると、スルジャは少し顔を赤くしてふいっと横を向いた。ずっと怒っていることが自分でもわかっていたから、恥ずかしくなったのだろう。 「‥いいよ、ジュセルが黒剣のために何かやりたいって気持ちは、まあわかったからさ‥」 そう言いながら手に握った小さなものを掲げてジュセルに見せつけた。 「でもまたジュセル無理しそうだから、この記憶機工躯体はあたしが預かっとくからね!聞くのは一日二回まで!」 「‥‥‥ええ‥」 情けない声を出したジュセルを見て、サイリとヤーレが思わず吹き出していた。

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