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第118話

ケイレンとナジェルがタラッカンで異生物と対峙している頃、ジュセルとスルジャは回復薬の生成をしながら疲れ切ってしまっていた。 手順はもう一通り出来上がったようなものなので、生成すること自体が難しいという訳ではないのだが、何といっても生成の過程が多い。単純作業のようなものもあるので外注することも可能ではあるのだが、その前後にジュセルが関わる作業も絡んでくるためおいそれと余人に任せることもできない。 しかも、先日生成した三十四個のうち、二十八個をタラッカンにいる異生物討伐隊に届け、残りの六個を三回目の発売にかけると発表した時の反響が凄まじかったのだ。 販売を心待ちにしていた各所から、それでなくとも数が少ないのにまだたった三回目でそこまで数を減らすとはどういうことだ、という苦情があちこちから申し入れられたのである。 請負人協会(カッスラーレ)本部の機工通信は再び回線がダメになり、不通になった。 カズリエからは書簡で、ヤーレは直接やってきて何とかならないかと言われるが、ジュセルとしても自分の身の安全が担保されない状態では作りたくはない。いくらシンリキ誓書をもって口止めをしてあるとはいえ、不必要に自分の秘密を多くのヒトと共有したくはない。スルジャやケイレンにも、口を酸っぱくして秘密を知るヒトをこれ以上増やすな、と言われていた。 ヤーレにも何度もそう伝えていたところ、どうやらカズリエがブチキレたらしい。 休みもないような忙しい身であるにもかかわらず、ケイレンの屋敷までカズリエ自身がやって来たのだ。 応対したスルジャが、「ひっ」と叫んだまま玄関先で動かないので、カズリエは案内も請わずずかずかと屋敷内に入ってきた。 ちょうど昼時だったので厨房で作業をしていたジュセルは、呼び鈴に対応したスルジャが全く戻ってこないことを不審に思ってひょいと厨房から顔を出した。 すると、廊下の少し先に輝く金髪を二つの三つ編みにしているかなり小柄な少女のような人物が立っているのが見えた。 え、シンリキシャ?誰?とジュセルが思っているうちに、その人物がすたたっと小走りにジュセルの目の前までやってきて、下からジュセルの顔を見上げてきた。 「あんたがジュセルだね?」 「へっ?あ、はい」 小さな少女のように見えるのに、何とも言えない威圧感がある。思わずジュセルがそう返事すると、その人物は畳みかけるように言った。 「回復薬、いいもので助かってるけどこのままでは暴動が起きそうなの。どうにか人手を増やして生成の速度を上げてほしい。どうすればできる?その考えを聞かせてくれない?」 「あ、はい、あの‥」 おずおずと返事をしながら、ジュセルは基本的なことを尋ねた。 「‥‥あの、あなたは、誰ですか‥?」 しっかりと自己紹介を済ませたカズリエはジュセルに案内され、応接室に腰を据えていた。 まさかに請負人協会(カッスラーレ)本部の会長が、このようなかわいらしい見た目のシンリキシャだったとは知らず、ジュセルは不思議な気持ちでカズリエを眺めていた。 面白いのはカズリエの斜め前に座っているスルジャで、ガチッと固まったように姿勢よく座っていて一言も発していない。視線はカズリエから遠い床の方で固定されている。 「あの、よかったら‥このお茶あんまり美味しくはないんで‥」 ジュセルはそう言って、自分の作ったお茶と共に焼き菓子を差し出した。ジュセルの作ったお茶をカズリエの希望で出したのだ。添えた焼き菓子は、乳酪(バター)をたっぷり使ったショートブレッドもどきだった。 「ありがと」 カズリエはにっこりと笑ってそれを受け取った。そして指で摘まみあげるとさくり、と噛んだ。 途端、カズリエの目がかっと大きく見開かれ、残っていたショートブレッドもどきを一息に口の中に放り込んだ。そして無表情のままもぐもぐと咀嚼している。それを横目でこっそり見ていたスルジャがごくごく小さな声で「やばい‥」と呟いた。 ごくり、とのみ下したカズリエは茶器を片手で掴むとそれも一気に飲み干した。そこそこの熱さだった筈なのでジュセルは冷やりとした。 「カズリエさん、あの、熱くなかったですか‥?」 「ナニコレうんんまあああ!ちょっともう少し食べるわよ!あるだけ出して!」 「へっ?!あっ、いやそれが最後です、あの、余ってたやつだったので‥」 カズリエの勢いにのまれたジュセルが盆を持ったまま、思わず上体を後ろにそらしながらそう答えると、カズリエはぴっとスルジャの方を見た。スルジャの前にも茶器とショートブレッドもどきが盛られた皿が置かれている。 やば、という顔をしたスルジャが皿に手を出すよりも、なぜか遠いはずのカズリエの方が早く皿を掴んだ。 「悪いわね、スルジャ」 カズリエはそう言ってまたにっこりと笑うと、一息にショートブレッドもどきを口の中に放り込んだ。あんな口の中の水分を持っていく菓子を一息に食べるなんて、と慌ててジュセルがまたカズリエの茶器に茶を注ぐ。 カズリエはまた黙ってもぐもぐと咀嚼し、食べ終わると今度は茶をゆっくりと飲んだ。 「ふ~‥あのポンコツがやたらにここに来たがる訳がわかったわよ‥。いつもこういうお菓子を作ってるの?」 突然そう聞かれ、がっくり項垂れているスルジャを気にしながらもジュセルは答えた。 「ええと‥いつもってわけじゃないけど、暇があれば作ったりしてます、ストレ‥あの、気晴らしになるっていうか」 「へえ、いいわね。定期的にあたしのために作ってほしいくらいだわ」 そう言って微笑んでくる美少女風のカズリエに、思わずジュセルはどぎまぎして顔を伏せた。‥‥‥かわいいなあ!本当に偉い人なのか? すると自分の分のおやつを横取りされて項垂れていたスルジャが、きっと顔をあげて低い声で言った。 「‥ジュセルに今そんな余裕ないですよっ!最近は忙しくってあんまりお菓子も作れてないんだから‥」 言いさしている途中にじろりとカズリエに睨まれ、言葉は尻すぼみになる。また項垂れたスルジャを見て、ふん、と息を吐くとカズリエは居住まいを正した。 「スルジャ、こっからマジな話。このままだと請負人協会(カッスラーレ)自体が機能不全になりそうなの。どうにかして生成速度を上げてほしい。三回目の販売個数をもう少し上げないと、マジで誰か攻め込んで来そう」 スルジャは僅かに顔を上げ、上目遣いにカズリエを見た。 「‥‥そんなこと言ったって、これ以上このことを知っているヒト増やしたくないよ‥それでなくてもジュセルがこの先、どのくらい不自由な人生になるかわからないのに‥まだジュセル、十六歳なのにさ‥」 「‥スルジャ、ありがと‥でも、俺‥みんなが困ってるんだったら」 と言いかけたジュセルの言葉を遮るようにスルジャはがばりと身を起こし、ジュセルを指さしながら大声を出した。 「はいダメ―!ジュセルのそういう考え方ダメって言ったじゃん!結局ジュセルだけが我慢することになっていつかどこかに無理が来るんだから!」 「‥スルジャ‥」 スルジャはくるりと身体の向きを変え、カズリエの顔を正面から見た。 「カズリエ、こんな子だからこれ以上ヒトを増やすのには賛成できない。将来的なことを考えたら、ここは譲れない」 「ふうん‥」 カズリエはスルジャに鋭い一瞥をくれてから足を組み、顎に手を当てて思案している。スルジャは内心少し怯えながらも、言ってやったぞ、という気持ちでお茶を啜った。ジュセルはスルジャとカズリエの顔を見比べながらおろおろとしている。 カズリエがふと顔をあげて、スルジャの顔を見た。 「本当に詳しい事情を知ってるのって‥あんたとケイレンにヤーレ、アニスにナジェル、サイリ、で合ってる?」 言われて首を傾げつつスルジャも考えた。 「そうだね‥ザイダはこのこと自体は知らないはずだし‥それだけだよ。でもヤーレは使えないし、黒剣とナジェルはタラッカン、サイリにはもう手伝ってもらってる。あっ、サイリにも手当出してよね!」 「あーわかったわよ。そんじゃあ‥‥」 パチン、と両手を打ち合わせ、カズリエはにっこりと笑った。 「残ってるのはアニスだけか!」 ジュセルはきょとんとした顔をしてカズリエを見つめた。 「あの、いや、アニスさんは別の仕事でトイ大陸?にもう行ってますけど‥」 ジュセルの言葉を聞いたカズリエはにやりと笑った。あっ、悪人の笑い方だ、と思ってなぜかジュセルは背筋がぞっとした。 「いや、どんな手を使ってもアニスを呼び寄せる。よしそうとなったら‥」 後半は独り言のようにぶつぶつと呟きながらカズリエは席を立った。そしてスルジャの方を見ると低い声を出した。 「じゃあとにかく死ぬ気でまた作っとけ。わかったな?すぐにアニスを呼び戻す」 それだけ言い捨てると、また足早に部屋を出て行ってしまった。カズリエの姿が見えなくなり、遠くで玄関扉が閉まった音を確認してからスルジャは、はああ~~っと大きく息を吐いてだらりと椅子に背を持たせかけた。 「つ‥っかれたぁぁ!ヒトの生命力削ってくヒトなんだよねあのヒト‥」 ジュセルは気になっていたことをスルジャに問いかけた。 「‥本当にアニスを呼び戻す気、なのかな‥?」 スルジャはこくりと深く頷いた。 「間違いない。カズリエは、やるといったら必ずやるから」

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